k osawa

主に編集者、ライター、展覧会の企画などをしています。 ここは何かの草稿。何でしょう。…

k osawa

主に編集者、ライター、展覧会の企画などをしています。 ここは何かの草稿。何でしょう。 よかったら反応いただけるとうれしいです mail: k.osawa.0128@gメール blog: http://howlmag.blogspot.com/

最近の記事

飾り絵になる

1   Am10時10分。  それはきれいな時刻で、時計屋さんは大体、その時刻で時計を売るという。だけどその並びの時刻というのは朝でも晩でもどうしてだろう。大体せわしなくて、ゆったりと落ち着いているということがない。  その並びの日にちというのも、不思議と、そうだ。  朝まだきにわたわたとしながら、シャワーで洗ったわたしの長い髪はつややかだった。ボンヤリとした視界の中に、ふいに虹彩がまたたいていた。妻さんが買った、サンキャッチャーというのか、ぶらさがったガラスの球が、陽光を

    • 鑑賞について(2)

      四角く区切られた枠の中を、人たちとか言葉が歩んでいる。 枠もかたちを変えるし、人の描かれ方も全然ちがう。 カメラのアングルやカット割なんかも自由自在だ。 ナラティブでもあるし、絵画でもある、印刷物でもあって、不思議な存在。 だけれどすげえたくさんある。毎月、毎月。毎日、毎日。 思えば漫画って、商業によって変えられつつけている、変な表現だ。 商業と一緒になっている、というか、目に入ってくるものがどうしても、 「売れている作品」になってしまう。 それを読んで育ってきたら、どうし

      • かざりえ

        1 四角い画面のホログラムAm1時。 私はキッチンの丸椅子に座り込んで、普段見ているホログラムをえんえんと眺めている。というか光がたまたま四角形に映っているところで、その四角形のなかに色々な動きがある。それはカウンターキッチンのカウンターにある金魚鉢の一箇所に映し出されている四角いスクリーン。キッチンの向かい側、勝手口の上方の天窓から光がさしこんで、きれいな四角い絵を映している。 私はそれをホログラムとよんでいる。その矩形の画面の中に、どうも色々なものや光が見えてくる気がする

        • 坂口恭平日記を見た日記

          熊本へ、「坂口恭平日記」へいった。 あのパステル画を見ておくのは大切だと思った。 気づくと3時間、4時間はえんえんと見ていたのだけど、 見ているうちに、色々と考えながら触れていたのが、感じるだけになっていった気がする。考えるのがどうでもよくなっていって、何か透明な描き手の視点だけが感じられるような、気がした。 こう長いこと見ていられるというだけでも、すごいと思うのだけど、 「すごい」と言ってしまうことに最近抵抗を覚えている。すごいの一語で思考停止しているんじゃないかと。 だか

        飾り絵になる

          鑑賞者の状態(1

          本について思い返してみると、展覧会のことや様々なライブのこと、買ったCDやDVDのことなども振り返ってみたくなるけれど、あまりちゃんと記録が残っていない。 ジャズ、アンビエント、フォーク、アンビエントなジャズ、ソウルフルなジャズ、ディープなアンビエント、フリーキーなフォーク、パンク。聴いた音楽についてまとめようとすると、どうにも、なんかキザったらしいものばかりに見えてしまう。 代わりに思ったのは、鑑賞者の状態について。いつからか池間由布子さんのライブに通うようになった頃から意

          鑑賞者の状態(1

          「近況報告」

          ふと、昨年書いた小説をまるごとアップします。 街中のベランダと、いくつかの二人の話です。 いつも何か書いていますから、もし興味ある方いたら お気軽に連絡もらえたら! 冊子版もあります。 (写真:カバーのartwork & design by genn hiraqui) 1 その先にとびきりの狂気があるぞ、と聞いて、太助さんはベランダで過ごしていた。  やがて狂気に出会うのでは、と半ばこわく、半ばわくわくしながら。  かの女がしているのは、そこに出してある折りたたみのイスに

          「近況報告」

          散歩道|12

          [ブレと揺れ]  対岸で安藤は、まだくしゃみを引きずっている。繰り返しくしゃみをしているわけではない。くしゃみをしたその迫力に、自分が衝撃をくらっている。どうして、くしゃみをしたんだろう。肌感覚では分かっている、向かいの部屋であなたが、こちらの話をしている。私の髪型について話しているという様子が、ありありとした雰囲気で伝わっていた。勘違いかもしれないけれど、遠く外れてはいないだろう。ただ、それを口にするのは何となく、ためらわれる。口に出したら、これまでのルールがなくなって、

          散歩道|12

          散歩道|11

          [みんなと私たち] 「何か、あれはたまたま鏡合わせっぽかっただけであって、実際はただ単にお互い、日々過ごしているだけなのだなと、思うよね」 「私たちと同じような、人が」 「そういうと語弊があるけれど。まあ同じような人間ではあるんだけど」 「それでもいいんじゃないの? そもそもどうして……鏡合わせなんだっけ」 「いつからか分からないけど、気づいたら。それこそ、ここに引っ越してから一年くらい、ずっとかな」 「そういうことになっていたというわけ?」 「ええまあ」 「

          散歩道|11

          散歩道|10

          [みんなと私たち] 「何か、あれはたまたま鏡合わせっぽかっただけであって、実際はただ単にお互い、日々過ごしているだけなのだなと、思うよね」 「私たちと同じような、人が」 「そういうと語弊があるけれど。まあ同じような人間ではあるんだけど」 「それでもいいんじゃないの? そもそもどうして……鏡合わせなんだっけ」 「いつからか分からないけど、気づいたら。それこそ、ここに引っ越してから一年くらい、ずっとかな」 「そういうことになっていたというわけ?」 「ええまあ」 「

          散歩道|10

          散歩道|9

          [夢見る三十五歳]  もう遅い、お互いのことを何となく知ってしまったから、人が想像を育む余地がなくなってしまった。それもまた思想なんだろうか。あなたはそう、安藤があの部屋で行き来している様を思い浮かべてしまう。会ったのが本当に安藤だったのかは、そうとは言い切れない。けれど安藤が渡辺に、くどくどと何か、日々のこだわりを伝えること。彼が職場に出て行って、そうして昼間にエレベーターを愛好している様子などが、以前よりクリアに想像できるようになってしまった。 対岸の鏡越しに、似たよ

          散歩道|9

          散歩道|8

          [何かによる抽象]  生活とは、結構、抽象的な思考じゃないだろうか。生きるとか、暮らすとか。元々は考える必要はないことだけれど、どうも、皆が言うからそこにあるように思える。絵画が、絵具か何かが画面に筆で塗られて重なっているだけなのに、何か皆が「描かれている」と思ってしまうから、実際にある出来事のようになっている。ほんとうはただ、一瞬一瞬の現象が毎日毎日、続いて重なっているだけというのに、そう見えてしまう。ある時にたちどころに消えてしまう、かりそめのかたちなのかもしれない。け

          散歩道|8

          散歩道|7

          [テーブルを囲む三人]  さて、夜中に、あるテーブルを囲んでいる。あなたが歩く斜めの道のその先に、すこし道幅より広いくらいの細い建物があって、その中頃の階がバーになっている。きしんだような床に、小さいテーブル。テーブルを囲むソファと椅子にすわって、3人の人たちが酒をゆっくりと飲んでいる。3人とは、あなたと、安藤のようなひとと、もうひとり……八子さんのところにいた、Yだろうか、かたちは分からない。分かるとしたら、3人がそれぞれお互いに、暮らしの話をしている。それぞれのグループ

          散歩道|7

          散歩道|6

          [植物との出会い]  知らぬ間に日々は過ぎる。意味のないことを勝手に繰り返しているのではない。出たり入ったり、繰り返すたびに、景色はすこしずつ新しくなっている。息や、気象なんかもそうだ。世間も色々と、あわただしい。ただ戸を出入りするだけでも、どこか前のときと少しばかり変化している。 「ちょっと今日ここで、多めに光をあててあげていい?」  ある朝、太助さんはそう聞いた。あなたに言ったのか、それとも手にもった植木鉢にむかって言ったのか分からなかったけど、あなたは「うん」と適

          散歩道|6

          散歩道|5

          [あふれて混じる思い]  思想とは、浴場のようなものかもしれない。裸の人が寄り集まって、湯気がもわもわと立ち上り、中で人たちはゆったりと、ただ身体を温める。浴場をうろつき、身体を洗ったり、毛を剃ったりする。そのうちに温まった身体から、汗や、なにか断片的な思いなどがあふれてきて、目を合わせると互いに「これや!」と感じる。その言葉がだんだんと集積して、かたちになる。なるものの、それが皆の考えの集まったものだとは思いたくない。何だか汚いから。かしこまった作品としては認識されないが

          散歩道|5

          散歩道|4

           タコがいる。広大な湖面の、その底の方に見え隠れしている。そこに住まいをつくって、岩陰からでたり隠れたり、何かをとって捕食したり、寝たり夢を見たり寝ぼけたりしている。数匹で家族になって、一緒に暮らしたりしている。漁師が仕掛けた蛸壷には、気をつけないといけないのだが、生来の性質から、あのフォルムにはどうしても惹かれてしまう。気づくと軟体の手が数本入り込んで、そのまま、のたりのたりと、身体中がツボの中へ……そうなるといけないから、自意識をツボから遠ざけるように、マインドトレーニン

          散歩道|4

          散歩道|3

           何か決められた、こうあらねばならぬ、という枠などがあると、いつでもそれを疑ってしまって一歩戸惑う。何も言わなくなってしまう。時にそっぽを向いて、何も関係のないことばかりしてしまう。語る言葉を持たない鳥は、問われてそうしてどうするのか。  何かを伝えたときのあなたのそんな反応を見て、太助さんは、ボンヤリしてどうしたのか、聞いてなかったのかと訝る。時間がたってあなたが返事をしている途中に、口早に自説を述べたりする。あなたとしては、先の問いに応える言い方を考えていたところだった

          散歩道|3