仕事

 大きな部屋で小さな火を、見つめ続ける仕事をしています。安心安全、健康にもいい職場だと言われています。
 だけど職場だから、それなりの悩みなんかもあります。悩みは、たとえば人間関係。
 職場にはよくあるもので、どうしてもソリの合わない人というのはいる。だけど、そんなものでしょう。何やら愚痴めいたことをぶつぶつと、えんえんとやっている。私はあまり興味がないから、話をふられてもええまあとうなずくばかり。その一方で、オフィス・ラブというのか……。どうもお互いに愛着をもっているのじゃないか、そう思える人もいます。会うと楽しく、それで、つい一緒に時間を過ごして、仕事のはけたあとも、2人でお酒を飲みにいったりします。
 うん。そう過ごしながら、そこに生まれる人と人との模様にうんざりした気分もあります。水に油を落とすと精妙なマーブル模様ができますが、どうしてそうすぐに、模様というのは生まれるのでしょう。

 この街は小さくて、元気じゃないことはなくて、夜が賑やかになる。そのなかで昼も夜もいつも、その職場は動いている。
 私は、旅先で資金がなくなったものだから、日雇いの仕事を探してそこにいきついたのでした。何とはなしに落ち着くから、もうずいぶんそこにいて。宿は漫画喫茶みたいなところがあって、そこにもう、何泊しているのだったか。  
 そうだ、火について……火というのは、何かを精製しているみたいです。火をみつめるのだけど、だいたいはLEDみたいなもので刺激はない。ときに目が痛くなる感じがするけど、それくらいのものです。何でしょうね。多少は危ないものなのでしょうか。それが時々狂うらしく、それを見守るのが主な私らの役割なんだけど、まだそこまで狂ったことはないらしいです。これはAIなどができそうなことだけれど、なかなか、人にしか分からないようです。食べものの美味しさとか、樹木の美しさとかに、近しいものなのか。
 そんなところで、人たちは、火を囲んで何か言い合ったりしています。あるいは、仕事のハケたあとに酒を飲みに行ったり。人によっては仕事中からなにかを飲んでいるけど、そういう人はいつしか姿を消していきます。
 時にシフトの都合で、えんえんと仕事が続くこともあります。あまりに続くと、夜中なのか朝なのかも分からなくなり、どうしてか、そこにいる人が皆白塗りの化粧をしたみたいに感じられて。口が裂けるほど笑っているようにも。火を見つめすぎて、目が狂っているのでしょうか。

 そうそれでPさん、そう私が呼ぶひとと、うちとけた仲になっていました。この人とは、同じ視界……近い景色を眺めている気がして。
 あるお昼休憩に、商店街のカフェでPとお茶をしました。しばらくしてふと思い出すことには、さっき寄った100円ショップに、エコバッグを忘れた。
「あ、やっちゃった。ちょっととってくるよ」
「じゃあ私は戻ってようかな」
 商店街は、とても広いのにひとは少ない。広い道の上に屋根が続いていて、屋外だけれど屋内みたいな感じがします。
 ふたつ隣くらいに100円ショップはあって、その前には、とても人気のないマーケットみたいなものが。どうも、愚痴の人らがたむろして、仲間たちが何かを売っているらしい。目だけで会釈をして、私はエコバッグを取りにいく。けれどどうしたのか、「忘れた……」ということだけ思い出せるのだけど、レジでだったか、袋詰めのところだったか、あれ、どうしたのか思い出せない。
 見つからないのでもう止そうか、と思って店を出て、出たところにマーケットの人の机がある。あ、こういう机におき忘れたのでは……そう思って机に手を伸ばすと
「何やってんの。それ、売りものなんだけど」
「あ、いや、ここに忘れものなかったかなと」
 見るとたしかに、机の上にはものがあって、それは売りものに見えなくもない、ビニール袋のようなもの。
「何やってんのかね、あんたは」
 机にいるのは、目を悪くしたのか、濃いサングラスをして杖を持っている、やや年上くらいの男性。
「あんた、あそこで働いているのか。安心安全、なんてものは、ないよ」
 
 火は、大きくなったり、小さくなったり、またたいています。それを距離をおいて、見つめている私たちは、だいたい何人くらいいるのだろう。代わる代わるシフト制で配置はかわって、多い時は無数にいる気がする。部屋は暗くて、広いみたいで、それは大きな大きな……サーカスのテントみたいな? 仕事って、そういうところがありますね。人と人は離れているようで、意外とつながっていて、えもいわれぬ生態系が、ロープのようにはりめぐらされています。綱渡りをする人も、いる。
 いつかみたのは、その火でタバコをすう人。身をかがめて、くわえたタバコに火をともす。身を起こして、すぱすぱと息をして、タバコをすう。そういう人は、気づくと姿を消しています。

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