見出し画像

夢野久作について|47年の生涯やドグラ・マグラの解説など

夢野久作は間違いなく日本サブカル文学界のトップに君臨する小説家だ。というのも、彼の作品はもちろん万人受けしない。そして「マイノリティである」ということこそ、文学ファンはもちろん、アングラ好きに好かれる理由にもなっている。

しかし多くの人が「ドグラ・マグラは読んだけど夢野久作がなんでこんなに評価されるのかは知らんなぁ」と思っているだろう。サブカル・アングラ好きのなかでも、ドグラ・マグラから夢野久作にハマるのは全体の1割くらいだと踏んでいる。9割は最初の5ページくらいで「いやいやいやいや。きもいきもいきもいきもい」と本を閉じるだろう。

そこで今回は限られた1割の方に向けて、夢野久作はいったいどういう人生を送ったのか。なんで評価されているのかを紹介してみよう。

軍人に修行僧に農園経営者……夢野久作の奇妙な人生をまとめ!

夢野久作は1889年に福岡で生まれた。本名は杉山泰道。父は山縣有朋やら桂太郎の時代に「政界の黒幕」とまでいわれた政治家 兼 実業家の杉山茂丸である。

むちゃくちゃボンボンだが、両親が離婚したため教育熱心で厳格な祖父母に育てられる。このころ彼は儒教を教えられ、3歳から能楽を学び、表現としてのカルチャーに触れる。父がもともと能楽の教授をしていたのがきっかけだった。

祖父母の教育の末に福岡の名門・修猷館中学(現・修猷館高校)に入学。そのころに祖父が亡くなり、父が愛人の元から帰るとの知らせがあり、志願兵として1年間だけ軍隊に入っている。同時に慶應大学文学部に入学し、文学史を勉強した。まさかの軍人慶應ボーイである。しかも在学中に陸軍少尉まで上り詰めたほどの活躍だった。

エドワード・ゴーリーしかり、青年期に軍隊を経験した作家はだいたいその後、暴力的な表現に取り組む。夢野久作も陸軍で死を間近に感じてきたのかもしれない。

そして帰ってきた父がやばい。彼は能楽の教授のほかに新聞社の社主を務めていたジャーナリストで、文学嫌いだった。その結果、夢野は文学部を退学せざるを得なくなるわけだ。いま考えたら日本の家文化ってこんなにやばかったのである。

夢野久作は泣く泣く学校を辞めて農園の経営を始めるものの、経営難に陥り2年で失敗。それから禅寺に籠るもこれも2年で辞め、また農園を始める。しかしうまくいかないという散々な20代前半を送る。その後、28歳で父のコネで九州日報(今の西日本新聞社)に入社。物書きとしてはここがスタート地点になる。

そのころから父の門下が立ち上げた同人誌のようなもので、童話作品を出し始める。また九州日報でも童話を連載し、本格的に作家デビューするのは1932年、33歳になってからだった。

ちなみに童話を書く際のペンネームは杉山萠圓か、後期は香倶土三鳥だった。晴れて作家として夢野久作と名乗り始めたのだ。この名の由来は父親に小説を見せたところ「夢の久作んごたる!」と突っ込まれたからだそうだ。(福岡出身の私が)訳すと「夢想家(転じて「変人」)みたいだな」である。

その後は九州日報社が傾き、父とともに資金を集めつつ、著作を書いた。「いなか、の、じけん」「瓶詰の地獄」など、今で読み継がれる猟奇的名作の中でも転機となったのは1929年、40歳にして発表した「押絵の奇蹟」。福岡を舞台にしたミステリーで、江戸川乱歩が「最初の2、3ページを読んで引き込まれた」と絶賛したことから、夢野久作は文壇で注目を浴びるようになった。

その後1935年、46歳にして構想10年の大傑作「ドグラ・マグラ」を刊行する。

金田一シリーズで有名な横溝正史が、今作を読んで奇声を発して暴れ回ったというエピソードから日本三大奇書の1つに数えられた。今ではすっかりサブカル本の代名詞になり、おそらく「内容は知らんが家にある」という方も多いことだろう。ドグラ・マグラに関しての詳しい特徴は後述する。

夢野久作は『ドグラ・マグラ』を刊行した翌年に、まるで何かをやり遂げたかのように死去する。最期は父の借金を任せていたアサヒビールの重役を出迎え「今日はいい日で」と言った瞬間に脳溢血で倒れた。なんだかまさに夢野久作らしいミステリーチックで猟奇的な最期である。

ドグラ・マグラに詰まった夢野久作の「物語に引き込む力」

さて夢野久作の人生について語ってきたが、やはり彼の作品を象徴するのは「ドグラ・マグラ」だろう。お馴染みのサブカル御用達本だ

記憶喪失の青年の独白によって、だんだん謎が解明されるミステリーではあるが、造語のオンパレードなうえメタも入ってきてもう訳がわからん。作中で「コレ2回以上は読む必要あるけん覚悟しときぃよ」と夢野久作自身が書くほどである。

しかしなぜか途中でやめられないほどに、引きこまれるのも事実だ。

そもそも夢野久作(特にドグラ・マグラ)が、なぜサブカル・アングラじみた空気を持っているのか。1つはもちろん話のグロさ、とっつきにくいほどの猟奇的な描写という理由がある。キケンなモノにいつだって人は惹かれる。

2つ目はそもそも小説の書き方が当時の日本では画期的だった点だ。夢野久作のミステリーはとにかく会話文が多い。描写よりもテンポ。「どこで喋ってるのか」「いま何時なのか」よりも「人間性」を重視した書き方だ。だから小説に休符がなく、最後まで超引き込まれてしまう。

手法でいうと2つ有名なものがある。「独白形式」といわれる「ある人物がことの顛末をずーっと1人語りで喋る」というもの。最近で有名なものだと、湊かなえの「告白」は独白形式だ。

2つ目が「書簡形式」という「手紙のやりとりを極めて会話文に近い地の文として書くもの」だ。事実、ドグラ・マグラもかなり書簡でのやりとりが多い。書簡形式でいうと村上春樹の「中国行きのスロウ・ボート」に収められた「カンガルー通信」などは有名だろう。

この2つの要素に加えて、夢野久作はめちゃめちゃ演出力に長けているのも特徴である。ちょっとオーバー過ぎて笑うくらい怖がらせにきている。もはや韓国ドラマだ。

これは私個人的にはライトノベルの手法に近い。言葉での勝負というより「!」や「………」「ーー」などの文章記号を用いることで、キャラクターをガチッと構成する力がすごいわけだ。

「おはよう」と「おはよう……」と「ーーおはよう」と「おはよう〜」と「おはよう!」では、まるでキャラクターが違う。また「昨日なんかあったっぽい奴」「変な夢見たっぽい奴」「まだ眠い奴」「初デート当日の奴」など前後のストーリーすら想像させる。

ドグラ・マグラは特に文章記号が大量だ。もうぶっちゃけ、すんごい読みにくい。でも、まるでマンガや映画を観ているみたいなおもしろさを感じる。ライトノベルとはその名の通り、よりエンタメ化した小説群を指すが、ドグラ・マグラも同じだと思っている。

この書き方は今でもサブカルチャーだろう。だから当時はもっとセンセーショナルだったに違いない。そりゃ横溝正史も頭おかしくなるわ。

言うライトノベルと言わない夢野久作

ただ夢野久作とライトノベルの違いをいうと、夢野久作は「言わない」。ここがどことなく、おしゃれに感じるのである。具体的に例示してみよう。

彼は「おはよう!」と右手を挙げた。
彼は「おはよう!」と右手を挙げた。まったく、つくづく明るい奴だ。

上が夢野久作だとしたら、下がライトノベル的表現だと思っている。「!」だけで明るいやつということは分かるが、ラノベの場合は、より読者にわかりやすく伝えるため、きちんと言う。

しかし夢野久作は言わない。だから心地いいテンポのまま、話が続く。こんなにうるさい小説なのに、余計なナルシズムを感じさせないのは「実は文章に無駄がないから」だとも思う。

いや、断っておくが、ラノベが無駄って言ってるわけじゃないよ! 本には「ターゲット」や「ペルソナ」というものがあるもの。

以下の記事でも、ラノベをいじったが、もちろん嫌いじゃないぞ。カルチャーとしてもおもしろいと思ってます。

夢野久作を誰かに紹介するときは「童話モノ」にしとこう

さて、今回は夢野久作の生涯や、ドグラ・マグラの話を描いた。夢野久作の47年の人生はあらためてとんでもない。

父親が政界のドンで能を舞って、慶應ボーイになって、軍隊少尉になり、農園を経営し、聞屋になってからの童話作家からの小説家。なんという楽しい人生だ。あまりに濃すぎる。

ドグラ・マグラ、少女地獄、瓶詰めの地獄、などなどの名作は、きっと夢野久作にしか書けない。クセだらけで好き嫌い分かれまくるだろうが、やはり食わず嫌いで終わらず、一読しておくべきだと思う。

ただ……心の底から人におすすめしにくい作品だろう。夢野久作が好きなんて、親にもあんまり知られたくない。そこで個人的には夢野久作の童話も推したい。

例えば「お金とピストル」はトムとジェリーのようなおかしさを感じる。「がちゃがちゃ」「きのこ会議」は、容赦のないラストに吹き出してしまう。世にも奇妙な物語の短いやつみたいな。要するに夢野久作の童話はあんまりグロくないし、ものすごくクレバーな物語なのだ。ちょっとおしゃれでかっこいいのである。

そして何より新聞連載なだけあって、めちゃめちゃ短い。なので私は「夢野久作のおすすめ教えて」と言われたら基本的に童話を紹介している。当たり障りないからおすすめだ。

でも本当に相手のことを考えると「やめときな」と言うべきなのかもしれない。ハマったら抜け出せない沼みたいなのがある。そして読めば読むほど沼に浸かり、気づいたらピアスの穴が増えたり、黒くて長い服を着たりするようになる。

そんなキケンな魅力の詰まった夢野久作。もしこれから読もうと思った方は、ぜひ心に余裕があるときにどうぞ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?