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悲しみを届けに、、、

ペットたち


子どもの頃、
僕は
多くの生きものたちと一緒に過ごし育ってきた。

うさぎが2羽。
夏祭りですくってきた金魚たち。
田んぼと森の田舎育ち。
クワガタ、カブトムシ、ザリガニ、トンボにセミ、バッタたち。
小学生になった頃には、
犬やハムスター。

そんな中、
今でもありありと思い出せる光景がある。
秋祭りの出店で買ってきたウズラのヒナ2羽。
とても可愛かったな。

けれど出店のウズラ。
しかもヒナ。
三、四日後にはどんどん弱りはじめて、、、

何とか生きてほしい。
お願い死なないで、、、

そんな光景が
今でも脳裏に焼き付いている。

でも、
その最期の記憶はない。

あのウサギたち。
ハムスターたち。
金魚たち、
虫たち、、、

その最期の記憶がない。

きっと悲しかったはず。
でも
その悲しみがない。

僕の悲しみはどこへ。。。



母親


幼いころ、
膝にできものができて病院に連れていかれた。
数回通院することになるのだが、
その治療は痛くて怖くて、
僕は泣き叫んだ。

けれど、
母は
そんな僕の恐怖に寄り添ってくれなかった。
こんなに怖いのに、
僕の思いを受け入れてくれなかった。
きっと
悲しかったはずだ。

子どもの頃、
お手伝いをさせられた。
上手くできない僕を
母は頭ごなしで怒鳴った。

こんなに一生懸命やっているのに、
僕は
悲しかったはずだ。

あるテストで友だちより良い点数をもらえた。
母親に誇らしげに伝えた。
けなげだ。
でも、
母はまた怒り出した。
こんな点数で喜んでいてはダメ!!
僕は
とても悲しかったはず。

子どもの頃、
もっと母に甘えたかったのだと思う。
認めてもらいたかったのだと思う。
そのままの僕を受け入れて欲しかったのだと思う。

けれど、
叶えられなかった。

そう、
僕はとても悲しかったはず。
けれど、
僕は
“悲しみ”をマヒさせた。


“悲しみ”に耐えられない僕は
“悲しみ”を奥深くに仕舞いこんでふたをした。



父親


父はとても情けない人だった。
母に馬鹿にされ、
道具として使われ、
そして、
それが子どもにも伝染し、
子どもたちからも蔑まれ、

友だちから聞く“父親”とは違っていた。

父は
大人として生きるにはあまりにも“子ども”だった。
だから、
やがて壊れていった。

休日はいつも部屋で布団の中。
万年床の中、
小さなテレビを見て過ごすだけだった。
自傷行為もしていたらしい。

そして、
やがて、
ある日、
父はいなくなった。
家を出ていった。

そんな父と
大人になってから再会した。
父はどうしても僕に会いたかったようだ。

孤独な父は
宗教団体に居場所を見つけていたみたい。
そんな父と再会しても
僕の心は何も動かなかった。
僕は、
父を無視した。
何度かコンタクトを取ってきたが、
応える心が湧かなかった。
今更どうすればいいのか?
分からなかった。

そんなすべての父との思い出。
父との関わり。
僕は
本当は悲しいのだと思う。
父のみじめな姿に“悲しみ”を抱いているのだと思う

そして、
誰とも心を深く通わせた経験がない僕。
そんな人生も
悲しいのだと思う。

けれど、
本当はあるはずの
“悲しみ”に僕は気づかない。
“悲しみ”を感じられない。



友人


僕は
周りの流れについていけなかった。
みんなは
ちゃんと宿題を提出し、
普通にコミュニケーションをし、
当たり前を当たり前に生きている。

けれど、
その当たり前が僕にできなかった。
何一つ課題ができない。
心を開けない。
会話一つまともにできない。

表面上を取り繕ってやり過ごしてきたけれど、
情けなくて、
辛くて、
悲しかったはず。

悲しくて、
悲しくて?
その“悲しみ”の声は聞こえない。



世間


いつしか大人になり、
周りは順調に就職し、
結婚したりして、

それなのに、
僕は取り残される。
まとも就職もできず、
いつも孤独で、
ようやく就職しても
やっぱりついていけない。

むなしく過ぎ去ってしまう日々。

そのすべてが悲しいはず。
でも、
それでも
僕は“悲しい”と感じていなかった。

あるはずの
あったはずの
“悲しみ”は
どこかに置き忘れていた。

さらに時は過ぎ、
うつや不安と共存しながら、
ようやく僕も
この世の中を歩めるようになってきた。



悲しみを届けに


けれど、
今も襲われる焦燥感。

これは何?

僕は気がついた。
もしかしたら、
この焦燥感は
過ぎ去ってしまう日々への
“悲しみ”なのかも。。。

さらに気がついた。
いろいろ過去と向き合ってきたけれど、
あるはずの
あったはずの
“悲しみ”がない。

でも、
でも、
ほんとうは、

僕は“悲しかった”
僕は“悲しい”



心の奥底に仕舞い込んだ“悲しみ”

隠された“悲しみ”を
僕は取り出した。

悲しかったんだ。
本当は悲しいんだ。

僕は
その“悲しみ”を届けにいく。

ペットたちを失ってしまった僕に。

母に受け入れられなかった僕に。

父にまともに関われなかった僕に、
情けない悲しい父にも。

世の中から置いてきぼりにされている
あの頃の僕に。

隠してあった“悲しみ”を届けに行く。
あの頃の僕に悲しませてあげる。


今までバラバラだった僕の人生が、
“悲しみ”によってつながれる。

僕の物語が一つにつながる。




こんな僕の話しを
最後まで読んでいただき
ありがとうございました。


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