渡辺浩平

世界がやさしさで満たされて、そして── 架空の文章。

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最近の記事

「スイ」

 九月のある月曜日、私は、起き抜けに「サイを見なければ」と思った。インスタントコーヒーを一杯飲み、寝巻きにサンダルという、無頼派スタイルで、湯沢山にある動物園へ向かった。途中、良い香りのするパン屋に入り、シナモンロールというものを買って食べたが、その何とも言えない特徴的な香りが、幼い頃に嗅いだ、母の化粧箱の匂いに思えてならなかった。  湯沢山の麓は、土産屋や温泉宿が並んでいて、たくさんの観光客や家族連れで賑わっていたが、そこから十数分山を登ったところ、湯沢山平和動物園には、私

    • 「体調は愛を世界う」(体調が悪いときに友達に送った文章)

       6日前くらいから体調が悪かった。社会を構成する一員としてこなさなければならない人間的なコミュニケーションが立て続き、私の心は疲弊していた。いくつかの任務を終え、ホッと一息つくと次は実際的な病に犯された。喉が痛くなり鼻水が止まらなくなった。身体の節々が痛くなり気怠さに包まれた。  それは風邪だった。  風邪はクソである。  久しぶりに体調を崩して思ったのは、体調が悪いときに世界平和を考えることは絶対にない。ということだった。  どこかの遠い国で銃弾が飛び交い、罪のない子供たち

      • 短編 「ある男」

         ある男の話。  その男は優しさというものを知らなかった。  家庭環境に問題があったわけではなく、不幸なことに彼は生まれつき優しさを感じる脳の機能(心の機能とも言える)がすっぽりと抜け落ちていた。  他人から物を貰ったり気を遣われたりしても、彼は優しさを感じることができず、ただそういった現象が起こっていると認識することしかできなかった。しかし、彼は優しさという言葉の意味や優しさが存在している理由を知っていたので、他人から優しさと呼ばれる感情が起因の言動をされたときは、感謝の言

        • 13年前の話

           ファミリーマートに138円の「ぎっしりコーンパン」を買いに行ったついでに近所を少し歩いた。天気がよく風が心地よかった。しばらく経ってから周りにある家がどれも知らない家であることに気がついた。去年の4月に越してきたばかりだから知らないのは当たり前だが「そういえばどれも知らない家だ」ということを改めて意識したのだ。  知らない家に囲まれた知らない道。どんな人が住んでいて、どんな生活をしているのか。どの家がいつからあり、どんな家が前まであったのか私は知らない。知らない人たちが新し

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        • short
          6本
        • out of good
          9本
        • greatest champion
          1本
        • bad
          5本
        • 地底街20-25-330(八王子入口)について
          3本
        • 悪事について
          1本

        記事

          【追悼】僕は毛が生えるのが遅かった。

           僕は毛が生えるのが遅かった。  脇毛は高校一年生16歳の時に生え始め、陰毛は高校二年生17歳の時にやっと生え始めた。皆さんの経験と比較すれば、僕の毛生えの遅さが分かるだろう。ネットで「ちん毛」と検索すると、それは第二次性徴期に発現するもので、男子の場合大抵は13歳頃、中1から中2のあたりで生え始めると書いてある。当時、まさに僕が中1か中2だった頃に読んだ保健体育の教科書にもそう書かれていたと思う。実際、その頃僕はトイレで、小便中に隣同士になった何人もの同級生の股間に黒く輝く

          【追悼】僕は毛が生えるのが遅かった。

          私たちがこの世で見ることのできる一番異常なものについての対話(山田くんと佐藤さん)

          佐藤「私たちがこの世で見ることのできるもののうち、一番異常なものって何だと思う?」 山田「一番異常なものか。なんだろうな。一番かどうかは人によるだろうけど、異常とされているものは結構多いよね」 佐藤「たとえば何?」 山田「たとえば、俺はそうは思わないけど、街中で大声で叫んでる人とか。電車の吊り革を両手で掴んで宙に浮いてるサラリーマンとか。Twitterやなんかで見ることあるでしょ? ああいうのは異常だと見做されてるんじゃないかな。実際、そう思われてるからバズってるワケだし」

          私たちがこの世で見ることのできる一番異常なものについての対話(山田くんと佐藤さん)

          【びっくり】 現実は自分が想像できること以外のことだけで出来ているのかも知れない。

          【びっくり】− 意外なことに驚くこと。  今ある気持ちを忘れる前に書いておかないといけない。勢いだけの文章になると思うけれど、書き切りはしよう。これは自分のために。  僕は24年生きていて、10月で25歳になる。理由はよく分からないけれど、気が付くと生まれていて、最初は母親の母乳を飲んで(たぶん)、徐々にミルクや離乳食的なヤツに移り、ご飯を食べて、寝て、起きて、言葉を覚えたり、他の事を知ったり、友達ができたり、誰かを好きになったり、良いことがあったり、嫌なことがあったりして

          【びっくり】 現実は自分が想像できること以外のことだけで出来ているのかも知れない。

          【バイトテロ論評】 バイトテロを採点する

           僕はバイトテロが好きだ。  彼らの犯してしまった愚かな行為は、彼らの手によってネット上にアップロードされる。それは恐らく100年後、200年後もネット上を漂っているのだろう。今生きている人が全員死んだ後の世界でも、彼らの遺したバイトテロは暗い世界を彷徨い続ける。まるで自分の安眠の地を探すかのように。  今回は、バイトテロ好きな僕が自分なりの視点でバイトテロを論評、採点してみた。  ぜひ、皆さんも付けているであろう採点表を手元に、照らし合わせながら楽しんでいただきたい。

          【バイトテロ論評】 バイトテロを採点する

          僕の素晴らしい喫煙、セージと広沢。

           高校何年生かの頃、セージという名前のハーブを吸っていた時期がある。肉料理やハーブティー、どこかの国では霊的なものを寄せ付けないために古くから使用されている合法的な植物だ。中学時代に母親に買ってもらった国語辞典の紙(のちに半紙の方が良いと知った)を長方形に切って、丸めた厚紙をフィルター代わりにして、細かく砕いたセージを巻き、ヤマトのり(でんぷんのり)でくっつけて火をつけて吸っていた。  大抵は一人で吸っていたが、時には小学生の頃から仲の良い親友「広沢」という男と一緒に吸った

          僕の素晴らしい喫煙、セージと広沢。

          日曜日の穏やかな街で頭がおかしい人とすれ違うことについて(解説 及川美雪)

           人で賑わう日曜日の穏やかな街で僕は頭がおかしい人とすれ違う。彼女(場合によっては彼)は日常生活ではとても耳にしないようなワードを、日常生活では不必要なほどの声量で叫び続けている。たとえば「我が日本国の右傾化した──」「私じゃない!あの男がすべてを狂わせたのだ──」「物質主義的な生活に依存するお前たちの──」のようなものだ。そうでなくてもただでさえ大声なのだから「サーティーワンアイスクリームの新しい味が美味すぎるんだ!」なんてポップで子供ウケする内容であったとしても、街行く人

          日曜日の穏やかな街で頭がおかしい人とすれ違うことについて(解説 及川美雪)

          何かを解体して山に埋めてしまった。

           何かを解体して山に埋めてしまった。  しかし、何を解体して山に埋めてしまったのかが分からない。何かを解体したこととそれを埋めたことは紛うことなき事実だ。何かを解体した感触もそれを埋めた感触も今だに手に残っている。解体や埋めるのに使った証拠品だってある。だが、何を解体して埋めたのがか皆目検討がつかない。この話題ではなによりも重要なポイントの筈なのにだ。  もちろん一度は自分を疑う事もした。本当は何も解体していないし何も埋めていないのではないか。と。証拠品だと思っている鉈やツル

          何かを解体して山に埋めてしまった。

          【感想】 『誰かが、見ている』を見ていない。

           2020年9月18日に配信された三谷幸喜脚本・演出、香取慎吾主演の『誰かが、見ている』を見ていない。見ていないので感想を書いていく。(※一部ネタバレを含みます)  本作品の感想を書く行為は私にとってはかなり辛いことで、今も手が震えてキーボードを上手く打つことができない。動悸もいつもより13回ほど速い。本作品は私に大きなトラウマを与えた。現代的に言えばPTSDというやつだ。戦場を経験した兵士たちはこんなにもキツい病を背負ったのかと考えると、やはり戦争においての国と国の対立に

          【感想】 『誰かが、見ている』を見ていない。

          地底街20-25-330(八王子入口)について(3)

           実の父とはいえ容赦するつもりは全くありません。このような狂ったホラ話が人の目に触れ、吉内の存在や彼の犯した罪が再び注目されることは、離婚した妻、つまり私の母と娘の私に大きな不利益を生むことでしょう。吉内の地底街冒険譚は単なる妄想です。彼が地底街で生活したと主張している1990年10月頃は、まだ私達家族が一緒の家で生活をしていた時期と完全に被ります。その時の日付が入った写真も数枚ですが保管してあります。たしかにその数年後、吉内の統合失調症(当時は精神分裂病と呼称されていました

          地底街20-25-330(八王子入口)について(3)

          地底街20-25-330(八王子入口)について(2)

           寝たきりの母が久しぶりに口を開いた。「琴ちゃん焼きそばが食べたいよ」私は冷蔵庫を開け材料を確認した。人参だけなかったので(我が家では必ず人参を入れることになっていた)私は急いでスーパーへ行き、人参のついでに緑茶とハム類を購入した。帰って早速肉と野菜を炒め、麺を投入し軽くほぐしてから水を入れた。コップに緑茶を注ぎ母の元に持って行くと母は息を引き取っていた。台所から水が蒸発していく音が聞こえて、徐々に静かになっていった。母の横で数分間棒立ちになっていると、部屋に黒い煙が侵入して

          地底街20-25-330(八王子入口)について(2)

          地底街20-25-330(八王子入口)について(1)

           最初に書くべきことがあるとすれば、地底人は意外にも我々と同じように日本語を使ってコミュニケーションをとるということだ。もちろん地底街のあらゆるところに日本語表記も見受けられた。地底街で半年間生活をした私に言わせれば、彼らは地上の人間よりもはるかに分かりやすく正しく日本語を使うし、声量が充分にあり滑舌もかなり良い。そんな環境で半年過ごしてしまったから、私は地上に出てから会話に苦労した。街行く人々の声はどうも囁き声に聞こえて鬱陶しいし、滑舌も酷いため一体何を言っているのかが聞き

          地底街20-25-330(八王子入口)について(1)

          仕事とはなんなのか。仕事とは「仕事」なのだ。

           私は現在22歳でスーパーの精肉店のパート員をやっている。月13日か14日出勤して1日8時間労働、日々の生活費や何かしらの返済を差し引いて月々五百円の貯金ができるくらいの暮らしを送っている。  私の働くスーパーには惣菜、青果、鮮魚、日配、加工食品、レジの部門があり、それぞれ社員はもちろん、アルバイトやパートがいる。私の働く店舗では22歳というのはかなり若く、他は30代か40代の社員、またはパート、定年を過ぎたアルバイトという人々で構成されている。  私の率直な酷い考えとして、

          仕事とはなんなのか。仕事とは「仕事」なのだ。