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私たちがこの世で見ることのできる一番異常なものについての対話(山田くんと佐藤さん)

佐藤「私たちがこの世で見ることのできるもののうち、一番異常なものって何だと思う?」
山田「一番異常なものか。なんだろうな。一番かどうかは人によるだろうけど、異常とされているものは結構多いよね」
佐藤「たとえば何?」
山田「たとえば、俺はそうは思わないけど、街中で大声で叫んでる人とか。電車の吊り革を両手で掴んで宙に浮いてるサラリーマンとか。Twitterやなんかで見ることあるでしょ? ああいうのは異常だと見做されてるんじゃないかな。実際、そう思われてるからバズってるワケだし」
佐藤「たしかに、アレは異常だね」
山田「そう思う人が多いという意味ででしょ?」
佐藤「うーん。どうなんだろう」
山田「もしも、大声で叫んでる人の方が多い街があったら、俺らみたいに小声で喋ってる奴らが異常な人間になるワケだからさ。喋ってすらない奴なんかキモ過ぎて誰も近寄れないよ。多分」
佐藤「じゃあ、異常かどうかは数の問題でしかないってことだね」
山田「とりあえずはそういうことになるんじゃないか」
佐藤「じゃあ、私に対して異常さを感じることはある?」
山田「んー、どうかな。今のところはないけど。今後発覚する可能性はあるよね」
佐藤「数学14点だったのも、異常ではない?」
山田「全然異常じゃないね。0点でも異常だと思わないんじゃないかな。点数が付く限り、何点でもあり得るから。パンダとかだったら異常だと思うかも知れないけど」
佐藤「パンダ?」
山田「点数がね。数学のテストが返って来て、ハイって見せられて、点数がパンダだったら異常だと思うと思うよ」
佐藤「パンダ点ってこと?」
山田「パンダ点というよりはパンダ」
佐藤「それはちょっと異常過ぎない?」
山田「そうだよ。だから異常だと思うって。あと、異常には過ぎないとかないんじゃないかな。異常が既に正常を過ぎたところにあるからさ。入口一歩目からマックスの異常で、それ以降どう進んでも異常は異常であり続けるんじゃないかな」
佐藤「でも、比較ではあるんでしょ?」
山田「ん?」
佐藤「異常かどうか判断するときは、頭の中にストックされてる異常じゃないものと比較して、それに該当しなかった場合は異常と判断されるってことだ」
山田「多分そうだね」
佐藤「だから人によって異常と思うかどうかに差があるってことだ」
山田「そうだね。ゴミ屋敷を異常だと思う人もいるし思わない人もいる。実際にそのゴミ屋敷に足を運んで、住人と話をしてみれば、考えが変わるかも知れないけど、まあそこまで手間をかけるほど暇じゃないから、大抵の場合は、多くがどう思ってるかの数に左右されるってことかな」
佐藤「なるほどね。じゃあこの世で見ることができる一番の異常は、世界中の全員が異常だと思ったものになるワケだね」
山田「そういうことでいいんじゃない」
佐藤「じゃあ、テロとか自然災害はそこまで異常ではないかもね」
山田「正常ってことになると困るけど、まあ現実に起こることだからね。UFOとか宇宙人が実際に現れたら、結構異常かも知れないけど。でも中には、ほらやっぱりな! と思う人もいるだろうね」
佐藤「そうだね。じゃあ、私たちって異常なのかな?」
山田「俺たち?」
佐藤「私たちが出会って、今こうして話してるこの状況って異常だと思う?」
山田「んー、どうなんだろうな」
佐藤「正常?」
山田「正常、なのかな」
佐藤「だって、別に私が私以外の誰かでもよかったし、山田くんが山田くん以外の誰かでもよかったワケじゃん? 別にそれが良いっていうことじゃないよ。そうなっていてもおかしくなかったってこと。逆に言えば、私が私以外で山田くんが山田くん以外っていう組み合わせの二人が世界には山ほどいて、彼らも今こうして二人で話してるワケでしょ。実際には。でも、今ここで話してる私たち二人は私たち以外の誰かじゃなかったうえで、今こうなっているワケだけど、これって異常じゃないのかな?」
山田「なんか急に異常さの質を変えてきたね。んーでも、そもそもこの状態に異常か正常かがあるのかな」
佐藤「ないのかな」
山田「どうだろう。確率としては異常な確率だとは思うけどさ、でも、それは俺らがこうなる確率であって、世界には俺らと同じ「こうなる」がに大量にあるんだから、おかしいことではないんだけどね。俺らは1/大量(タイリョウブンノイチ)だけど、世界中でこれが起きていると考えると、確率は大量/大量(タイリョウブンノタイリョウ)だから、百発百中で起きてる現象ではあるよね。誰かと誰かが出会って仲良くなって、なんてことはさ」
佐藤「まあそうだよね。3月9日の歌詞でさ“1億人から君を見つけたよ”ってのがあるけど、アレって誰を見つけたとしても1億人から君を見つけたことになるもんね」
山田「粉雪だけどね」
佐藤「粉雪か」
山田「でもそうだよ。俺が高架下で見つけたオッサンも一億人から君を見つけたことになるワケだし、一億人から君を見つける場合、見つける君自体は誰でもいいんだからね。いや、粉雪はすごい好きだけどね」
佐藤「私も好き」
山田「んー。たしかに俺が今まで出会った人って、世界の人口から考えると、本当に奇跡的な確率で出会ってるワケだけど、別にそれがその人でなくても奇跡的だったワケだからな」
佐藤「確約された奇跡だね」
山田「全人類の中からとある一人に出会うという奇跡的な出来事を、ほとんどの人間が体験しているのに、それが異常なことだと思われていないし、実際、俺らもそう思っていないワケだ」
佐藤「でも全人類がそれに気が付いて、それが異常な確率で起きた出来事なんだって思えば、それこそが私たちがこの世で見ることのできる一番の異常になるワケだよね」
山田「んー、そうなるのかな」
佐藤「なんか分かんなくなってきたね」
山田「俺らがそれぞれ生まれてきて、こうして生きていることも相当低い確率で起きている異常な出来事になってくるしね。で、その無数の異常のうちのたった二つがたまたまこうして出会ってる」
佐藤「そして、それはどこでも起きている」
山田「んー、え、なんで俺ら数学の補習受けることになったんだろう」
佐藤「何点だっけ?」
山田「1点」
佐藤「異常だわ」

 二人は雨の中を歩いて帰る。
 吸盤のついた16本の足で水溜まりを上手に避けながら。

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