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An Elephant in the room .

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小話まとめ。
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朽ちてゆく。

 眠れない日は冷たい海の底に沈んでいく想像をするんだ。
 私はどうやら海ってやつが好きらしい。海がない土地で生まれ育った故の憧れなのか、よくいうリラックス効果があるからなのかは定かではないが、精神的に疲れてくると自然と海を見に行く習慣が身についていた。
 波打ち際では何もしない。二時間、三時間とただただ時間を過ごす。座り始めてから少し時間が経つと内に秘めた禅の精神がひょっこり顔を出す。
 そうして

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尻ペルソナ理論。

尻ペルソナ理論。

尻、臀(しり、英: buttocks)とは、一般に四足動物(特に哺乳類)における胴の後方(ヒトのような直立動物においては下後方)、肛門周囲の部位のこと臀部(でんぶ)。
Wikipediaより引用

ペルソナとは、自己の外的側面。例えば、周囲に適応するあまり硬い仮面を被ってしまう場合、あるいは逆に仮面を被らないことにより自身や周囲を苦しめる場合などがあるが、これがペルソナである。
Wikipedia

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そうだ、心霊スポットを作ろう!

そうだ、心霊スポットを作ろう!

 何度目だろうか。いやに湿度の高いこの季節は日差しがないだけで夜も暑いことに変わりはない。するとどうなるのか、冷たいものを口にして涼もうとする者もいれば、心の底から涼もうとする者もいる。

 心霊スポットに来るのは往々にして若者である。若気のノリというのはすさまじいもので何よりも儚いものだ。蛙や虫を幼いころに触れたが、今は触れないのと同じ儚さがある。ノリさえあれば恐怖すら楽しめる。

 そこで考え

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空が燃えている。

空が燃えている。

 フロントガラスから見える遠くの空は夕日で真っ赤に染まっている。音楽もない、新車のシートの匂いが残る車内で私はアクセルを踏み込む。

助手席のお前は言う。「死ぬ前にやりたいことはなんだ?」
私はすぐに答えることができない。
お前は言う、「アクセルを踏め。もっとだ。」
私は強く踏み込む。スピードメーターの針が投石機のように回る。
お前は言う。「死ぬ前にやりたいことはなんだ?」
私はすぐに答えることが

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哀・ヘルメット。

哀・ヘルメット。

 中学生の頃だった。田舎の中学校は自転車通学が一般的で、安全面からヘルメットの着用が厳しく取り締まられていた。もう1つ田舎の中学校は縦社会であるため最高学年にもなるとこぞって調子に乗り出すこともあり、多くの生徒はヘルメットをかぶらなかった。
 だが私は頑なにかぶり続けた。黄色い風となって街を花粉が覆った日も、燦燦と太陽が輝いていた日も、薄っすらと金木犀が香っていた日も、カナダくらい雪が降った日も、

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世界は誰かと繋がってできている。

世界は誰かと繋がってできている。

 俺の家は複数の路線が通っている駅から4キロほど先に位置している。

 必要な路線に乗るために自転車を駆り出し、道程を辿っていた春の良き日にそれに出会った。家を出て団地の角にある交番を左折したのちひたすらまっすぐ進むと駅が見えてくる。その十字路で信号待ちをしていた時だ。一車線のその道の右側の歩道にママチャリに乗ったおばさんがいた。俺と同じように信号待ちをしていた彼女の自転車は使い込まれた鈍い輝きを

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GUNJO

GUNJO

月明かりに照らされたその眼は深い藍色だった。ちょうど太平洋のような青だった。

彼女は青色が好きだった。

「青は落ち着くじゃない。」

そういってサファイアのような色をした財布を取り出してコーヒーを買った。

彼女はよく海を見に出かけていた。

「空も海も青。視界が全部青。」

そう言って彼女はターコイズのような色をした携帯を取り出して写真を撮っていた。

彼女はよく絵を描いていた。

「夜空を

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納涼。

納涼。

「夏も中盤に差し掛かってきたことだし、せっかくの飲み会だ。まぁ、俺が怖い話をしてやろう。」
「あれは5年前、まだ高校生だった頃の話だ。中学からの友達3人と夏休みに地元で有名な心霊スポットに行ったんだ。田んぼ道を抜けた先に山を抜けるための小さなトンネルがあってね。事故で死んだ女の霊がでるとか、天上から逆さまのおっさんが急に現れるとか色々噂はあったけど、掘るだけ掘られて使われてない場所だったからみんな

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新井輝

新井輝

学生時代の同級生に嘘ばかりつくやつがいた。名前は新井輝。輝きと書いて『てる』と読む男だ。自己紹介から嘘をつくような奴だ。
「はじめまして新井輝です。てる君って呼ばれてました。犬を飼っています。セントバーナードです。」
犬好きの俺は休み時間に彼に話しかけた。犬なんて飼っていなかった。彼曰く、犬好きで犬種まで言った後話しかけてくるような奴に悪い奴はいないのだそう。俺は映画の悪役が飼ってるピットブ

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5万円の友達。

5万円の友達。

 「ただいまー」

 ソファにどっしりと腰掛ける”それ”にかけた言葉はおかえりの代わりに部屋に吸い込まれた。木製の”それ”は今朝そうしたように首を玄関に向けていた。
 目のないそれの視線を背中に受けながら手を洗った。風呂場に入り、風呂のお湯を溜め始めた。部屋へ向かう途中の冷蔵庫から瓶のジンジャエールを取り出し栓を抜いて、”それ”の前にあるテーブルに置いた。スーツを脱いでジャケットとパンツをハンガー

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東京都新宿区ド〇キホーテ1番街

東京都新宿区ド〇キホーテ1番街

 「今日帰り食材買ってきて」
 「なに?」
 「豚肉とジャガイモ」
 「あー、わかったー」
昼休み、母からのメッセージ。
 放課後校舎を後にし、近くのド〇キへと向かった。輝く蛍光灯が眩しい大きな門とそこに山積みになった商品の間を抜けてその街へと足を踏み入れた。

 都市部の人口増加とともに人々は近さと安さと品揃えを求め続けた。その結果、東京都新宿区の一角、街一つ量販店と化した。街では今日もカテゴリ

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紫煙、ゆらゆら。

紫煙、ゆらゆら。

 ネクタイを外した首元が含む夜風はゆったりと汗を奪っていった。四肢の末端を塞ぐ服を脱ぎ、部屋着に着替えて公園のブランコに座った。くしゃくしゃになったタバコをポケットから取り出し安物のライターで火をつけた。ここから始まる数十分、この時間は本当の自分になれる気がする。

 安定を求めて選んだ職業。給料も生活も申し分ない。品行方正を心掛けてさえいれば落ちていくことはない。地に足のついた人生。

 そんな

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さむらいぼーい。

さむらいぼーい。

 あれはもう10年も前の夏のことだった。その年は昨年始めた中古品の売買サイトが波に乗った年だった。そしてその夏、野望を胸に100キロも先の街にオフィスを構えることが決まった俺は馴染みのパブに飲みに来ていた。

 「まさか仕事でこの町から出ていくやつがいるなんてなぁ。」

未成年の時からこっそり酒を飲ませてくれている髭の店主が言った。俺の童貞はこの人がいなかったら未だ健在だったかもしれない。お気に入

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月の鱗。

月の鱗。

 寝付けなかった。

 その日は爽やかな陽気で、風が春を運んでくる。そんな日だった。空いた窓から風が届けてくれる世界に身を投じて午後を過ごした。

 「少しお腹がすいたな。」
外は照り付ける陽から、包み込む陽へと変わっていた。
 「冷凍餃子でいいか。中華は常に美味しい。」

 お腹を満たすとすぐ風呂に入った。ぼんやりと時間が過ぎていく。気が付けばテレビの中の豪華客船が沈没していた。

 部屋の明か

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