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紫煙、ゆらゆら。

 ネクタイを外した首元が含む夜風はゆったりと汗を奪っていった。四肢の末端を塞ぐ服を脱ぎ、部屋着に着替えて公園のブランコに座った。くしゃくしゃになったタバコをポケットから取り出し安物のライターで火をつけた。ここから始まる数十分、この時間は本当の自分になれる気がする。

 安定を求めて選んだ職業。給料も生活も申し分ない。品行方正を心掛けてさえいれば落ちていくことはない。地に足のついた人生。

 そんな俺の文字通り地に足のついていない時間。火のついたタバコを咥えながらブランコを揺らす。吐いた煙に身をくぐらせる。揺れる脳と体、その感覚に身をゆだねた。

 瞬く間にタバコは縮んでいった。現実逃避の寿命がもうすぐ尽きる。少し遠くに真っ白な自転車を漕ぐ、同じように地に足の着いた職業の男がみえた。俺は迷わず現実逃避をおしまいにした。タバコの火を靴底で消し、吸い殻をシャツの胸ポケットに入れた。

 帰り道、本当の自分がどちらかわからなくなった。

 誰もいなくなった公園ではブランコと残り香が揺れている。傍を通りすぎた警察官は夜間パトロールを続ける。

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