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なぜ僕はジャズができなかったのか

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10代からジャズが好きでギター→サックスを学びさんざん練習したものの、とうとうジャズができるようにならなかった現在40代の僕の経験と分析。 全てのジャズを志す人へ。
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記事一覧

どっちでもいい、という感覚。アドリブとピントの話

どっちでもいい、という感覚。アドリブとピントの話

ジャズってアドリブですよね。即興なんですよね。というお話。
これに関しては確かに即興音楽ですし、皆さんアドリブでソロをとります。

が、はっきりいってしまうと、それを意識したり論じたりするのは半端なリスナーや、ダサい評論家や、理解度の低いプレイヤーのみです。

個人的に色々な人と話したり教わったり自分でも感じますが、アドリブかアドリブじゃないかは、どっちでもいい、もっというとどうでもいい、です。

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回り道は合理的かどうか

回り道は合理的かどうか

たまたま会社で合理性に関して、尊敬する上司と話していて、思い出したことがあったので書いておこうと思います。

磯田道史という歴史家がいるじゃないですか。
僕は大好きなんです。

すごい余談ですが、僕は声が似てる人を提示して、あー言われてみれば!ってなるのが得意だったりします。

たとえばマツコデラックスと伊集院光、目を閉じて声だけを想像してみてください。

ほら、一緒。

磯田道史は、私が尊敬する

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ジャズが出来るようになるか診断

ジャズのレッスンて大体まぁ、最初に課題としてる曲をデュオして、アドバイスもらったりする、のが流れなんですけど。

そういうのも落語に似てますよね。

ある日O師匠に言われたのは、楽譜を見るな、でした。

スタンダードブックみたいなのを持っていってそれみながらやってたわけなんですけど、

お前さぁ、何かこういうのみながらやってるけど、ちんたら間違えてるけど、なんか見る意味あるの?

って言われまして

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ボーヤの話

ボーヤの話

ボーヤっていうのはローディの事で、多分合ってると思うんですけど、ようは師匠のお手伝いです。

当時O師匠のボーヤをちょいちょいやらせていただいてました。19歳から24歳くらいまでだったんで、もう20年以上前の話です。

アンプ運んだり。チューニングしたり。
当時O師匠はスピーカー2発のポリトーン、めちゃくちゃ重いやつですよ。でもすごくいいやつ。あれを運んでたんで、ステージが2階とか地下で階段がある

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何を犠牲にするか

何を犠牲にするか

O師匠に憧れまくった僕はO師匠が参加されてる作品を買い漁ります。
どうしても手に入らないアルバムは師匠に直接借りました。

その中で平成ジャズ維新JAMなるアルバムがありまして、小林陽一が当時の若手を集めに集めてでかいセッションをやったライブアルバムです。キングレコードだったと思います。
キングは当時パドルホイールっていうジャズレーベルがあってなかなかなメンツで良い音源を出してましたよね。EVAと

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頭が良い、とは。

頭が良い、とは。

O師匠に学んだ事。

色々学んだんですが、人生で1番役に立ってるなという一言。
O師匠には音楽的、人間的、ギター的に色々教わったのですが、未だに1番役に立ってるなと思うのは、頭が良いとはどう言うことか、です。

O師匠は非常に聡明なかたです。

しかし、自宅でのレッスンも受けましたが、例えばジャズのスタンダードブックや、理論書は一冊も持っていません。
スタンダードは3-400曲くらいは頭に入ってい

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ジャズを教わる。落語の古典で例える。理をとる。

ジャズを教わる。落語の古典で例える。理をとる。

ということで、なんと憧れのO師匠のレッスンを受けられることになりました。

結論からいうと、5年ほど、24歳くらいまでレッスンを受けました。
その間本当にいろんなことを学びまして。
ボーヤ(ローディってやつです)をやらせてもらったりして、礼儀作法なんかもね、ちょいちょい怒られたりもしながら。

でもほんとにレッスンでもライブでもオフでもファンに対しても音楽に対しても、紳士であり真摯な人でしたので、

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初めてジャズギターを聴く

初めてジャズギターを聴く

大坂 原クインテットのライブで恐ろしい衝撃を受けた僕は、じゃあギターでこう言う人はいないのか、と探しはじめました。

いわゆるダサフュージョンギターとかじゃない、ストレートなジャズの人。

で、ジャズライフを読むのをやめてスイングジャーナルを読み始めたんですよね。

そのときにたまたま、人気ミュージシャンランキングというのがありまして。
今でも忘れないですけど、
ドラムの一位は圧倒的に大坂昌彦。

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初めてジャズのライブに行く

初めてジャズのライブに行く

色々知識が増えて、マイクスターンとかがジャズじゃないと気づいてほっとしたころ。

実はバークリーとかでジャズを学んで日本に帰ってきた方達が中心で日本でもシーンが形成されていることを知ります。

ジャズライフにはそんなこたぁ書いてませんでした。
ジャコとメセニーの事しか書いてなかったから。
ジャコライフだったから。
廃刊やっほー。

でドラムマガジンの大坂昌彦の記事をまぁよく読んでたし、あのダサい紙

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ジャズは人と年代で聴く

ジャズは人と年代で聴く

マイルスデイビスのマイファニーバレンタインを聴いて、アコースティックなマイルスにどハマりした僕はもう快進撃ですよ。
そこからまぁ聴くものは外さなかったですよね。

ここで気づいた重要なポイントはジャズは人と録音年で聴く、という事です。

そう、マイルスのオンザコーナーなどなどの失敗で70年代以降のアコースティックなジャズは死んでしまっているし、あったとしてもベースとかドラムの音がださいやつがあるの

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ジャズに出会った日

ジャズに出会った日

なかなかジャズに出会えない18歳の僕なんですが、なんかでジャズと言ったら帝王マイルスデイビスだ。みたいなのをジャズライフかなんかで読んだんです。

いやよく考えてみたらジャズライフよ、当時フュージョンの人しか表紙にしなかったジャズライフのせいで僕はダサいCDばっかり買ってしまったんです。
当時ジャズライフってなぜかフュージョンどジャコの事しか書いてなかったですから。ジャコライフですよ。

で、音楽

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なかなかジャズに出会えなかった話

なかなかジャズに出会えなかった話

そもそも僕がどんな風にしてジャズと出会ったのか。

高校を卒業した僕はスタジオミュージシャンを目指して、アルバイトしながらギターの練習を日々してたんです。

まぁいわゆるフリーターです。

アメリカに行って勉強したいとか思っていたし、留学でもしたら飯は食っていけるものだと思ってたんですよ。
スタジオミュージシャンになりたかったのも、安定して飯を食うため、という今となっては不思議な勘違いをしてました

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