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少女が踏み入れた秘密の場所【わたしと山猫 物語vol.1】

イワシとわたし

枕崎の山奥へと進む少女はある店を探していた。
突如として現れるその店の不思議な雰囲気に少しの緊張を覚えながらも、ゆっくりと足を踏み入れる。

枕崎の山奥。地元の人にここは金山で栄えた街だったと聞いた。
迷い込んだ少女はある店を目指していた。

SNSで突如現れた山猫瓶詰研究所というお店。

〈どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません〉

丁寧で少し怪しさのある文言。触れられそうで触れられない。掴めそうで掴めない。画面越しに見ても、すべてを明かしてはくれないその佇まいに誘い出されるかのように、彼女はその店へ向かっていた。

大きな道から外れてやや狭い道へ入っていく。ぐんぐん山奥へ入っていっているような気がするが、お店があるような様子は感じられない。

本当に辿り着くのだろうか。

そう思っていると、突然その建物は現れた。
石柱には“山猫瓶詰研究所”と刻まれている。
スマホの画面を確認する。SNSのアカウントにも同じ名前が記されていた。目指していた場所に間違いない。

ドアノブに手をかける。見るからに手前に引くか奥に押してくれと言わんばかりのドアノブなのに、足元では「SLIDE」と案内があった。引き戸なのだ。

「変なドア」

恐る恐る足を踏み入れると、格子状の窓に幅の狭いカウンターが現れる。かつて郵便局だったころの窓口をそのまま残しているらしい。

次のドアを押し開けると、チリリンと店内にベルが鳴り響いた。やわらかい日差しに照らされた色鮮やかな瓶詰商品と雑貨に出迎えられる。
堪らず買い物かごを手に取った。ピクルスにチャイシロップ、ポーチにマスキングテープ、ハンカチ、キャンドル……店内に所狭しと並んでいる。
”山猫”というだけあって、猫がデザインされたものが多い。
ふと、二人の猟師がデザインされているものに気づいた。

山猫と猟師、どこかで聞いたことがあるような――。

「カフェもご利用されますか?」

店員の声にハッとする。ショップの奥になる空間がカフェになっているようだ。せっかくここまで来たのだ。彼女は案内されるままに席についた。重厚なメニュー表をめくる間も少し背筋が伸びる。

種類豊富なマフィンを眺める。指先をあっちやこっちに動かしながら、緑色の生地にトッピングされた赤と白に目を惹かれて「桑の葉のマフィン」を選んだ。
生地に練りこまれた餡子の甘さと桑の葉の風味に肩の力が抜ける。
甘いものを食べると背徳感や罪悪感が覆い被さってくるはずなのに、なぜか体が喜んでいるような心地も芽生えて不思議な感覚だ。
一緒に頼んだストロベリーグァバジュースをこくりと喉に通すと、奥に扉があることに気づいた。

〈ここで靴をお脱ぎください。
大へん結構にできました。
さあさあおなかにおはいりください。〉

ドアの前に置かれた少し変わった案内文に首を傾げる。

「予約した人しか利用できない秘密のお部屋なんです。とはいっても、今は誰もいらっしゃいませんし、よかったら」

予約した人しか利用できない秘密の部屋。
特別感に少し胸を昂らせながら靴を脱ぐ。不思議なドアノブを回し押すと、コンパクトな部屋に不釣り合いな洞窟があった。
日常から手を離したような浮足立つ感覚と囚われてしまいそうな少しの恐怖心が心音を大きくさせる。

「山猫の寝床なんです」
「ああ、イメージが」
「――ええ、まあ。では、どうぞごゆっくり。決してご遠慮はありません」

店員は笑顔を浮かべたまま、ぱたりと扉を閉めた。
初めてという場所に一人というのも相まって、ずっと伸びていた背筋が少し緩む。

それにしても、随分と固まった世界観だ。
少女は部屋を見渡した。

背の低い位置にある窓やカウンター、照明。自然と腰を下ろして一息つく。洞窟はひんやりと気持ちよかった。本物の洞窟もこういう感じなのだろうか。

誰も見ていないことをいいことに寝転がる。全身が包まれるような感覚。微睡まどろみに任せてしばしの間目をつむった。

――にゃあぁ。

どのくらい目を瞑っていたのか。突如耳に入る声に体を起こした。
体が大きそうな低い声だ。しかしその声は、外からではなく中から聞こえた気がする。しかも、足下からじゃない。

それじゃあ――。

洞窟の入り口にゆっくりと目をやると、そこには大きな猫がぎょろぎょろと目を光らしてこちらを見ていた。

あれはいつも見ている猫とは違う。少女の直感が叫んだ。
あれは、山猫だ。

ぬらりと赤い舌が濡れているのが見える。
「食べられる」と直感が騒いだ。這い上がる恐怖に体は動かない。逃げることも山猫から目を逸らすこともできない。

山猫の寝床。

店員が言っていたのは、イメージなんかではない。本当に寝床だったのだ。


気づくと、少女はまだ洞窟で横になっていた。どうやら随分と眠ってしまっていたらしい。窓の外を見ると、子供を連れた猫が「にゃあ」と鳴いて歩いていた。
慌てて部屋を出ると思ったほど時間は経っておらず、部屋に入って十数分経ったほどだった。
マフィンの甘い香りが鼻腔をくすぐり、安堵を誘った。

「おや、もうよろしいですか?」

店員は笑顔のままだ。店内に山猫の気配はない。落ち着いた静かな空気が漂っているだけだ。
どうやら彼女が見た光景はただの夢だったらしい。

カフェの料金とショップで選んだ商品をカウンターに運んで会計を済ます。やっと日常に戻ってきた心地がして、少女は深く深呼吸をした。

「またどうぞお越しください」

もう一度、チリリンとドアベルを店内に響かせる。不思議で掴めそうで掴めない。

次来たときは、また何か分かるかな。

店に背を向ける。頭上からあの低い鳴き声が聞こえた気がした。



Model 熊野 万理奈

撮影 脇中 楓 Instagram(@maple_014_official)

撮影地 山猫瓶詰研究所

文章 橋口 毬花


イワシとわたしの物語

鹿児島の海沿いにある漁師町、阿久根と枕崎。
そんな場所でイワシビルと山猫瓶詰研究所というお店を開いている
下園薩男商店。
「イワシとわたし」では、このお店に関わる人と、
そこでうまれてくる商品を
かわいく、おかしく紹介します。

vol.15 私のための朝を過ごす
一人旅の朝。彼女は求めていた朝食に心を躍らせていた。
そうそう。これが食べたかったんだ。
彼女がこの場所に泊まり、この朝食を食べるのにはちゃんとしたわけがある。ゆっくりとごはんと時間を噛みしめるこの時間は彼女にとって必要な時間だった。

vol.14 あの子を想う平日昼間のひとり時間
平日の昼間の静かな休みの日。
彼女は散歩道で一つの店を通り過ぎたところで、最近マスキングテープを買ったことを思い出す。家に帰ってノートに貼っていく中、このマスキングテープをどう使おうかと考える。
考える先で思い浮かんだのは友達の"あの子"だった。

and more…

これまでのイワシとわたしはマガジン「イワシとわたしの物語」に収録されています。

山猫瓶詰研究所にかかわる物語はこちらのマガジンに収録されます。

モデルインタビュー/オフショット

coming soon…

山猫瓶詰研究所潜入譚

coming soon…


イワシとわたしのInstagramでは、noteでは見れない写真を公開しています。


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