あの子を想う平日昼間のひとり時間【イワシとわたし 物語vol.14】
この日は天気がいい日だった。
加えて日差しがやわらかいから、散歩に出掛けることにした。
最寄りの商店街に向かう。平日昼間のこの場所は人気がなくて静かだ。彼女はその静けさも好きだった。
いつもは通らない場所を何も考えずに足を向ける。
いつもと同じ道を繰り返し歩く中、一本違う道に入るだけで知らないものと出会える。
今日はやけにすれ違う植物が視界に入る気がした。それは鮮やかな青色で、夏の始まりを彼女に告げていた。
歩くたびに今までもそこにあったものに気づいて足を止めてみる。けれど、散歩だけでは一日は潰せない。
帰り道へぐるりと向かうルートへ足先を向け、次は何をしようかと考える。
イワシビルの前を通り過ぎて、この前買ったマスキングテープのことを思い出した。
いいことを思いついた。
やりたいことを見つけた彼女の足取りが少し軽くなった。
一目惚れしたマスキングテープ。
使う頻度が多いわけでもないけれど、気づいたら手に取ってレジに立っていた。
家にもまだまだ使いきっていないマスキングテープはある。それもたくさん。たくさんあるはずなのに手に取ってしまうのだ。
そんなに買ってどうするの?と聞かれることもあるが、それは彼女自身も知りたいこと。
それでも手にしてしまうのだから、マスキングテープには人を引き寄せてしまう魔法のような力があるに違いない。
近々誰かに何かを贈る予定もないので、今日はお試しということで彼女はノートを開いた。
3種類のマスキングテープをなんの目的もないままに、感覚だけを働かせて“ちぎる”と“貼る”を繰り返す。
白かったノートが可愛くなっていくのを眺めながら、今度このマスキングテープを手に取るとき、何に使っているのか考えた。
いつも一緒に勉強をする友人にお菓子をプレゼントするのはどうだろう。
そのときは、クラフト紙の袋に入れて、マスキングテープでラッピングするのだ。
ああ、でも、あの子になら、袋の口をくしゅっと絞って、マスキングテープで飾りつけたリボンで結ぶのもいいかもしれない。
彼女は友人の顔を思い浮かべる。
ありきたりな無地のリボンをマスキングテープで飾りつけたら、あの子はなんて言うんだろう。
友人の反応を想像して、彼女は一人、口許を緩めた。
あの子は何を考えているのか、どう感じるのか。
大好きだと言っていたものを何もない日に渡したらどんな顔をするのか。
ああだったらこうだったらと考え始めると、次々にシャボン玉のように浮かんでくる。それに触れる瞬間パチパチと弾ける心地よい感覚を覚えた。
誰かのために何かを考えるのはワクワクする。
その人の輪郭を確かめていくと次第に自分の輪郭も浮いてきて、高揚感にも似た感覚がふわりと彼女の全身を包む。
気づくと、見開きいっぱい真っ白だったノートが思った以上にカラフルになっていた。ノートに貼ろうとちぎっていたマスキングテープは隙間を見つけられず、彼女の鼻先に着地した。
そうだ。今度、家にあの子を呼ぶときは顔に貼ってみたらどうだろう。何も言わずに貼ってみたらびっくりするだろうか。
夏のイベントで、キラキラしたシールを顔に貼って笑い合った頃を思い出す。キラキラのシールを顔に貼るのなら、マスキングテープを貼ってみてもいいじゃない。
また顔を思い浮かべて一人、口の端を吊り上げた。
平日のゆったりとしたひとり時間。
胸の奥は誰かと話したときと同じようにぽかぽかしていた。
そんなひとり時間なら、ゆったり時間も悪くない。
あの子の好きなクッキーを買いに行こうかな。
そして可愛くラッピングするのだ。
再びやりたいことを見つけて、彼女は口許を緩ませたまま軽い足取りで部屋を出た。
model:桑原詩花
撮影:こじょうかえで Instagram(@maple_014_official)
撮影地:イワシビル
文章:橋口毬花 (下園薩男商店)
イワシとわたしの物語
鹿児島の海沿いにある漁師町、阿久根。
そんな場所でイワシビルというお店を開いている
下園薩男商店。
「イワシとわたし」では、このお店に関わる人と、
そこでうまれてくる商品を
かわいく、おかしく紹介します。
and more…
これまでのイワシとわたしはマガジン「イワシとわたしの物語」に収録されています。
モデルインタビュー/オフショット
イワシビルオリジナルマスキングテープの裏側
イワシとわたしのInstagramでは、noteでは見れない写真を公開しています。
登場商品
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