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【小説】トビの舞う空

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小学生の舜太が、絵描きのお爺さんに貰った一枚の絵を巡り、大人へと成長して行く物語。
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小説 トビの舞う空(あとがき)

小説 トビの舞う空(あとがき)

皆様こんにちは✋️

トビの舞う空、読んで頂いた皆様、ありがとうございました。

全85話の長めのお話になりました。とは言っても、一話が500字程度なので、トータル約46000字、まだまだ短編の部類なのでしょう。

このお話は、昨年末初めて江ノ島に行った時、余りの景色の美しさに感動した事から生まれました。東京に住んで30年以上ですが、行った事無かったんです。

タイトル画は自分で撮った写真を絵画風

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小説 トビの舞う空(全文)

小説 トビの舞う空(全文)

「ただいまあ!」

「舜太、宿題やってから遊びに行きなさい」

「帰ってからやるう」

かあちゃんといつものやり取りをして、舜太は玄関にランドセルを放り投げ、家を飛び出した。

にいちゃんのお下がりの青い自転車に跨り、今通ったばかりの通学路を逆戻りする。舜太は海へと下る長い坂道を、サラサラの黒髪を靡かせながら、足を広げて軽快に下ってゆく。

高校の校舎を過ぎると海が見えて来た。舜太は早る気持ちを抑

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連載小説 トビの舞う空(最終回)

連載小説 トビの舞う空(最終回)

「せんえん!」

最前列に座っていた少年が、元気良く手を上げた。

「ワハハハハハハ!」

ギャラリー達から大きな笑いが起こった。

自分が何故笑われているか理解出来ず、少年はキョロキョロと辺りを見回した。そこで自分が場違いな事を言ってしまった事に気付き、しょんぼりと俯いてしまった。

舜太は少年の頭を優しく撫で、ギャラリー達に向かって言った。

「皆様、笑わないでください。僕はお金の為に絵を描い

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連載小説 トビの舞う空(84)

連載小説 トビの舞う空(84)

「江島早雲、再び降臨!早雲の愛弟子、舜太画伯」

と地元新聞に舜太の事が取り上げられ、雑誌やテレビの取材まで来る様になった。

どこで噂を聞き付けたか、以前舜太の家に「トビの舞う空を買いたい」と訪れた見覚えある画商達も、絵を見定めに現れた。

舜太はフウと大きく息を吐き、筆を置くと、ギャラリーの方を振り向いた。

「皆様、いつも見に来て頂きありがとうございます。おかげさまでこの絵は完成致しました」

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連載小説 トビの舞う空(83)

連載小説 トビの舞う空(83)

次の日少年は、友達だと言う少女を連れ、二人でやって来た。

少女は舜太の絵を見るなり「すてき!」と声を上げた。少年は「な、すごいだろ」と自慢気に言った。

微笑ましい少年少女の姿は、まるで昔の舜太とカレンちゃんの様だった。舜太は一つしかないパイプ椅子を二人の為に開いて置くと、二人は一つの椅子にピタリとくっついて座り、舜太の描く様子を真剣な眼差しで見ていた。

週末になると、少年と少女はそれぞれの家

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連載小説 トビの舞う空(82)

連載小説 トビの舞う空(82)

舜太は、人が変わったかのように、精力的に絵を描き出した。絵を描いている時の舜太は、画家になる事を夢見ていた頃の様な、生き生きとした眼差しに戻っていた。

自分を追い詰めていたのは、結局自分自身だった。売れなければ、と言うプレッシャーはもう無い。肩の力の抜けた作品からは、舜太の絵に向かう純粋な心と、熱い情熱が伝わった。

その日、舜太がいつもの海岸で描いていると、背中に視線を感じる。ふと振り返ると一

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連載小説 トビの舞う空(81)

連載小説 トビの舞う空(81)

薄暗い展示室の中で、トビの舞う空にだけスポットライトが当たっている。それはまるでユラユラと空中を浮遊している様に見えた。

舜太はトビの舞う空を眺めていた。すると絵の中のトビの羽が、少し動いた様に見えた。

錯覚だろうと、瞬きをして改めてトビを凝視した。するとトビはバタバタと羽ばたき始め、クルクルと円を描いて絵の中を舞い始めた。

そんな馬鹿な!トビは絵の中を飛び回ると、眩い光を放った。眩しい!舜

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連載小説 トビの舞う空(80)

連載小説 トビの舞う空(80)

「舜太、江島早雲は絵だけで食べられる様になったのが、四十歳を過ぎてからだったんだって」

舜太とカレンちゃんは、江島早雲美術館のトビの舞う空の前に立ち、見上げていた。

「私は舜太の絵が好き、舜太の絵が好きな事は、世界中の誰にも負けない自信があるの。私はいつも舜太の絵から元気を貰ってるんだ。舜太の絵は素晴らしい。きっとみんなの心に届く日が来るから、大丈夫、焦らないで」

しんと静まり返った開館前の

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連載小説 トビの舞う空(79)

連載小説 トビの舞う空(79)

「カレンちゃん、ごめん、俺もうダメかも」

その夜、ついに舜太は弱音を吐いた。

人生なんて思い通りにはならない。画家と言う夢の職業は、想像していた様なキラキラ輝いたものでは無かった。食えない現実を、嫌と言うほど味わった。こんなはずでは無い、といつも悶え苦しんだ。

自分は田んぼにポツンと残された古い案山子、雨風に晒され色褪せ破れた服を着て、今にも倒れそうに傾いている。役目を終えた汚い案山子など、

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連載小説 トビの舞う空(78)

連載小説 トビの舞う空(78)

「あんたも良い歳なんだから、いい加減ちゃんとしなさい。カレンちゃんと結婚するんでしょ、いつまでも待たせる訳にはいかないんだからね」

大学を出て数年過ぎた辺りから、かあちゃんは舜太と顔を合わせる度にそう言う様になった。

かあちゃんの言う事はその通りで、舜太は何も言い返す言葉が見つからなかった。そして歩いて数分の距離にある実家にも、次第に足が遠のく様になって行った。

ランボーは大学を出て、母校の

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連載小説 トビの舞う空(77)

連載小説 トビの舞う空(77)

渡辺は写真の様に緻密な描写が評価され、大学在学中から少しずつ絵が売れる様になった。大学を卒業すると同時にニューヨークに拠点を移し、精力的に作品を描いた。作品はオークションで次々と高値で落札され、今や世界的な人気アーティストとなった。

舜太は美術大学を卒業し、プロの画家となったものの、絵は全く売れなかった。お金の稼げない画家は、プロとは呼べない。ただの絵描きに過ぎない。

「俺は絶対舜太には敵わな

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連載小説 トビの舞う空(76)

連載小説 トビの舞う空(76)



舜太と渡辺は同じ美術大学に進学した。大学進学と同時に舜太とカレンちゃんは、海岸近くに小さいアパートを借りて一緒に住み始めた。

高校では舜太より成績の良かったカレンちゃんだが、大学には興味が無いと言い、周囲の勿体ないと言う声を他所に、大学に進学しなかった。

作品制作に没頭していた舜太はバイトは出来なかった。カレンちゃんはサーフィンの傍らモデルの仕事を始めた。

美少女サーファーとして既に名

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連載小説 トビの舞う空(75)

連載小説 トビの舞う空(75)

舜太とカレンちゃんは、いつもの海岸に来た。二人はトビの舞う空と同じ景色を眺めていた。

「舜太良かったね、これで美術大学に行けるね」

「うん、頑張って苦手なデッサンの練習しなきゃ」

ランボーとウッチーは部活で学校に戻った。そして渡辺も美術室に忘れ物をしたとか言って学校に帰って行った。二人に気を使ってなのだろうか。

「カレンちゃん、僕は決心したよ。僕は画家になる。江島早雲みたいな人の心に響く、

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連載小説 トビの舞う空(74)

連載小説 トビの舞う空(74)

「トビの舞う空を舜太様がとても大切にしておられた事は十分存じております。ただご自宅ではどうしても保存状態が良いとは言えません。絵の具が剥がれかけている箇所も所々ございます。修復が必要な箇所は修復し、絵にとって最適な環境で大切にお預かりさせて頂ければと思っております」

「ね舜太、良いお話でしょ」

かあちゃんはニコニコしながら言った。

「そんなすごい条件で、ありがとう三宅!」

「もちろんトビの

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