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エッセイ | 束の間に桜

タクシーを待つ間だけお花見でもしようと思い、コンビニエンスストアでビールを買う。近くの川沿いには桜並木があり、そこにはベンチや机などが整備されている。今年はお花見もできていなかったからちょうどいいなと自分を納得させる。


今日も今日とて深夜までの残業が続き、私が会社で優雅にコーヒーを飲んでいる間に終電の時間が去っていった。

タクシーを探してフラフラと歩いていたが、なかなか見つからない。大抵の場合は最寄駅に着くまでの間でタクシーと出会えるのだが、今日みたいに全く見つからないことがたまにある。

仕方ないからひたすら歩くしかない。日中であれば観光客ばかりのこの道で、好きな曲を口ずさみ歩けるのは、残業を頑張った私だけの特権だ。

最寄駅を通り過ぎ、隣の駅にたどり着く。1駅分歩いてしまうことはなかなか珍しく、初めての経験かもしれない。ここまで来てしまうと、西にある飲み屋街までタクシーを捕まえに行った方が早いかもしれない。

そう思うが早いか私は歩いている道を逸れて西に向かい始めた。


飲み屋街の入り口に着くと、こちらに来たことを後悔した。お店も閉まり出した時間帯のようで、酔っぱらった人たちであふれていた。皆が一様にタクシーを探して大通りに立っている。

付近の駅にも寄ってみたが、タクシーの待合所にはかなりの人が列をなしていた。どちらでタクシーを待ったとしても、かなりの時間を浪費しそうだ。

タクシー配車アプリを起動する。迎車をした場合の待ち時間を確認すると30分から40分と表示されている。予想以上に長いため、それであれば朝まで営業している居酒屋で飲み明かした方が楽しいのではないかと考えてしまう。

ふと、ここまで来る途中に桜並木があったことを思い出す。そこでお花見をしながら迎車を待てばよいではないか。

私は再び元来た道を戻る。その途中にあるコンビニエンスストアでビールと夜食を買い、桜並木へと向かう。


桜並木の存在は知っていたが、それを目的として来たのは初めてだった。遅い時間にもかかわらずライトアップされており、桜の近くにはベンチがある。

私はベンチに座るとビールを飲み始める。夜桜なんて最高じゃないか。もっと早い時間ならもっと良かったのだけれど。

ビールと一緒に夜食も取る。普段なら家に帰り食べていたが、開放的な場所で食べるのも悪くない。ピクニックに来たみたいで懐かしさを覚える。

スマホの通知が鳴る。こんな時間に珍しいと思いながら画面を見ると、配車アプリからの通知だった。

「10分後に到着予定」と画面に表示されている。早くないか?


私の予定では30分程度お花見を楽しめる予定だったのだが、配車がスムーズに決まったらしく、あと10分後には目の前にタクシーが現れる。

開けたばかりのビールを急いで飲む。そこまでお酒が得意なわけではないため一気に飲むのはつらかった。

ビールと夜食を胃袋の中へ片付け、口元に何もついていないことを確認する。顔色もそこまで変わっていないため安心した。

数分後にタクシーが現れ、ドアが開いたところへ私は乗り込む。

「ずいぶんいいところで待っていましたね」笑顔の運転手が振り向いて言ってくる。

私が「少しの間だけですが、今年はお花見が楽しめました」と答えると、「それは羨ましい」と運転手がほほ笑んだ。



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