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Fictional Diary

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in企画、藍屋奈々子の空想旅行記。ほんものの写真と、ほんとうじゃないかもしれない思い出。日刊!
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#小説

fictional diary#6 どこに向かうの

fictional diary#6 どこに向かうの



移動中にふしぎな標識をみつけた。方向と行き先を指し示すプレートには、それぞれ実在する公園や建物の名前が書かれているのだけど、実際にそのとおりの方向に進んでみると、目指す目的の場所がいつまでたっても現れない。おかしいなと思って、もう一度標識のあるところまで戻ってみた。プレートをよくよくみてみると、どうやら標識の矢印が右に90度ずれているみたいだった。検証してみようと、今度はべつの方角に進んでみた

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fictional diary#22 雲の波間

fictional diary#22 雲の波間



春になると毎年、うろこ雲のような水蒸気の波が、その町に押し寄せてくる。水蒸気なのに波、というのも変だけれど、わたしが実際にその町でみた霧は、ほんとうに空の雲が地表近くに降りてきたみたいだった。白い色の濃いところと薄いところが交互に現れて波模様になり、風の流れにのってあちらからこちらへとゆっくり動いてゆく。空に浮かぶ雲が、風のすこし強い日に流れていくのと同じくらい、ゆっくりしているけど、少し目を

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fictional diary#25 聴こえる音

fictional diary#25 聴こえる音



旅先で久々に再会した友達に、休みの日は何してるの、と聞いたら、屋根にのぼってる、という答えが返ってきたので、わたしは目をまるくした。友達はそんなわたしの反応をみて、慌てて言い足した。もちろん、天気のいいときだけだよ。けどもちろん、そういう問題じゃなかった。返事が思いつかず、黙ったままのわたしを見て、友達は早口で説明してくれた。住んでるマンションに屋根裏部屋があるんだけど、そこには誰も住んでなく

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fictional diary#26 彼女が話してくれたこと

fictional diary#26 彼女が話してくれたこと



ひとつの町からべつの町へ移動する途中、バスに乗り合わせた人と仲良くなった。20代後半の女のひと。日に焼けていて、長袖のチェックの薄いシャツを着て、肩には大きなリュックサックをしょっている。あなたも旅をしてるの、と隣の席に座ったわたしに話しかけてきた。私はそうだと答えて、いままでの旅の話や、自分の国のことを話した。彼女もわたしに、自分の旅のこと、家族のこと、そのほか思いつく限りいろいろなことを話

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fictional diary#27 街灯に咲く

fictional diary#27 街灯に咲く



その通りに並ぶ街灯には、春のある日になると、花の入ったカゴがぶらさげられる。その日がいつになるのかは、誰も知らない。その日の朝、通りに出てみて、初めて気がつくのだ。小さな花が窮屈そうに植えられた鉢植えが、カゴの中にすっぽりおさまっている。はしごを使って街灯に登った作業員が、小さいがずっしり重たいカゴを持ち上げて、そのために専用に作られた、街灯の横の出っ張りに据え付ける。カゴのなかに入っているの

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fictional diary#28 名前のない色

fictional diary#28 名前のない色



赤に近いような濃いピンク色、それとも、薄紅色、といったほうがいいのだろうか、見たことのない色の壁を、路地裏の奥でみつけた。建物はすこし古ぼけていて、中には人の気配がなかった。誰も住んでいないみたいだった。壁は所々にひびが入って、水の滴っている箇所もあった。そこかしこに、遠目で見ればわからないくらいの小さなほころび。狭い路地裏の奥、こんなに明るい色をした建物に住んでいた人は、一体どんな人だったん

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