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恋とか愛とか言う前に

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140字で綴る恋愛物語。どこかの、誰かの、強く焦がれる想いのかけら。
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微睡む午後。肌触りの良い毛布に包まる。浸透する温度の心地良さに吸い込まれ、より一層深い眠りに沈む刹那、無慈悲にも贅沢な時間が破られた。薄らと覚醒すると、無粋な侵入者が甘やかな声で囁く。「温めて?」絆されて冷えた身体に頬を寄せるのは、勿体なくてもこの至福を分け合いたいから。

青桐美幸
6年前
4

満ちる月に魅せられて。気づけば握り締めていた携帯を片手に家を飛び出した。『もしもし』「今、何してる?」『月を見てた』「え」『あまりに綺麗だったから』一緒に見たくなった、と電話越しではない声が耳を打った。目の前に佇む姿を捉えて、結ぶ眼差しを照らす月がどこまでも追いかける。

青桐美幸
6年前
4

不意に顔を近づけられ、吐こうとした息は口内に飲み込まれた。けれどすぐに離して顰め面。どうしたの、と問えば無言で眼鏡を取り払われて。見えない、と文句をつけると「後でどうでもよくなる」と傲岸不遜な返答。例え見えなくても、手で、耳で、肌で感じられるけれど、その熱を宿した目を確かめたい。

青桐美幸
6年前

刻みつけられた痕も、流し込まれた言葉も、うつされた熱も。全て覚えているけれど、消化することは叶わなくて。溢れ出て沈んでしまう前に抜け出したかったのに、「行くな」遮られ閉じられ囲われて、強制的に甘い眠りに落ちるだけ。逃れられたのは涙一筋。向かう先は、自由を追い求めた過去。

青桐美幸
6年前

注いだグラスを持ち上げようとして止められた。「飲みすぎだ」関係ないでしょ、と吐き捨てて尚も呷ろうとしたら手首を掴まれて。何で止めるのと抗うと、「酔うと泣くだろ」既に歪んでいた顔を見られる前に胸に押しつけられた。弱味を晒したくない強情さを、乱暴に隠してくれる優しさが、痛くて。

青桐美幸
6年前

久しぶりの逢瀬は見慣れないスーツ姿だった。柔和な笑みも、落ち着いた声音も変わらないのに、別人のような印象を受ける。シャツ越しになぞられた線が綺麗で。ネクタイを外す仕草が優雅で。視線を逸らせずにいたら見咎められ、一つ大きく鼓動が跳ねる。「惚れ直した?」悪戯っぽい表情に酔いかけた。

青桐美幸
6年前

少し遅れて待ち合わせ場所に着くと、集団に囲まれ愛想笑いでかわす相手を見つけた。別に困っていないだろうけれど、その中に割り込む度胸はさすがになくて、離れたところで『着いたよ』とメール。幾らと経たずに腕を掴まれ、「一緒に過ごす時間が減った」とむくれる表情に溜飲を下げるのは卑怯?

「おい」「んー」「寝るならベッドに行け」「やだ」「何で」「まだ眠くない」「嘘つけ」「起きてるし」「いい加減にしろ」「だって」「何だよ」「一人は寂しいよ…」束の間の静寂の後、本を閉じて眼鏡を外した。抱き上げると嬉しそうに手を伸ばしてくるから、我ながら甘い、と苦笑して腕に力をこめた。

青桐美幸
6年前

抱き寄せて、口づけて。触れ合って、重ね合わせて。理性を焼き切るほどの熱が巡り、気遣う余裕もなく一心にぶつけてしまうのに、いつだってしなやかに受け入れる。そのくせ身体は預けてくれなくて。情を傾けてくれなくて。言葉さえ、求めてくれない君がいつまでも遠い。

青桐美幸
6年前

行かないで。一人にしないで。吐き出した息は冬の空に融け、かじかんだ手は伸ばす力を失った。引き止める手段を持たないのに、暴れる感情は無数の棘となって自身に突き刺さる。唯一伝えられたのは、「…泣くなよ」止め処なく溢れる雫だけで。待ってろ、とこめられた腕の感触だけが、鮮やかで、確かで。

青桐美幸
6年前
1

一人では広いベッドを持て余し、何度も寝返りを打つ。シーツを強く握ってみても、残り香は最早僅かほどもなく。寂しさに溺れそうになった寸前、鍵を開ける音が響いた。驚愕に襲われたまま玄関まで走っていくと、淡い微笑がそこにあって。「ただいま」の声に被さるように抱きついた。「…会いたかった」

青桐美幸
6年前

広がりかけた髪を押さえて、色の付いたリップを塗って、曲がったリボンを直して。通い慣れた道を歩く後ろ姿を見つけて、跳ねる鼓動を宥めながら、おはよう、と震えないよう言葉を紡ぐ。振り返って目が合うと、「おはよう」全開の笑顔がとても眩しくて、今日も叶わないと密やかなる敗北宣言。

青桐美幸
6年前
2

髪を梳く手つきに誘われて瞼を閉じたら、ふわりと唇が降りてきた。心地良くなって手放そうとした意識を、耳への甘噛みが引き戻す。「この状況で、まさか寝るなんて言わないだろうな」丁寧な扱いもどこへやら、途端に荒々しくなる口づけに酸素を求めて喘がされる。寝かせてくれないのはいつだって貴方。

青桐美幸
6年前
2

手袋を忘れた。滅多にないことだから今日だけだと甘く見ていたら思いの外寒くて。「冷たい…」無意識に泣き言が漏れると、合わせた手のひらを丸ごと包んでくれた。驚いて見つめたら、「本当はずっとこうしたかったんだよね」照れたような表情で。繋いだまま歩く、冬の道。