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『エルサレムのアイヒマン』ハンナ・アーレント

注意:女史は、ナチズム、アイヒマン及びその他関与人物を一切擁護しない。本記事内で、アイヒマン裁判自体の正当性を疑う記述がある。しかしそれは、女史がこれら人物を擁護しているわけではないことを、ここに明記する。

はじめに:正義への疑問、悪の正体

今回は、女史の好きな哲学者TOP 3の一人、アーレントの著作について記す。女史は大のイスラエル好きであり、ユダヤ関連の歴史や文学研究を日々行い、イスラエルを毎年訪問している。ゆえに、彼女の『エルサレムのアイヒマン』は、私が最も好きな書物の一つだ。

しかし本書は、出版当時、世界中から批判を受けた。

アーレントはユダヤ人だ。彼女自身、激しい迫害を受け、収容所に入れられた経験すらある。そんな彼女が、アイヒマン裁判を、あくまで哲学者として公平に評論した。

アイヒマン裁判が正当なプロセスで行われなかった点、証人や検察の調査のプロセスへの批判が多く含まれていた。さらに、アイヒマンを冷静に分析し、彼が一般の人間と何一つ変わらない人間であることを説いた。

これらは、同胞であるユダヤ人に対して、非常に耳の痛い内容も含まれていた。

だからこそ本作は、アーレントが自身のユダヤ人としての過去と、哲学者としての誇りに懸けて書き上げた超大作であると、女史は思った。

今回の記事は、ユダヤ人の歴史や背景にあまり詳しくない読者様のために、重要な論点にのみ絞って書いていきたい。(女史がユダヤの歴史を語り始めると筆が止まらなくなってしまうこともあり。。。)

そして、アーレントの使用する難解な言語表現はなるべく避け、スマートな記事にまとめたいと思う。

”アイヒマン裁判の正当性”、そして、”悪の本質”の2点だ。

異郷から来た女史が何者か知りたい人はこれを読んでくれ。

そして、女史のnoteをどう読むか、こちらを参考にしてくれ。

アドルフ・アイヒマン:平凡な男性

まずはアイヒマンの簡単なプロフィールを紹介しよう。

アイヒマンは、ナチスの親衛隊中佐であった。彼は、ユダヤ人を強制収容所に送り込む、謂わば”ロジスティックス”を担当・指示した張本人であった。

もちろん、送り込まれた先の強制収容所では、全てのユダヤ人が人権を剥奪され、多くのユダヤ人が虐殺されることなど、アイヒマンは全て承知の上で彼の業務を行っていた。

この文章だけで、アイヒマンがどのような蛮行に関与したか、女史の読者の皆様なら想像がつくかと思う。

そんなアイヒマンとは、一体どのような人間か。きっととんでもないサイコパス、サディスト、DV男だったに違いない。幼少期から動物虐待でもしていたのだろう。

否、そんな我々の想像とは裏腹に、アイヒマンは平凡で家族思いの男だった。若いころはセールスマンとして誠実に働き、ナチスの政権掌握後に、SSの訓練所に志望入隊し、事務的な作業をこなしていた。その勤勉さが評価され、彼はユダヤ人の強制収容所送還の責任者にまで成り上がった。

そして終戦後、彼はアルゼンチンに逃亡し、偽名を使用して家族と共に生活を送っていた。

裁判の正当性:不当な裁判、不十分な起訴内容

以上、アイヒマンの簡単な経歴を説明した。しかし、アーレントは、まずはアイヒマン裁判の正当性から検討すべきであるとする。

アルゼンチンに逃亡していたアイヒマンは、イスラエルの誇る最強の諜報機関モサドのスパイ達によって、拉致された。彼は飛行機に乗せられ、エルサレムに連れてこられた。この計画は、全て秘密裏に行われた。

犯罪者を他国で拉致し、自国に連れ帰る行為は、国際社会では認められていない。それを、イスラエルは、アイヒマンに対してやってのけた。

拉致されたアイヒマンの裁判は、イスラエルのエルサレム法廷で行われた。起訴内容は、”アイヒマンがユダヤ人に対して罪を犯した”、という理由だ。

アーレントは、この裁判の正当性に疑問を抱く。まず、エルサレム法廷にアイヒマンを裁く資格はない。アイヒマンは、拉致されたのだ。如何なる犯罪者であろうと、それを拉致することは、国際的に違法行為である。この時点で、アイヒマンをエルサレムで裁くことなど言語道断である、とアーレントは記述する。

そして、仮にアイヒマンを合法的にエルサレムに連れてきたとして、エルサレム法廷で裁くべき罪ではない、とアーレントは言う。アイヒマンは、国際法廷でのみ裁かれるべきである。アイヒマンが犯した罪は、ユダヤ人ではなく、”ユダヤ人だけでなく、人類に対する罪”で起訴されるべきだ。ゆえに、全人類に対する罪を裁くにふさわしい、国際法廷にて裁かれる必要がある、とアーレントは訴える。

彼の罪を、”ユダヤ人”という民族に絞るべきではない、なぜなら、ユダヤ人はユダヤ人である前に、人間だからだ。彼の罪を、たった一つの民族に対する罪に限定することは、人類に何の意味も生まない。

裁判の正当性:感情論と不十分な証拠

アイヒマン裁判では、強制収容所から生還したユダヤ人たちが、大粒の涙をこぼしながら彼らの経験を語った。”アイヒマンの犯した罪の証人”として。アーレントは、彼らの証人としての正当性、そして不十分な証拠に意義を唱える。

アイヒマンは、強制収容所送還のロジスティクスを担当していた。殺戮を実際に担当していた訳ではない。あくまで、多くのユダヤ人を収容するところまでが彼の業務であり、収容所内での出来事は、一切彼の関与するところではなかった。故に、強制所でいかなる残虐行為が行われたとしても、アイヒマンが直接的に関与したとは言えないのである。

また、アイヒマンが実際に担当していない、東方におけるユダヤ人移送作戦に関しても、アイヒマンの罪であるとして裁かれた。検察側は、書類などの確固たる証拠を見つけることができなかったため、東方の収容所から生還したユダヤ人を法廷に呼び寄せた。彼らに感情論で語らせ、アイヒマンが本作戦に関与したことを証明させようとした。アイヒマンに、いかに多くの罪を着せるか、検察はこれに躍起になっていたのである。

そして、最終的に、アイヒマンは全ての起訴内容で有罪判決となり、死刑となった。多数の起訴内容は、証拠不十分であったにも関わらず、だ。

感情論的な証拠を盾にして、物質的証拠が不十分なまま裁判を行う検察と裁判官に対して、アーレントは意義を唱えた。

そして、おそらくこの部分が、アーレントの本著が多くの批判を受けた理由である。”アーレントは、アイヒマンをかばっている!”と。

しかし、アーレントは、あくまで哲学者として、法の正当性、正義の本質を分析しているだけであり、これらの批判に値しないと女史は思う。

悪とは:官僚制組織が育む歯車としての人間

さて、以上で裁判の正当性と正義について述べたが、ここで2つめの論点、悪の本質について述べる。

アイヒマンは、前述のとおり、普通の平凡な男だ。彼が現代日本に生まれていたとしたら、普通のサラリーマンとして毎朝電車通勤をしていたことだろう。上司の言うことを忠実に聞き、時には残業してまじめに働く。部下との関係も良好で、飲み会なんかにもきっと頻繁に参加していたかもしれない。

そして、アーレントは、この事実こそが、悪の本質であるとする。

悪とは、どのような平凡で善良な人間であろうと、残虐行為を平気で行うマシーンに変えてしまう。

官僚制組織の中に取り込まれ、思考停止してしまうからだ。

官僚組織に取り込まれた人間は、上司の言うこと、組織のトップの意思決定、同僚の行動etc...に一切疑問を感じない。

日本人の読者様だと、特に身に覚えがあるかもしれない。残業が多い企業にいた場合、”まあ、仕事が終わってないんだから残業してでもやるのが普通だよね。” そう言って、なにげなく22時まで会社に残る上司、同僚、自分。一方、世界を見てみると、”日本人は働き過ぎている!健康に悪いのになぜ!仕事なんかより家族との時間が大切だ!” 等と、我々が何気なくやっている行為が異常であると騒がれている。

我々は、官僚組織に取り込まれると、組織の目的を果たすための歯車になる。皆さんの使用する家電製品の歯車と何一つ変わらない。意思を持たず、命令に従う。

ふと気づけば、アイヒマンはユダヤ人を強制収容所に送り、アルゼンチンに逃亡し、エルサレム法廷で有罪となり、死んだ。

アイヒマンは上の命令にひたすら従った。なぜなら、彼は思考停止していて、自分がやっていることが普通であると思っていたからだ。

悪とは、官僚組織と、思考停止した人間から生まれる。

おわりに:正義とは何か

女史は、アーレントの冷静沈着な分析に感動した。アーレントはユダヤ人だ。彼女は迫害されて収容所に入れられた経験がある。彼女はやっとの思いでアメリカに亡命して安全な居場所を手に入れた。

そんな彼女の辛い経験を、一切感じさせない本著。アーレントの哲学者としての力量に女史は脱帽した。

感情論は一切抜きである。法律、正義を鋭い眼で観察し、その洞察力を以てしてアイヒマン裁判に異議を唱えた。

そして、アイヒマンは平凡な男である。と言い切った。

多くの人は、アイヒマンを拉致してエルサレムで裁くことに異議を唱えなかった。明らかな違法行為であるにも関わらず。これこそ、アーレントの言う、思考停止人間であり、悪の芽であると女史は思う。

女史自身、日々自分が何気なくやっている行為を顧みて、内省することを欠かさないようにしている。悪とは、雑草だと女史は考える。どこでもすぐに根をはり、水がなくても育ち、気づいたときには雑草だらけになっている。

雑草が生えないよう、思考を停止させないことが、アイヒマンと同類にならないための唯一の方法なのである。


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