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男のわたしが人生で初めてマニキュアを塗ったら、夢が大きくなった話


「僕にもやらせてくれませんか」

ひとりでできないことが、この世には数えきれないほどある。「できない」ものに当たらずに過ごせるかもしれないし、「できる」ものに気づけず終わってしまう可能性もある。

「やってみたい」と、顔の皮膚がしっとりと艶めくような笑顔で言いたい。手の届くものだけで楽しむのもいい。ただ、大人になってもちょっとだけ背伸びをしたい瞬間がたしかにある。


お揃いが好きだった。

わたしは恋人の彼と、一つ屋根の下で暮らしている。「好き」が重なり、未来へ伸びていく満足の明かり。これから先、数えきれないほどの楽しみが残されている。



「いってきます」

彼は横になったまま、手だけをゆっくりと振ってくれる。「友だちふたりと、遊んできますね」とわたしが言うと、ほんの少しだけ淋しそうにしていた。

おでこのあたりに下手くそなキスをする。とろりとした瞳の色気。どこまでいってもわたしは彼に、恋をするのだろう。



「一緒にお散歩しませんか」

たったそれだけで集まれる。

日曜日、朝8時の電車は空いていた。雲の隙間から流れる、こまかい光の粒を頼りに読書をする。


がたん、ごとん。

綿雪のように軽いリズム。ずっと、誰にも心を開けずに生きていくものだと思っていた。でもいまは、彼もいるし、わたしには大切な友だちがいる。


待ち合わせ場所には、予定より10分早く着く。ぱらぱらと人が歩いているくらいで、ぽつんと、わたしは目立っていた。駅の前、大きな木の下で踊りたくなる。だってわたしにも、"想い"があるから。



「しをりさん!」

わたしの名前を呼んでくれる、押し花のように奥ゆかしい表情。全身から喜びが迸る。いつかふたりの前だったら、ワンピースを着たりできるかもしれない

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おおきな公園を三人で歩いた。森のように風が吹き、人はほとんどいない。おもしろいことを言って場を盛り上げたかったけれど、うまくはいかず、ただふたりの顔を見ているだけでわたしは幸せだった。


パラソルのついたテーブルが並ぶ。

途中、売店に寄ってソフトクリームを買った。じめじめとした暑さにやられ、溶けてこぼれ出す。まともにそれを食べることすらわたしはできなかった。恥ずかしくたまらない。大切な人の前で、わたしは失敗がとても怖いのだ。

けれどふたりは微笑んでいた。
勘違いかもしれないけれど、やさしかった。

ほとんど音のない、静かな公園。広く、深緑だけが鳴る。女の子ふたりに挟まれて、わたしも、女の子になってしまいたい。


赤い化粧室と青い化粧室に分かれる瞬間、涙が出るほど哀しかった。たったひとり、生えている髭と目が合う。鏡の前で三人並んで髪型を整えたり、お化粧を直したり、そんな瞬間に混ざりたかった。女の子と一緒にいられるのは幸せだ、ただその分、わたしに足りないものが見えすぎてしまう。



「これ!紫陽花きれい!」

それでもわたしは、ふたりと一緒におしゃべりができたらよかった。花を見て笑い、雨が降り、傘をさす。景色に言葉を添え、からだは宙を舞う。自分らしく生きる、それを、こんなにも簡単にしていいものかと時々不安になった。

公園で散歩をした後は、カレー屋さんでごはんを食べて、その後喫茶店に向かう。ひとりではできないこと、それがなんだってできる。

昔、「どこへ行ってもお前はやっていけない」と何度も言われ、嘆くわたしは毎晩のように吐いていた。わたしには「できない」ことばかりかと思っていたけれど、そのほとんどが「できる」のだろう。



「しをりさん、今日は渡したいものがあるんです」

喫茶店で話をしていた、そのとき、友だちががさごそと鞄からなにかを取り出す。「これ、プレゼントです」。わたしの好きな色、好きになりたい色。

ほろほろと解ける心の水滴。胸の鼓動を押さえつけながら、袋の中を覗く。ぱっと見た、すぐにはわからなかった。縦長の箱に書いてある、ちいさな文字を読む——



「これって、マニキュアですか…?」


嬉しさのあまり声が震えた。

じゅわりと、目から溢れる。

ひとりで叶えることができなかったから、忘れたふりをしていた。何度も、何度も買おうと思った。爪の色が変わる、ただそれだけでいい。ただそれだけが途轍もなく遠かった。


「しをりさん、前に買えなかったって言ってたから。それを読んでて、あのときわたし『いつか買えたらいいですね』と最初は思ったんですけど、あとから違うなと思って。わたしが買って、渡せばいいんだって。だから…」


マニキュアをお店で買う、それだけに勇気が必要だった。買いたい衝動に駆られ、お店に向かったものの、買えなかった過去。

友だちは、わたしがnoteで書いたエッセイを読んでくれていた。女の子になりたいことも、ワンピースを着たいことも、ネイルに憧れていることも知っている。上手に人と話せないわたしも、文章のおかげで存在が潤う。言葉が、わたしを繋いでくれた。


受け取ったそのマニキュアを抱きしめて、ぽろぽろと泣いてしまった。空いている喫茶店、退屈そうな店員さんに見られてしまったかもしれない。どこからどう見ても男のわたしが、めそめそと泣いている。

「男のくせに泣くな」「男がそんなのつけたら気持ちわるい」。いままで浴びてきた言葉が、幻覚のように降り注ぐ。それでも目の前のふたりが、やさしい。口角からは、甘い香り。



マニキュアを持って、それからわたしはなにも喋れなくなってしまった。「ありがとう」と繰り返し零すだけの人間になる。泣いて、それでしかわたしは喜怒哀楽を表現できない。わたしは、友だちのおかげでその瞬間、夢を大きくしていた。



人は、誰かと一緒に生きている。

「なんでもひとりでできるから」と言う人もいるし、実際その人はほとんどをこなしてしまったりもする。わたしに関しては、ひとりでできないことが多すぎるのだろう。

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「ただいま」


夕方、友だちと解散し、まっすぐわたしは家に帰った。

変わらず恋人が横になり、眠っている。生きていてくれたらそれでいい。先月、彼が病院でうつ病と診断されてから、愛し方がわからなくなっていたところだった。その想いを変えてくれたのも、わたしの友だち。

彼のために頑張らなきゃ、彼のために、彼のために、と。自分をころして、相手を生かす方法しかわたしは知らなかった。そんなわたしに友だちは、「栞」を挟んでくれる——。


「しをりさんも弱音を吐いてくださいね。それは甘えじゃありません」


それ以降、わたしは頑張りすぎるのをやめた。彼を元気にしなくちゃ、彼が働けるようにわたしが支えなきゃ、彼を直さなきゃ。そんな気持ちを言葉にはしなかったけれど、思ってはいたと思う。もっとわたしたちのやり方があった。なにより、"元に戻す"必要はない。

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「しをりさん、それなんですか?」


寝込んでいた彼が、わたしから漂う匂いにつられたのか、頬を近づけてくる。魔法みたいな瞬間。「これ、マニキュアです」。そう話すと、彼はここ最近で一番の笑顔になる。


「しをりさんの爪、僕にも塗らせてください」


彼も、わたしが女の子になりたいことを知っている。この世でたったひとり、ワンピースを着たわたしの姿を見せられる相手。彼を愛し、わたしは自分の人生を愛することができる。

わたしは基本的に自分の顔、もしくは体の一部だとしても、それをSNS等には載せない。男のわたしをどうにも隠しきれないから。というよりそもそも、全てにおいて自信がないのだ。「外」の世界と同じように、口撃されてしまうだけだと思っていたから。けれど今日、載せる。





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27歳男性。わたし。

大人になったからこそ、たくさんの夢が残っている。
大人になったからこそ、弱音を吐きたい瞬間がある。

指輪は、彼とわたしのお揃い。

薬指だけ、彼が塗ってくれた。
わたしの目には、飛び切り輝いて見える。

予定にないはずの「結婚式」が行われていた。



わたしは"もっと"、女の子になりたい。


友だちも、恋人の彼も言っていた。

「自分の好きな格好をしていいんですよ」

たったそれだけ。たったそれだけが、どうにも整理できないほど、幸福だった。





さいごに


エリオさん、マニキュアをありがとう。大袈裟でなく、わたしはこれで人生が変わりました。

つきのさん、いつも、どんなときでもわたしの相談に乗ってくれてありがとう。あなたがいなかったら、わたしはいま恋人の隣にいられなかったと思います。


noteでわたしたちは出会った。
ここがあって、ほんとうによかった。


「ネイル、似合っていますか?」


わたしはふたりの友だちで幸せです。大人になったらもう叶わないと思っていたものが、気づけばわたしの手ひらの上に乗っています。昨日もお伝えしましたが、わたしはふたりと一緒にいると、人生が楽しいです。27年も生きてきたのに、こんな気持ち、初めてでした。


ありがとう。

大好きです。


こんどはわたしが、愛を渡さなくっちゃ。


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