マガジンのカバー画像

名詞/Noun

296
運営しているクリエイター

2018年4月の記事一覧

『ミネラルウォーター』#127

ペットボトルで緑茶、伊右衛門を買うようになったのと同じように、ペットボトルでお水、ミネラルウォーターとか飲用水を買うようになったのは、こっぱずかしい話、飲み会帰りで酔いすぎて頭痛いとかそんなとき。とにかくウーロン茶でも緑茶でもなく純粋に冷たい水が欲しいと思った帰りの駅のホームかあるいは道途上の自動販売機だったか。飲み屋さんでもらえるお冷やを頼むこともなかった若い頃、飲み会の最中に体内のアルコールが薄まることが嫌だった若い頃、ぐわんぐわんのまま帰りの道をいく途中でもう頭が痛くて

『両手』#125

右手と左手、両方の手を使ってここに文章を書いていく。というのは、iPhoneではなくPCで書いているのでして、別の要件で立ち上げたのだけどどうせならこっちで書いてみようかと思ったのでした。 内容と、書き方、書き癖にどう変化があるのだろうかと自分的にも楽しみにしている。多分、改行が増える。そしていま驚いたのだけれど、以前は(数ヶ月前、iPhoneを5SからSEに買い換えたときまで)このPCのOSはLionだったのだ、そしてiPhoneをSEに買い換える、つまり、iOSが8から1

『倍数』#124

中学の数学で習った概念、ある数Aを整数倍した数Bのことを「ある数Aの倍数である」と言う、そしてこの場合においてある数Aは「ある数Bの約数である」と言う。2の倍数は、4であり8であり256でもあり-256でもあるし、無限に存在する。4の約数は1であり2であり4でありそんな、倍数と約数という概念があって、まず倍数を先に習った。そうなのだが、これまで生きてきたなかで、生活してきたなかで、どちらをより多く使ったかといえば、申し訳なさすら感じるように、約数の方なのである。いや、もう少し

『手品』#123

かなり、かなりひっかかるほうだ。目の前で起こる魔法によって私はだいたい声を上げさせられる。だいたい、「うわ」か、「え」か。 例えば飲み会で行く居酒屋によっては、客席をくるくると回る手品師さんがいたり、広いホール部分で大道芸的に披露する手品師さんがいたり、型はそれぞれなんだけど私は特に視野が限られる前者、すぐ目の前で行われるものに弱い。そして、まことに申し訳が立たないというか、面目無いというか、情けないことに、手品を手品目的として見に行ったことがないのだ。本物というか、本場とい

『換気扇』#121

いったい換気扇について何を書こうというのか。自分に問う。それはだな、と自分答う。換気扇はいつスイッチを入れていつスイッチを切るものなのかと。 浴室の換気扇は、子どもの頃から習慣的には「入浴中とその後数十分まで継続(タイマー)」で入浴していた。換気扇を回さないと浴室内が湯気で真っ白くなってしまうし、湿気が溜まりっぱなしになってしまうからということで回しまくっていた。父とか妹に至っては、入浴後にさらに回して120分とかそれぐらいまでひねっている。そのうちどこからの空気を排出するの

『夜更かし』#120

晩御飯にせかせかと、朝炊いていたその残りの白米を温め、別皿に豆腐と納豆とキムチを盛り込み、お椀に開けていたインスタント味噌汁に電気ケトルで温めたお湯を注ぎ、最近マイブームの乾燥寒天を味噌汁にひとつまみ放り込んで、完成。これを基本形として、冷蔵庫の中の食材を調理したり惣菜を開けたりして献立とする。 これは夜勤のある日の晩御飯。22時入りのため、家を出るのは21時過ぎ。20時前後に支度を始めて20時半に食べ始める。仕事明けの朝は7時半ごろに帰宅して、1時間くらい本を読んだり勉強し

『ポテトチップス』#119

考えて答えを出したことはなかったんだけど、「好きなお菓子は?」と聞かれたとしたらおそらくこれを答える。ほかの可能性としてはモンブランだとかコーヒーゼリーだとか考えられる候補はあるんだけれど、これはアジフライのような快適解(最適解をもじって私がいまてきとうにつけた「答えやすくて誰もが知っていて会話の流れを遮らない回答」のこと)ではなくて、本当に菓子類で好きなのって何だろうか、つまり菓子類で最も食べたい度合いと頻度が高いものが何かを考えた結果が、ポテトチップスであろうと思い至った

『横断歩道』#118

町を歩けば何度横断することかわからない、道路、その道路を横断するために架けられた吊り橋、白のボーダー、横断歩道。 なんかおもしろみがあるんだ。 そこに存するのは車道、車の通り道で、そこを歩行者(あるいは自転車)が横断するための、補助線。必ずしもその横断歩道でないとその車道を渡れないわけじゃない。信号が付いている場合なら、信号と連関して渡りやすさが確保されるけれど、信号のない横断歩道は歩行者にとっての補助線で、そして車を運転する者にとっては目印、歩行者がそこを横断しうる目印だ。

『写真』#117

ストーリーも、青写真も、イメージもない、本当に見切り発車と言うほかないテーマです。運行表もありません。 ただ、テーマは『写真』、投げかけることとしてひとつ、「“写真が撮れる”とはどういうことか」というものを。写真を撮れる、というより、写真が撮れる、というもの。端的に写真を撮れる、って言ってしまうと動作的に「カメラの機能を持つ機械のシャッターを押すことができるか」って可能/不可能の話になってしまうので、ハイ。 “写真が撮れる”とは、それまでの会話や文章における文脈・コンテクスト

『トマト』#116

トマトを食べた、と思い出せる食の記憶は人間生活はじまって最初に食べた時ではなくて幼稚園生か小学生だかの記憶、長野の白馬のじじばばの家でのこと。食卓だったかどうかは覚えていない、複合的なできごと。 白馬のじじばばの家はごくごく小さな集落にあって、イメージはだだっ広い田園風景のなかにポツポツとは違う、奥の山を背に周り数軒の親戚が固まったようなところ。ダムと電車の線路が崖下にあって、北アルプスを前方に眺められるところ。かなり古い民家で、嘘か本当か築200年といっていた気がする、畑が

『肩コリ』#115

未だに経験がない。 現象、理屈はわかる。長く同じ体勢でいたり、力を入れたままになっていたりして筋肉が硬直してしまうことと血流が滞ってしまうことと。それに伴って頭の方への血行も悪くなってしまうこともあるそうな。そして肩がこると動かしづらいし可動域も狭くなって肩が上がらないということも、あると。 未だに経験がない。 ヘルパーをやっている母が、仕事が終わって帰ってきたときに過去、「肩が凝って、」と言った記憶は多くはないがなくはない。動かし方が一様ではないからか、硬直してしまうより単

『背表紙』#114

ずっと、いまも、確信を持てていない、部位、というか、部分、名前。 いちおう、本をパカっと180度開いて、表紙、背表紙、裏表紙、この三面が見えているんだ、と今現在の認識ではこうなっている。どうやら間違ってはいない、正解らしい。 この迷いが、この確信のなさが生まれる理由のひとつは、本の表紙を顔に見立てて「おもて」とするからだろうな、このことは迷いなく言える。おもてを人体と同じに見立てて顔、正面だとしたら、背面は裏表紙の面を言うだろう、そこを背表紙と呼びたくなる。正面と背面とで、表

『植木鉢』#113

植物を育てることに縁がない。これを、縁がないと言えばいいのか、機会がないと言えばいいのか、決意ができていないと言えば、いいのか、どうだかわからない。たぶん、おそらく、最後のが正しい。正しい気持ち。 小学生のとき、一年生だったかな、プラスチックで緑色で角の丸い正方形の植木鉢と、その四隅に立てる1メートルくらいありそうな棒4本とを1人1つ与えられて、朝顔を育てた。種を埋めたころは棒は無かった。芽が出たかどうかすら覚えていない。たぶん、せいかつかの時間、種をみんなで埋めて、先生から

『紙袋』#111

大人の象徴、として考えても差し支えないのではないかな、と思うのだ。大人の嗜み。 プレゼントにはお洒落な紙袋、手土産にも紙袋、なにかをひとに贈るとき「できれば紙袋が」と好むようになった。このあいだ自分でも驚いた。1000円弱の手土産にと、駅ナカのせんべい屋さんに寄った時のこと。いろんな種類があって、豆菓子だったり季節柄で桜味のあられがあったり、30種類超あったはず、小袋で3つくらいにしたらちょうどいいかなと思ってレジに持っていって「手土産に渡したいので、贈答用の袋って何かありま