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【京のひな祭り】桃の節句と呼ばれる所以と陰陽思想の影響|花の道しるべ from 京都

花にまつわる文化・伝統芸能などを未生流笹岡・華道家元の笹岡隆甫さんがひもとく連載コラム『花の道しるべ from 京都』。第20回は、桃と菜の花で彩る京都のひな祭りについてです。桃が飾られるようになった理由、そして江戸時代に有力な理論とされた陰陽思想に基づいて並べられる京の雛飾りについて綴っていただきました。陰陽思想を知っていれば、雛飾りの並べ方を間違うことはないそうです。

桃は、邪気を払う花色

節句には、祝祭と厄払い、相反する二つの意味合いが同居している。日本では、奇数を陽数として尊び、奇数が重なる日はめでたい日だ。だから、3が重なる「上巳じょうしの節句」*には、雛人形を飾って女の子の健やかな成長を願う。これに対し、大陸では、奇数の重なる日は縁起が悪いと考えられ、植物の霊力を借りて厄を払った。この考え方が日本に入り、邪気を払う赤を花色に持つ「桃」を飾るようになった。紙で作った人形ひとがたに穢れを移して水に流す「流し雛」も、そのひとつ。節句は、祝いの日である反面、厄を払って無病息災を願う日でもある。

*五節句のひとつ。1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽が五節句。季節の変わり目は邪気が入りやすいとされ、無病息災、子孫繁栄を願って厄を払った。

節句が近づくと、家人が蔵に籠り、雛人形を座敷に飾る。桃の花に取り合わせるのは、決まって菜の花だ。葉の柔らかな淡緑と花の鮮やかな黄は、桃との相性が抜群。いけた花を眺めていると、幼い日の自分の姿が目に浮かぶ。五人囃子ならこの人が好き、などと妹弟と仲良く白酒を飲み、雛あられを食べていた昼下がり。折々の花には、そんな懐かしく、そしてちょっぴり美化された思い出が詰まっている。

陰陽思想に基づいて並べられる京の雛人形

京都市には左京区と右京区がある。この左京と右京、地図で見ると東に左京、西に右京があり、一見左右が逆転しているように思える。「天子南面す」と言われる通り、天皇はまつりごとを行うとき南を向いて座る。左京・右京は、この南を向いた天皇から見た左右である。

左大臣・右大臣も、南を向いた天皇から見た左右。左大臣・右大臣の序列は、太陽の動きに由来する。太陽がのぼる東に位置する左大臣を上位、逆に日が沈む西に位置する右大臣が下位。つまり、陰陽では、左=陽=上位、右=陰=下位となるわけだ。ただし、ここで言う左右とは、向かっての左右ではなく、本体の左右となることに注意が必要。客席からではなく、自分が舞台に立ったつもりで左右を考える。舞台に立った演者から見て左側が上手かみて、右側が下手しもてとなる。

このように、陰陽に振り分けて、ものごとを捉える考え方を陰陽思想と呼ぶ。呪術に使われる俗信といったイメージもあるが、江戸時代には有力な理論として、学問や芸能に強い影響を及ぼした。いけばなを理解する上でも欠かせない考え方で、前家元である祖父はこの陰陽を研究していた。

江戸時代の日本人は、陰と陽という二つの気が世界を支配していると考えた。陰は受動的な性質、陽は能動的な性質で、夜は陰、昼は陽といった具合に、便宜上、万物を陰陽に振り分けて捉える。陰陽は、数学の-と+のように対立するものではなく、表裏一体のもの。たとえば、真夜中であれば、一見、陰の気が満ちているだが、真夜中は完全な真っ暗闇ではない。そこには必ず朝の太陽の光の兆し、つまり陽の気が含まれている。そして、この陽の気が次第に顔を出してきて、夜明けを迎える。このように、空の移り変わりを鋭く捉えていたから、朝の表現ひとつにしても、「あかつき」「しののめ」「あけぼの」「つとめて」などと、数々の美しい日本語が生まれたのだろう。すべてのものは、陰と陽、両方の性質を内に秘めている。

東京と京都で雛人形の並べ方が違う、というのはよく知られた話だ。東京では、上手側(向かって右)に女雛を、下手側に男雛を配置する。これは、欧米ルールに則った比較的新しいもの。これに対し、京都ではその逆となるが、こちらは古来の陰陽思想に基づいている。男女を陰陽に振り分ける場合、男性が陽、女性が陰とされる。そこで、男=陽=上手、女=陰=下手と配置する。

向かって左に女雛がある京都の並べ方の雛人形

段飾りにも、陰陽の名残がたくさん見つかる。まずは、左近の桜、右近の橘。今から開く花を陽と捉え上手に、花が終わって実をつけた橘を陰と捉え下手に配置する。また、衛士えじは、老人を上位の左大臣に見立てて上手に、若人を下位の右大臣に見立てて下手に配置する。

さらに、五人囃子。上手側より「うたい」「笛」「小鼓こつづみ」「大鼓おおつづみ」「太鼓たいこ」と並べる。これは能の囃子の並びにならったものだが、楽器が人間の体のどの部分に位置するかを考えて、その部位が高いものを上手に持ってくる。謡は声楽だから人間の頭部が楽器にあたると考え、最上位に配置。笛は口につけて、小鼓は肩に載せて、大鼓は腰の脇に構えて、太鼓は足もとに置いて演奏するから、この順に上手から下手に並べる。陰陽思想を知っていれば、雛人形の並べ方を間違うことはない。

文・写真=笹岡隆甫

笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)
華道「未生流笹岡」家元。京都ノートルダム女子大学客員教授。大正大学 客員教授。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。2011年11月、「未生流笹岡」三代家元継承。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、2016年にはG7伊勢志摩サミットの会場装花を担当。近著に『いけばな』(新潮新書)。
●未生流笹岡HP:http://www.kadou.net/
Instagram:ryuho.sasaoka
Twitter:@ryuho_sasaoka

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