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往復書簡の趣 ~「春を待つ手紙」吉田拓郎

宮本輝さんの作品に「錦繍」という小説があります。

全編男女の書簡形式で綴られた作品。10年ぶりに運命的な再会を果たした二人。女性の側から綴られた手紙の冒頭は、このような一文で始まります。

「前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした」

宮本輝「錦繍」より一部抜粋

中島みゆきさんの「糸」では、縦と横の意図が男女の出会いをイメージさせて、最終的に縫いあがったものが彼らの人生そのものであることを示唆していました。

この「錦繍」もまた、往復書簡が、孤独に生きてきた彼ら二人の人生そのものとなっていきます。

手紙で埋めることができたもの。手紙では決して埋めることができなかったもの。手紙だから言えること。10年以上の歳月を経て、往復書簡がもたらしたものは何だったのか。それは小説を見ていただくとして、、

吉田拓郎さんの楽曲にも、こういった往復書簡形式の楽曲があります。

それが、この「春を待つ手紙」。

別れゆく二人の情景を、書簡がつないでいきます。

直子より
追いかけました あなたの姿だけ
幼いあの頃の 想い出あたためて
あれから幾年 友さえ 嫁ぎ行き
その日を 待つように 父母も逝きました

俊一より
変らぬ心を 素直と呼ぶならば
オイラの気持ちは 最終電車だろう
涙を見せると 足もとが フラフラリ
めめしくなるまい 男の意気地なし

吉田拓郎「春を待つ手紙」より一部抜粋

人生は出会いと別れの連続。別れは辛いものとして記憶される傾向があるでしょうか。でもこの曲の女性は、男性に「私を捨てても、自分自身を捨てないで。誰かを傷つけたくないから」と綴っています。

男性の方も、それを受けて「この手紙は最終の一つ前の便りです」と綴っています。

自分自身を捨てないでほしいと願った女性と、最終の1通を「将来の何事かのために」書かないで置いた男性の間に、または個別でも、何か大きな幸せが訪れるであろうことを願ってしまいますね。

~3月、出会いと別れの季節に。

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