「雪月花~月の夢の行方~」〈7〉
音楽なんて興味なかった。音痴だし、楽器も何一つまともに弾けない。けれど歌詞だけは少し興味があった。
俺は密かに夢を追いかけていた。それは映画化してもらえるような本を残すこと。つまり作家になりたかった。文字を覚えて以来、たくさん読書をし、小学生の頃から短編小説をしたためていた。けれど地方文学賞であっても、なかなか一次審査さえ通過できなかった。
高校生になると文芸部に入った。部員は俺も含めてたったの三人だけの部活だった。けれどそれくらいがちょうど良いと思った。元々コミュ力ないし、他人と関わるのは厄介だと思っていたから…。人が少なくて助かった。余計なことを気にせず、自分の世界に没頭できる。書くという行為は、他者と話すことではなく、自分自身との対話だと思い込んでいた。
高2の夏休み。文芸部は文化祭に向けて、部誌作りを始めていた。と同時に、俺は夏休みを利用して、普段以上に文学賞に応募したい作品に力を入れていた。なのに、部長の香坂(コウサカ)が夏休みの課題を増やすようなことを言ってきた。
「軽音部に頼まれて、それぞれの部員で歌詞を書くことになった」と…。
歌詞も詩のうちで、文芸の一部だから興味はあった。けれど、ほとんど書いたことなんてなかった。音痴で楽器がまるでダメというのがコンプレックスで、音楽とは距離を置いていたから。もう一人の部員の雪下(ユキシタ)は文芸部と合唱部を掛け持ちしているくらいで、音楽が得意で、歌が上手だった。俺はそんな雪下が少し羨ましかった。
超短編小説を書くつもりになって、よく分からない譜面を目で追いつつ、軽音部の音源を聴きながら、自分の世界を表現した。ショート映画でも作るように、音に自分の言葉をはめていった。
きっと歌に詳しい雪下の歌詞が軽音部に選ばれるだろうと思っていたけれど、俺の歌詞が選ばれてしまった。うれしかった。文学賞で認められたことのない自分にとって初めて他者に認められた経験になったから。
でも一度くらい軽音部に認められたからって驕り高ぶってはいけない。内心喜びつつも、何食わぬ顔をして、いつも通りの日常を心がけていた。
雪下からは「音楽も歌も知らないくせに」と珍しく嫉妬心を剥き出しにされた。香坂からは「作詞の才能あるんじゃない」とお世辞かもしれないけれど褒められた。軽音部からは「これからもおまえに作詞頼むよ」と期待された。
そこでふと新しい夢をみつけてしまった。どうやら自分は小説の類は才能がなさそうだ。7年以上努力し続けていても、文学賞なんて獲れそうにない。興味はあったけれど、苦手意識が強くて今までスルーしていた音楽というジャンルに目を向けて、作詞の道を極めてみたらどうだろうか。有名な作詞家になれたら、書き溜めている小説も認められて、映画化の夢も叶うかもしれない…。そんな動機で貪るように音楽を聴き始めた。
勉強はそこそこできた方だと思う。作詞家になりたいなら、学校に行ってる場合じゃないなと考えた。学校に行かなくても、たぶん卒業単位とれるくらいの学力ならある。最悪、別に卒業できなくてもいい。早く作詞家になりたい。俺は誰かと何かあったわけでもなく、イジメられたわけでもないのに、最短で夢を叶えるため、不登校という道を選んだ。
突然、学校を休むようになったことで、もしかしたら、香坂や雪下は何か考えてしまうかもしれない。けれど他に際立って親しい友人もいなかったし、同じ文芸好きの二人なら、きっと自分の気持ちを理解してくれるだろうと勝手に考えた。自分の都合のいい解釈に甘えて、二人を傷付けてしまうかもしれないことまで、想像できずにいた。
作詞家になると思い立っても、そう簡単な道のりではなかった。高校は卒業できたけれど、大学には行かず、作詞活動に専念していた。片っ端からレコード会社に歌詞を分厚い封書で送りつけたりもした。音楽活動しているバンドが、作詞家を探していないか、そんなのあり得ないのに、そんな求人を探したりもしていた。
音痴で楽器が苦手、メロディーを作ることのできない自分は、作詞が向いているわけではなかった。ある程度、音楽に詳しくて、何か楽器も弾けて、鼻歌でも歌いながら歌詞を考えた方が断然、理想の音楽に近づけるだろう。それができない俺は、作詞家なんて夢の夢だった。
音楽を聴くようになってから、当時まだほとんど名も知られていなかった、あるインディーズバンドを好きになった。初めてチケットを取って、ライブというものを見に行った。感動した。ライブは一本の映画を見終えた後に近い、いやそれ以上に熱い気持ちを呼び起こしてくれた。感動した思いをファンレターに込めた。それから彼らの音楽を聴いてイメージした歌詞も添えて…。
すると、彼らから信じられない返事が送られてきた。
「自分たちのバンドに足りないと感じていた歌詞の力があなたの中にあります。専属でうちのバンドの作詞を担当してもらえませんか?」と…。
こうして俺は作詞家として、「ヨルノアカリ」というバンドメンバーの一員に加わった。加入当時は俺も含めて五人もいたメンバーも一人、また一人とそれぞれの事情で脱退し、今はギター&ボーカルを担当する風音(カザト)と、ベースの叶羽(トワ)、そして作詞のみ担当する俺、透夜(トウヤ)という三人体制に落ち着いた。
「ヨルノアカリ」というバンド名は闇の中で道標になるような明かりを灯したい、つまり絶望の底にいる人たちに微かな希望の光を届けたいという思いを込めて、考えたそうだ。そのバンド名に込めた思いと、俺の歌詞の世界観が一致したらしい。
高2の夏、軽音部とそれから文芸部の香坂、雪下が作詞家になりたいという夢を持つきっかけを与えてくれた。初めて俺の可能性を引き出してくれた、かけがえのない人たちだ。「ありがとう」の一言さえ言えず、卒業してしまった。いつか再会できたら、みんなのおかげで新たな夢をみつけて、作詞家になることができたよって伝えたい。そう思っても、なかなか再会は難しいから、新曲にその思いを託した。香坂や雪下にこの歌詞が届くといいなと思いながら、作ったんだ。
★『ヨルノアカリ物語』主な登場人物 (※名前が決定している人物のみ)
★「春夏秋冬」、「雪月花」、「花鳥風月」、「雪星香」4部作・全20話、「ヨルノアカリ物語」です。すべて1話ごとに完結している連作群像劇です。読み切り連作です。
若者なら誰でも密かに隠し持っている自分の弱点、欠点、短所など負の部分を、日常的に誰かと関わることによって克服できるかもしれない淡い希望の物語です。
派手ではない単調で退屈な日常、うまくいかず、やるせない日常を過ごしていても、ちょっとしたことがきっかけで、人生にほんのり明かりが灯るかもしれない瞬間があることを伝えたくて描きました。
ひとつのバンドを巡って、悩み、コンプレックス等を抱えた人物同士が出会い、結び付き、それぞれの人生が少しだけ良い方向に変わるかもしれない物語です。
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