「春秋冬~夏を求めて~」〈1〉
ヒグラシの鳴き声が聞こえ始める夕方5時。ようやく私の一日が始まる。夏休みの間にすっかり夜型人間になってしまった。例年通り夏休みがあるだけで、例年通り何もない高校2年生の夏。夏休み最後の日曜日の今夜は珍しく予定が入っている。SNSで知り合った子たちと初めて会うのだ。
春音(シュント)と冬夜(トウヤ)は好きなバンドのファン仲間だ。私も含めてそれぞれSNSでは友達が多い方だと思う。オンライン上で見かけだけの仲間は少なくない。けれど本当に親しくできているのはその中のごく数人で、彼らとは特別親しい方だった。
高校3年生の春音はいわゆる優等生タイプで成績優秀らしい。難関大学目指して受験勉強の真っ最中だ。睡眠時間は2、3時間しかとっていないという。この夏休みは塾の夏期講習もあって忙しそうだ。
私と同い年の冬夜は不登校で引きこもり生活を満喫しているという。別にひどいイジメを受けたとか際立つ理由はなく、自分の意志で学校に行かないと決めたらしい。夏休みなんて関係なく、年中昼夜逆転生活を送っている。
そんな二人と今夜、初めて会うことになった。たまたま住んでいる所が近いということもあり、一緒に花火を見る約束をしていた。
「早かったね、秋香(アキカ)。俺、こんなに早い時間に出歩くのは久しぶりだよ。」
待ち合わせ場所に冬夜が現れた。彼にとって夜7時はまだ早い時間らしい。
「うん、少し早く来ちゃった。なんか外の空気、まだ生温いよね。」
二人でしばらく待っていると、最後に春音が息を切らしてやって来た。
「ごめん、待たせて。昼の講習が長引いてしまって。」
「全然大丈夫だよ、私たちも来たばかりだし、ね。」
私はそれとなく冬夜に目配せした。
「あ、ああ、そう、今来たとこだし。」
「ありがとう。やっぱり…夏月(ナツキ)は来てないか…。」
周囲を見回しながら、春音が寂しそうに呟いた。
本当は私たちにはもう一人、親しいファン仲間がいた。高校1年生の夏月。四人で春夏秋冬だねなんて言って、仲良くしていたはずなんだけど、みんなで花火を見る約束をして少し経った頃、突然、彼女のアカウントが消え、音信不通になってしまった。
「まぁ、仕方ないよ。夏月は元々一番大人しい子だったし。」
「まさか…死んだりしてないよね…?」
私は良くない想像までしてしまっていた。
「そんなこと…そんなことする子じゃないよ。」
春音が一番、夏月を信じていたし、心配していた。
初めて対面したはずなのに、二人とは初めて会った気がしなかった。学校のクラスメイトより気を遣わずに済んだ。他の高校生たちが求めるように、私たちは恋愛なんて求めていなかったし、そこまで深い友情も求めてはいなかった。ただ、好きな音楽が同じで、ちょっと寂しい時、話せる仲間がほしかったのだと思う。みんな学校に友達らしい友達はいなかったから。
花火が始まろうとしていた矢先、突然、ポツポツ雨が降り出したかと思うと、ザーザー本降りになってしまった。
「本日の花火は、雨により中止とさせていただきます。」
雨の音に消されてしまいそうなアナウンスが流れた。
「マジかよ…。」
「ツイてないね…。」
冬夜と二人で肩を落としていると、
「でも、なんか、こういう方が僕たちらしくない?」
なんて春音が微笑んだ。
「まぁ…たしかに。普段、若者らしいことを何一つしていない俺らの夏の思い出はこんな展開がふさわしいかもしれないな。」
「無理して背伸びするなってことだったのかもしれないね。私たちが大好きな曲の中にもこんなシーンあったものね。」
春音のおかげで冬夜と私はあっと言う間に立ち直った。
雨宿りのついでに、三人で近くのファストフード店に立ち寄った。
「結局、花火の思い出も作れなかったし、何か夏らしいものでも食べるか。」
そういう冬夜につられて、みんなハワイなんとかセットを注文した。
二階の窓際の席に座って、私たちはなんとかハワイ気分を味わおうとした。
「ハワイなんて行ったことないから分かんないけど、こんな味なのか…。」
「僕は何度か行ったことあるけど…うん、こういう味だよ。」
止みそうにない雨を眺めながら、黙々と私たちにとっては唯一の夏の思い出を噛みしめていた。
普段、スマホではみんなそこそこ饒舌なのに、リアルだとそこまで話は盛り上がらなかった。だけどそれが居心地悪いというわけではなく、むしろ心地良かった。無言の時間があっても平気でいられる関係だと分かって、うれしかった。
「来年の夏こそ、一緒に花火見られたらいいよね。」
「そうだね、と言いたいところだけど、第一志望が遠い大学なんだ。もし受かったら、そう簡単には帰って来られそうもなくて…。」
高校3年生の春音には新しい未来が近づいていた。
「俺はさ…不登校なんだけど、転校することになって…。ここから少し遠い学校なんだ。」
「そうなの?」
「うん、親が不登校でも単位取りやすい学校に転校手続きしてしまって…。せめて高校だけは卒業してくれってさ。」
「そっか、僕の親もそういうのうるさいから分かるよ。冬夜もたいへんだね。」
「俺さ…転校する前に一週間だけ今の学校に通ってみようかと思ってるんだ。」
「えっ?学校通えるようになったなら、転校する必要なくない?」
「違うんだ。もう離れるって分かってる学校だから、行こうって思えるんだ。だから転校したらまた不登校に戻るよ。」
冬夜が静かに悪そうに笑って言った。
「私は…とりあえず夏休みが終わったら、また朝起きて、夕方家に帰って来るっていう日常に戻ろうと思う。ただ、それだけ…。」
「近くで会うことは難しくなるかもしれないけど、僕たちオンラインの日常に戻ればいつでも話しできるから、問題ないよね。」
「そうだな。今夜みたいにリアルで会う方が俺たちにとっては非日常なわけだし。それぞれリアルの居場所は変わっても、俺たちの関係はこれまで通り、何も変わらないよ。」
「そうだね…。私たちの関係はきっと変わらないよね。」
こんな風にぽつりぽつり会話をしている最中、ふいに私たちが大好きなバンドの曲が店内に流れた。私たちはオンラインの時のように急におしゃべりになって、推しバンドトークに花を咲かせた。
外に出ると、さっきまでの雨が嘘みたいな星空が広がっていた。
「なんだよ、すっかり晴れてるじゃん。」
「花火は残念だったけど、ハワイ気分は楽しめたからいいじゃない。」
「あ、今夜は満月だったのかな。」
暗闇の中、一際大きな月がぼんやり光っていた。
結局、夏らしい思い出は作れなかったけど、夏が終わっても春音と冬夜と他愛ない会話ができる日常が続けばいいな…。どこかで夏月が元気でいてくれたらいいな…。いつかみんなで再会できたらいいな…。花火の代わりに月を見上げながら、私はそんなことを考えていた。
★『ヨルノアカリ物語』主な登場人物 (※名前が決定している人物のみ)
★「春夏秋冬」、「雪月花」、「花鳥風月」、「雪星香」4部作・全20話、「ヨルノアカリ物語」です。すべて1話ごとに完結している連作群像劇です。読み切り連作です。
若者なら誰でも密かに隠し持っている自分の弱点、欠点、短所など負の部分を、日常的に誰かと関わることによって克服できるかもしれない淡い希望の物語です。
派手ではない単調で退屈な日常、うまくいかず、やるせない日常を過ごしていても、ちょっとしたことがきっかけで、人生にほんのり明かりが灯るかもしれない瞬間があることを伝えたくて描きました。
ひとつのバンドを巡って、悩み、コンプレックス等を抱えた人物同士が出会い、結び付き、それぞれの人生が少しだけ良い方向に変わるかもしれない物語です。
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