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『瞬く命たちへ』<第1話>瞬音とナオリンの出会い

 「おはよう、瞬音(しゅんと)。ねぇ、早く起きてよ。」
たしかに俺は自分の名前を呼ぶ、かわいらしい声でふと目覚めた気がした。寝ぼけ眼をこすりながら、起き上がろうとすると、へその辺りに違和感を覚えた。掛け布団はもっこり膨らんでいた。ヤバイ、勃ってる…あれ?でも俺のってこんなに大きかったっけ…?いつも以上に大きく見えるそれは、もぞもぞと動き出し、どんどん俺の胸部に近づいてきた。えっ、ちょっと待てよ。俺のが動いてる…?
 
 恐る恐る掛け布団をはぎ取ってみると、そこには全裸の小さな美少女人形が俺の方を見ながら、にっこり微笑んで正座していた。誰だ?こんな人間そっくりのよくできた人形を布団の中に入れたのは…。昨日誕生日だった俺に母さんからのサプライズ誕生日プレゼントかな?最近はAIが搭載されていてしゃべったり、動いたりする人形は珍しくもないけど、こんな精巧な人形初めて見たよ。ドール好きの俺でも知らない人形が存在しているなんて…。
「ねぇ、瞬音…私のこと、人形って思ってるでしょ?私は人形なんかじゃないからね。私はあなたのへその緒の化身で、命の使いの生野七緒鈴(いくのなおりん)よ。ナオリンって呼んでね。」
俺の胸元で立ち上がった全裸の小さな美少女人形はそんなことを言いながら、最後にウィンクした。見れば見るほど本物のような質感の肌で、人形とは言え、恥ずかしさを感じ始めた俺は、集めているドールの服をその子に着せてあげることにした。
「へその緒の化身だか、命の使いだか知らないけど、とりあえず服は着てもらわないと、目のやり場に困るよ。」
ドール用の服のサイズがちょうどぴったりで、その子に似合いそうなミニワンピースを着せてあげた。
「ありがとう、瞬音。さすが一心同体だけあって、私の好みをよく把握してるわね。ちょうどこういうワンピースを着てみたかったのよ。」
ナオリンという名前らしい人形のその子は満足げにくるっと回転して俺の着せたワンピースを見せてくれた。
「一心同体って…?それにしてもよく似合っているよ。きみの名前はナオリンだっけ?最近のドールはほんとにすごいね。最新のAIが搭載されているのかな?」
俺が彼女の身体をチェックし始めると、彼女は怒ったそぶりで語気を強めた。
「さっきから人形、人形って、瞬音が集めてるドールと同じ扱いしないでくれる?私はあなたのへその緒の化身って言ってるでしょ。信じてくれないなら、変身しちゃうんだから。」
そう言うと、20cm程度だった彼女の姿は、一瞬で俺より少し小さい、150cm程度の女の子の姿に変わった。俺が着せたワンピースも体にフィットするように大きくなっていた。
「えっ?嘘だろ…俺、まだ夢見てるのかな…。人形が大きくなった…。」
彼女は誇らしげに俺の顔を覗き込みながら言った。
「夢なんかじゃないわよ。これは現実なの。何度も言うけど、私は人形じゃなくて、へその緒の化身で命の使いのナオリン。瞬音、昨日、私のことを探していたじゃない?」
にわかには信じられなかったが、彼女はたしかに俺の目の前で変身した。本当に俺のへその緒の化身なのか?そう言えば、昨日、17歳の誕生日を迎えた俺は…。
 
 あれは、中学生になり13歳を迎えた誕生日のことだった。
「瞬音、13歳おめでとう。」
母さんはご馳走を用意して、俺が欲しがっていた新しいドールと共に、桐の小箱に入った何かをプレゼントしてくれた。
「母さん、ありがとう。この箱は…何?」
「開けてみて。」
母さんはふふふふっと微笑んでいた。桐の小箱を開けてみると、干からびた小枝のような得体の知れないものが入っていた。
「これって…何?」
「へその緒よ。瞬音と母さんがつながっていた命の証。世界にひとつしかない宝物だから、これからは瞬音が持っていてちょうだい。」
俺はその時、初めて、へその緒というものを見た。正直、綺麗とは言えないし、こんなもので母さんと俺はつながっていたのかと思うと、少し気味が悪いとさえ思えた。
「これがへその緒なんだ…。でもそんなに大事な宝物なら、母さんが持ってればいいよ。何で俺に渡そうとするの?」
「瞬音に持っていてほしいのよ。年齢の順番なら、母さんの方が先に死んでしまうんだもの。誰にも託せないものだし、これからは瞬音が持っていて。何も持ち歩いてほしいなんて言わないし、机の引き出しにしまっておいてくれればいいから。」
母さんは半ば強引に、俺にへその緒が入った小箱を渡した。
「死ぬのは年齢の順番とは限らないよ…俺も父さんみたいに事故で急に死んでしまう場合だってあるわけだし。母さんの宝物、俺に守ることができるか、自信ないよ。」
父さんは俺が幼稚園児の頃に交通事故に遭って死んでしまっていた。それ以来、母さんと二人暮らしだった。
「へその緒も宝物だけど、母さんの一番の宝物はあなたなのよ。たとえこのへその緒を失くしてしまっても構わない。瞬音が生きていてくれたら、それだけで母さんは幸せなのよ。母さんより長生きしてくれたら、それだけで…。」
父さんが早くに亡くなったせいもあるかもしれないけれど、母さんは時々俺に重い何かを与える。母さんの愛情が重荷に感じてしまう時があった。でもきっと母さんは父さんに死なれて寂しいはずだから、俺が母さんの寂しさを埋めてあげなきゃと子どもながらにがんばっていたと思う。
 
 俺は母さんにとっていい子であろうと努力した。母さんを悲しませることのないように、いい子であろうと自分を演じていた時期もあったかもしれない。そのストレスを解消させるように、子どもの俺はドール遊びに夢中になった。男の子なのに人形遊びするなんてと同級生の男子からはからかわれることもあったけれど、たぶん俺は自分の思い通りになる存在がほしかったんだと思う。母さんが俺を自分の思い通りにしたがるように…。自分が選んだ服を着せて、好きなように本棚に飾って、ドールを束縛するように遊んでいた。寂しい時や悲しい時は一方的に話しかけてもいたし、母さんには言えない秘密の話をドールに向かってすることもあった。それくらい俺にとってドールは自分の心を保つための支えになっていた気がする。母さんが俺をドールのように思い通りにし、自分の心の支えにするのと同じように…。
 
 とにかく、母さんの宝物のへその緒を託されてしまったからには、失くさないように大事にしなきゃいけない。初めのうちは、毎日のようにちゃんと鍵のかかる引き出しの奥に入っているか、チェックしていたけれど、そのうち飽きてしまった俺は、誕生日にのみ、へその緒が入った小箱を確認するようになっていた。年に一度の地味だけど、大切なイベントだった。母さんと俺の命がつながっていた証のへその緒を確認するという作業は、自分の誕生日に欠かせない秘め事だった。
 
 そして17歳になった昨日、年に一度の確認をしていたら、なぜか桐の小箱の中は空っぽで、へその緒は忽然と消えていた。誰かに盗まれたのだろうか…。引き出しの鍵は自分で管理しているし、誰かに開けられた形跡はなかった。となると経年劣化でへその緒が自然消滅してしまったとか…。でも17年やそこらで、へその緒が消えてしまうなんて考えられなかった。俺のへその緒、どこに行ったんだ?母さんの大事な宝物なのに。母さんと俺の命がつながっていた証なのに…。そんなものはなくたって、母さんと俺の親子の絆がなくなってしまうわけではなかったけれど、俺は無我夢中で、部屋中を探した。自分が必要なものでもなかったけれど、母さんを悲しませたくなかったから。母さんのために、俺がちゃんと管理しなきゃいけないものだったのに。こんなことなら、年に一度じゃなくて、毎日ちゃんと中身をチェックすれば良かった…。
 
 まさか大事なへその緒を失くしてしまったなんて言えるわけもなく、昨日は母さんとあまり顔を合わせないようにして過ごした。そして早々布団にもぐって、眠っていた。
 
 目を覚ましたら、俺のへその緒の化身だという人形みたいなかわいい女の子が俺のへそ付近で佇んでいた。その彼女は変身し、本物の人間のような姿になった。
「あのさ、もしも本当にきみが俺の探していたへその緒だというなら、どうしてへその緒じゃなくて、人の姿になったの?早くへその緒に戻って、元通り桐の小箱の中に入ってくれないと困るんだけど…。」
彼女はふーっとため息を吐きながら、説明を始めた。
「瞬音は全然分かってないのね。あなたは存亡の危機にあるのよ。あなたの命が危ないの。あなたの存在を守るために、私が来てあげたんじゃない。」
「へっ?何、言ってるの?誰かから命を狙われるような覚えはないんだけど…。俺が存在できない危機って何のこと?」
彼女は椅子ではなく、机の上に腰かけて話し続けた。
「あのねぇ、瞬音。瞬音も知ってると思うけど、あなたのお母さんって真面目過ぎるのよね…。あなたくらいの年齢の頃も、まだ性に目覚めてなかったわけ。それだと困るの。早く瞬音のお父さんと恋仲になってもらわないと、瞬音も私も存在できないことになるから。」
彼女の言う通り、たしかに俺の母さんは地味で真面目で、お世辞にも色っぽいとは言えないし、性欲なんて皆無というタイプの人間だった。だからある意味、よく父さんと結婚して、子どもを産むことができたなとも思っていた。
「きみの言う通り、俺の母さんは真面目で色気があるとは言えないけど…でも父さんと結婚できたわけだし、こうして俺もきみも存在してるから大丈夫なんじゃない?」
「もー全然分かってないんだから。あなたのお母さんとお父さんと結婚させるきっかけを作るのが私たちの役目なのよ。私たちががんばらないと、瞬音も私も存在できないの。消えちゃうの。ほら、早く行くわよ。」
思えば彼女は最初からずっと強引だった。意味が分からず、理解も追いつかないうちに、彼女は俺の手を取るなり、どこか違う世界に連れて行った。
 
 気付いた時には、その世界にすぐに違和感を覚えた。少し古くさいというか、まるで映画で見たような少しばかり昔の光景が目の前に広がっていた。
「えっ?ここは…一体どこなんだ…。」
さっきまでパジャマ姿だったはずの俺はなぜか見慣れない制服を着て、同じく制服姿のナオリンと一緒に歩いていた。
「ここは、瞬音のお母さんとお父さんが高校生だった頃の時代よ。魔法を使ってタイムスリップしたの。」
彼女はにっこり微笑みながらつぶやいた。
「はっ?タイプスリップ?何でそんなことしたんだよ。今日から学校でテストあるんだけど…。」
「さっきも言ったでしょ?瞬音のお母さんとお父さんをくっつけないと、あなたと私の存亡の危機なのよ。命と比べたらテストなんて全然大したことないじゃない。それに時間の操作は後でうまくやるから任せて。今はまず、二人をくっつくけることだけに専念しないとね。」
いつの間にか彼女は俺の手を握りながら歩いていた。
「ちょ、ちょっと、なんで勝手に手、つないでるの?子どもじゃあるまいし…。」
「あー言い忘れたけど、この世界では瞬音と私は恋人って設定だから、よろしくね。性に目覚めさせるなら、イチャついてるカップルを見せつけるのが手っ取り早いでしょ?」
手を離そうとする俺の手をさらにぎゅっと握り締めた彼女はウィンクしながら言った。
まいったな…。俺には好きな子がいるっていうのに、こんな今朝知り合ったばかりの俺のへその緒の化身なんて主張するかわいい女の子と恋人ごっこしなきゃいけないなんて…。恋心はなくても美少女だしドキドキしちゃうよ…。
「瞬音、心配しないでね。あくまでカップルのフリをするだけだから。瞬音が好きな結椛(ゆいか)ちゃんとの仲を邪魔するようなことはしないから。」
「なっ、何で、俺の好きな子の名前まで知ってるんだよ。」
「言ったじゃない?瞬音と私は一心同体なの。あなたと私は元々つながっていたから、以心伝心してるのよ。瞬音の方は全然、私の気持ち分かってないみたいだけど、私はあなたの心なら手に取るように分かるの。今だって…手つないでドキドキしてるでしょ?」
…っこの子…。俺の心はすべて見透かされているのか。恥ずかしくなった俺は思わず、赤面してしまった。
「そういうシャイなところはお父さんの光(ひかる)くんにそっくりね。」
彼女はふふふふっとまるで母さんのように微笑みながらつぶやいた。
 
 ナオリンと俺は2年C組の生徒だった。どうやらクラスメイトから公認のカップルらしい。
「今日も手つないで登校かよ、うらやましいぜ、瞬音。」
「いつもイチャイチャしやがって。彼女いない俺に見せつけるなよ。」
「よりによって瞬音の彼女は、みんなが憧れる美少女のナオリンだもんな。悔しいぜ。」
名前も知らないクラスメイトの男子たちの視線を避けるように、俺たちは席についた。
「おはよう、瞬音。」
「おはよう、光。」
俺は知らないはずの隣に座るクラスメイトの名前を無意識のうちに発して挨拶していた。高校生の父さんだった。
「光くん、おはよう。光くんも早く鈴音(すずね)ちゃんに告白したらいいじゃない?」
俺の前の席に座っていたナオリンはくるっと振り向くと、父さんに向かって言った。
「僕は…ナオリンちゃんみたいに積極的にはなれないよ。告白なんて恥ずかしいし。」
二人の話から推測すると、どうやら父さんが先に母さんを好きになっていたらしかった。そしてナオリンと俺は父さんの好きな子を知っている体らしい。
 もしかしてこのクラスに母さんもいるのかな…。きょろきょろしているとナオリンが小声で耳打ちしてくれた。
「鈴音ちゃんなら、あの席に座っている子よ。お母さんの面影あるでしょ?」
少し離れた席で本を読んでいる子が母さんだと教えてくれた。メガネをかけていて、みつあみ姿の女の子が母さんだった。それより俺はナオリンにふいに顔を近づけられて、吐息が頬を撫でたことにドキドキしてしまっていた。
「瞬音ってほんとにウブなのね。これくらいでいちいちドキドキしてたら、これから身が持たないわよ。」
彼女はふふんと小悪魔のように微笑んだ。
 
 そうこうしているうちに、息吹芽久実(いぶきめぐみ)という名前の担任の先生がやって来て、朝のホームルームが始まった。
「今日は二人の転校生を紹介します。二人とも中に入って。」
「こんな時期に転校生なんて珍しいわよね。」
「かわいい女の子ならいいなー。」
「イケメンだったらいいのに。」
クラスがざわつき始めると、見覚えのある子が教室に入ってきた。
「えっ?結椛ちゃん?なんで結椛ちゃんがこの世界にいるの?」
俺の好きな子の結椛ちゃんが転校生のうちの一人だったから驚いてしまった。
「へぇーこんなこともあるのね。理由は分からないけど…運命かもね。良かったじゃない、瞬音。」
ナオリンは俺に向かってウィンクしていた。しかし俺は彼女のウィンクよりも、結椛ちゃんの隣にいるもう一人の転校生が気になっていた。
「初めまして。佐瀬命汰朗(させめいたろう)です。結椛とは幼馴染で、物心ついた頃から付き合っています。よろしく。」
イケメンのそいつは堂々と結椛ちゃんと交際しているとクラスメイトの前で公言した。
「転校してきて早々、交際宣言かよ。」
「かっこいいのに、彼女いるなんて残念…。」
「けっこうかわいいのに、あいつが彼氏なのか…。」
ざわつくクラスメイトの前で結椛ちゃんも挨拶した。
「初めまして。星居結椛(ほしいゆいか)です。命汰朗とは幼馴染です。よろしくお願いします。」
結椛ちゃんは交際発言をしなかったものの、失恋した気分で彼女を見つめていると、目と目が合った気がした。
「命汰朗くんの席は…木立鈴音(こだちすずね)さんの隣ね。」
「結椛さんは…小守瞬音(こもりしゅんと)くんの後ろの席へ。」
担任の先生が二人の席を指示すると、二人はそれぞれの席へ座った。
えっ、よりによって結椛ちゃんが俺の後ろに座るなんて…近いのはうれしいけど、前の席にはナオリンがいるし、結椛ちゃんは命汰朗とかいうやつと付き合っているらしいし、なんか複雑な気持ちだな…。
そんなことを考えていると、結椛ちゃんが俺に話しかけてくれた。
「瞬音くんって…私の知ってる瞬音くんよね?どうしてこんなところにいるの?」
「それは俺の方こそ聞きたいよ。結椛ちゃんはどうしてこの世界にいるの?」
俺たちの会話にナオリンは聞き耳を立てている様子だった。
 
 昼休みの屋上で、ナオリンと二人でお弁当を食べようとしていたところに、結椛ちゃんとあいつがやって来た。
「あら、奇遇。ちょうど良かった。私、あなたたちに聞きたいことがあったの。」
なぜかナオリンは、特に命汰朗を確認するようにまじまじと二人を見つめた。
「俺の方こそ、あんたたちに聞きたいことがあったんだ。まさか(この世界に)先客がいるとはね。」
彼の方も何かを確認するように俺たちをじろじろ見つめた。
「急に重い話をするのも何だから…まずは四人で仲良くお弁当を食べましょうか。はい、あーんして、ダーリン。私の愛がこもった手作りのお弁当なんだから。」
えっ、ちょっと。結椛ちゃんの前でダーリンとか言って食べさせるとかやめてくれよ。
「瞬音が好きな子っていうのはちゃんと分かってるから大丈夫。これもひとつの手よ。嫉妬心を芽生えさせるの。」
ナオリンがそういうなら仕方ないけど、そもそも嫉妬って少しでも気がある場合に芽生える感情で、全く気がないなら引くだけなんじゃ…。
俺は横目で結椛ちゃんの表情を伺いながら、ナオリンが口に運んでくれる食べ物を必死に飲み込んでいた。
「ふーん。二人も仲いいんだね。俺たちだって負けないよ。俺にも食べさせて、結椛。結椛が作ってくれたお弁当を。」
えっ、結椛ちゃん、そんなやつのためにお弁当を作ってあげたの?うらやましい…結椛ちゃんの手料理を食べられるなんて…ほんとに二人は付き合ってるんだ…。
結椛ちゃんは少し恥ずかしそうにやつの口におかずを運んであげていた。それを見た俺は傷心のせいか全然味のしなくなったおかずをやけになってもぐもぐ食べていると、ナオリンがやつに話を切り出した。
「ねぇ…あなたも私と同じで命の使いでしょ?何しに来たのよ。私や瞬音と違って、命や存在を守ろうとしているようには見えないのよね…。」
やつはふっと一瞬、不敵な笑みを浮かべると、こう言った。
「さすが、よく分かったね。そう俺もあんたと同じ、命の使いだよ。結椛のへその緒の化身さ。」
えっ、こいつも七緒鈴と同じへその緒の化身なのか…。やさしくてかわいい結椛ちゃんのへその緒の化身ってわりに妙に悪そうなやつなんだよな…。イケメンだけど、裏がありそうというか…。
「やっばり…あなたも命の使いなのね。この世界に来た目的は何?理由によっては、私はあなたを野放しにできない。」
「はん、命の使いの中でも特に神さまからかわいがられてるあんたには俺の気持ちなんて分かるわけないよな。どこにいても、必要とされなかった俺と違って、あんたはどこでもちやほやされて必要とされてるもんな。あんたが俺のことを知らなくても、俺はあんたのことをよく知ってるぜ。」
二人の会話についていけない俺は、結椛ちゃんに尋ねた。
「結椛ちゃん…あのさ、俺はナオリンと今朝出会ったばかりで、彼女のことがまだよく分からないんだ。彼女に言われるがまま、この世界にタイムスリップしたんだけど…。結椛ちゃんはへその緒の化身とか命の使いのこと知ってる?」
「私も…命汰朗とは出会って間もない状態で、この世界に来たの。でもね、私のへその緒の化身のせいか、初めて会った気がしないのよね。もうずっと前から知り合いのようで、生まれる前から私の気持ちを知っていてくれた存在みたいで…。彼と私は同じ気持ちだったから、ここに来たの。」
「そうなんだ…じゃあ結椛ちゃんも、俺と同じで、両親をくっつけるためにここに来たの?ナオリンに教えられたんだ。俺が父さんと母さんの仲をとりもたないと、ナオリンも俺も存在できなくなってしまうって。」
結椛ちゃんは何も言わずに、首を振った。
「えっ…違うの?じゃあ、どうして…。」
俺たちの話を伺っていた命汰朗があっさり白状した。
「復讐だよ。結椛と俺は復讐するためにここに来た。過去を変える復讐は、自分たちの存在を消すことにもつながる…。」
「復讐って?存在を消す…?」
俺は物騒な言葉に戸惑っていたが、
「やっぱりね。そんなことだろうと思った。」
ナオリンは彼の言葉に妙に冷静だった。
「結椛と俺は…ずっと自分なんて存在しなきゃ良かったって苦しみ続けていたんだ。同じ気持ちだったんだよ。だから自分たちが存在しないように、過去を変えようとこの世界に来た。つまりそれは親たちに対する復讐にもなる。」
命汰朗は冷めた笑みを浮かべて、きっぱり言い切った。
「えっ…結椛ちゃん、そんな話はウソだよね?結椛ちゃんが、自分なんて存在しなきゃ良かったなんて思っていたなんて、そんなの…信じられない。」
しばらく黙っていた結椛ちゃんはようやく口を開いた。
「親から愛されて、自分の存在をちゃんと肯定できる瞬音くんは信じられないかもしれないし、信じたくもないかもしれないけど、自分の存在を否定したくなる人ってきっと一定数いるのよ。私や命汰朗のようにね。だから命汰朗が話したことは本当のことよ。私の本当の気持ちよ。」
結椛ちゃんが発した言葉を俺は彼女の言う通り、信じたくなかった。だって結椛ちゃんはかわいくてやさしくて、学校では暗いわけでもないし、闇をまとっているようには見えなかったから…。でも俺の好きな結椛ちゃんが、俺の知らない本性を持っているとしても、俺は彼女を嫌いにはなれなかったし、彼女という存在を守りたいと思った。消えたいのは彼女自身の意志だとしても、俺は俺の意志で彼女の存在を消したくなかった。
「もしも…もしも本当に結椛ちゃんが、自分の存在を消したいと願っていても、悪いけど、俺はそれを全力で阻止するよ。だって結椛ちゃんの存在を消したくないから。」
「へぇーきみ、結椛の本性を知らないくせに、愛があるねぇ。俺は彼女のすべてを知っているからこそ、彼女の力になれるし、同じ目標に向かって、共に歩めるんだ。それが自分たちの存在をデリートすることになるとしてもね。」
「デリートなんて…私がさせないわよ。私は瞬音と一心同体だから、瞬音の決意を応援したいし、それが私の本望でもあるもの。」
「俺たち…へその緒の化身って憐れなものだよな。ある意味、へその緒の主に心をコントロールされているようなものだから。自分の意志はどこにあるんだって思うこともあるよ。あんたは特に主の瞬音にぞっこんみたいだからなぁ。俺は…結椛を救いたいと思うと同時に、自分の復讐も決して忘れてないよ。僅かな期間だとしても俺を存在させるきっかけを作ったあの女の人生をめちゃくちゃにしてやりたい。」
彼はすべてを蔑むような眼差しで言うと、ギリリと歯を噛んだ。
「私だって…命の使いになる前の人生も忘れてないわよ。寂しい思いもしたし、悲しい思いもさせてしまったし…。でも過去を恨んで、誰かを呪ってばかりじゃ、苦しくてつらい思いをするだけじゃない?あなたはその相手を許すべきよ、命汰朗。」
「偉そうにお説教かよ。どこまでもお気楽なやつだな、あんたは。簡単に許せるものかよ。その恨みや呪う気持ちこそ、今まで俺の存在を生かしてきたそのものでもあるし。復讐を終えない限り、俺はこの世界から戻るわけにはいかない。そのためだけに生きてきたんだ。」
彼の事情は俺にはまだ全然分からなかったけれど、そんなに恨み続けてしまうほど、恵まれない人生だったんだろうということだけは何となく分かった。
 
傍から見ればお弁当をつつき合う仲睦まじい二組のカップルである俺たちが、途方もなく重い話を繰り広げていたところに、誰かがやって来た。
「あーいたいた。転校生の命汰朗くんと、結椛ちゃん。担任の息吹先生が二人を探してたよ?」
「何か話があるんだってさ。」
それは結椛ちゃんの父親と母親になるはずの、雨宮幸人(あまみやゆきと)くんと星居香(ほしいかおり)ちゃんだった。二人はすでに付き合っていて、仲の良いカップルらしい。俺の両親と違って、すでに相思相愛で長く付き合った上で結婚して、結椛ちゃんが生まれたなら、結椛ちゃんは何も自分の存在を否定することなんてないじゃないか。愛されて生まれたなら、何も疑問に思うことはないはずなのに…。俺にはまだ知る由もないことで、悩み続けていた結椛ちゃんはこの時、自分を探しにきた二人に向かって微笑んだように見えたけれど、その笑みはなぜか睨んでいるようにも見えた。命汰朗も同じように不穏な笑みを浮かべていた。

(※本文は1万字ちょうどです。)

第2話へ続く→

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