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『瞬く命たちへ』<第2話>結椛と命汰朗の出会い

 「ふーっ。今日はママが早く寝てくれたから、ゆっくりお風呂に入れてうれしいな…。」
その夜、束の間の至福の時に浸っていた私は、珍しく鼻歌なんて歌いながら、湯船にのんびり浸かっていた。
 お風呂から上がり、パジャマに着替えようとしていた時、パパからもらったナイトブラを脱衣所に持ってくるのを忘れたことに気づいた。私のパパは大手下着メーカーに勤めている関係で試作品を持ってくることが多かった。昔から下着はママではなく、パパに用意してもらっていた。生理が始まった時も、サニタリーショーツを勧めてくれたのはパパだった。
「ナイトブラ…部屋に忘れて来ちゃったかな…。」
ドライヤーで髪の毛を乾かすと、身体にタオルを巻いたまま、自分の部屋に急いで戻った。
「あれ?部屋にもないな。どこに置き忘れちゃったんだろう…。」
疲れていた私は、タオルを巻いた姿のまま、ベッドに倒れ込んでしまった。
「ちょっとだけ…横になってから探そう。明日からテストで勉強しなきゃいけないし、まだ寝てる場合じゃないんだけど…。」
ぶつぶつ独り言をつぶやきながら、目を閉じた。うとうとし始めた時、なんだか胸元がくすぐったくて目覚めてしまった。
「結椛(ゆいか)、起きて。ちゃんと着替えないと風邪ひくよ?」
胸元からそんな声が聞こえた気がした。
「えっ?誰かいるの?」
目をこすりながら、自分の胸を確認すると、胸と胸の間に、男の人形が挟まっていた。
「きゃっ、何?お人形…?」
しゃべったり動いたりする人形は珍しくもなくなったけれど、やけにリアルな人型で私はそれをつかむと、自分の胸からはぎ取った。
「まったく…扱いが雑なんだから。昆虫とか花はあんなに綺麗に飾ってるのにさ。」
その人形は私が収集している昆虫の標本やドライフラワーを見つめながらつぶやいていた。
「ちょっと…あなた、何なのよ。AI搭載のお人形なの?」
私はタオルで厳重に身体を隠して、その人形を凝視しながら話しかけた。
「人形なんかじゃないよ。俺は結椛のへその緒の化身で命の使いさ。名前は佐瀬命汰朗(させめいたろう)。こんな姿じゃ、信じてもらえないようだから人間の姿に変身しておくか。」
そう言うと、20cm程度だった彼は、私の目の前で170cmくらいの男の姿に変わった。彼は下着しか身に着けておらず、全裸も同然だった。
「えっ?嘘でしょ…信じられない…こんな手品があるなんて…。」
「手品じゃないよ。魔法だよ。さっきも言ったけど、俺はへその緒の化身で命の使いだから、変身も時間を操ることも大抵のことはできるんだ。それから、結椛のことは何でも知ってるよ。例えば…スリーサイズとか。上からBの65…。」
「魔法…?って何、私のスリーサイズを測ってるのよ。」
人間に近くなった彼を見て、急に恥ずかしくなった私はナイトブラのことなんて忘れて、慌ててパジャマを羽織った。
「今さら、隠す必要なんてないのに。だって俺は結椛のことを、ママのおなかの中にいた頃から知ってるんだから。何度も言うけど俺は結椛のへその緒の化身だからさ。結椛の気持ちだって手に取るように分かるよ。だから俺は今夜、きみに会いに来たんだ。」
やさしい眼差しで微笑みながら、ちょっと意味不明なことを言う彼にうかつにも少しドキっとしてしまった。
「とりあえずさ、一緒に横になりながらゆっくり話さない?結椛が嫌がることはしないから。」
彼は勝手に私のベッドに横たわると、布団を広げて私を手招きした。
「ちょっと…何考えているのよ。知らない男の人と一緒に寝れるわけないじゃない。私、これからテスト勉強しなきゃいけないし。さっさと帰ってくれる?」
「知らない男の人なんて、つれないなぁ。結椛と俺は元々、一心同体だっていうのにさ。テストなんてどうでもいいから今夜はもう休もう。何しろ明日から忙しくなるんだからね。それに俺の居場所はここだから。」
彼は起き上がると、強引に私をお姫様だっこし、ベッドに運んだ。
「ちょっと、やめてってば。助けて、パパ!」
「パパは出張中で家にいないでしょ?」
「何でそんなことまで知ってるのよ…。」
「だって俺、ずっとこの家にいて、結椛たちのこと見守っていたから。」
同じベッドに横になった彼は私を背後からやさしく抱きしめてきた。
「何もしないって言ってたじゃない。勝手に触らないでよ。」
「ハグくらい、いいじゃない?命の使いはへその緒の主の身体に触れることやキスまでは許されているけど、それ以上のことをしたら、消滅してしまうから、きみの中に入りたくても入ることはできないんだよ。だから安心して。」
遠回しに言ってるけど、つまりそれってほんとはHしたいってこと?ヤバイ、やっぱりこの人危ない人なんだ。逃げなきゃと布団から抜け出そうとすると、彼はますますきつく私の身体を抱き寄せた。
「逃げないで、結椛。俺はきみの願いを叶えるために来たんだから。大丈夫、怖くないよ。」
耳元でささやかれ、彼の吐息を感じると私は身体が火照るのを感じた。恋とは違う…懐かしくて、なぜか安堵感を覚えた私は逃げることをやめて彼に身を任せた。
「やっと落ち着いて話ができる状態になったね。」
ふいに彼は私の頬にキスをした。
「ちょ、ちょっと…勝手にキスしないでよ。私はまだあなたのことを完全に信用したわけじゃないんだから。」
「キスくらい、いいじゃない?結椛は俺のこと、もっと弄んでいたんだからさ。それから命汰朗って呼んでくれないかな?」
彼は私の顔をじっと見つめながら切なそうに言った。
「私は…命汰朗のこと、弄んだ覚えなんてないけど?何しろ今日初めて会ったわけだし。」
「初めてじゃないよ。結椛がママのおなかの中に宿った時から、ずっと一緒だったよ。俺がきみのへその緒の化身だってこと、まだ信じてくれないの?少し前に捨てられそうになっていた俺のことを結椛が助けてくれたよね?あの時はありがとうね。」
精神を病んでいる私のママは、ゴミを溜め込んだかと思えば時々、大事なものまでゴミとしてきれいさっぱりゴミ袋に詰め込んでしまう癖があった。ゴミ袋の中に見覚えのある桐の小箱を見つけた時、私はそれを拾っていた。まだママが病気になる前、私が子どもの頃に見せてくれたへその緒が入った大事な小箱だと気づいたから…。
「たしかに私は自分のへその緒が入った小箱をママが捨てたゴミ袋の中から回収したことはあったけれど、だからって命汰朗がへその緒の化身なんて信じられない。」
「そっかー仕方ないな。じゃあこんな話をしたら信じてくれる?結椛はさ、今、自分なんて存在しなきゃ良かったって思ってるみたいだけど、生まれる前にも自ら、自分の命を始末しようとしたことがあったんだよね。」
自分なんて存在しなきゃ良かったと本当に考えていたから、心を見透かされた気がしてドキっとしてしまった。
「たしかに自分なんて存在しなきゃ良かったって思ってるけど、でも別に私は自殺願望なんてないわよ。」
「それも知ってる。でもね、結椛はもうすぐ生まれるって時期に俺を…つまり臍帯を自分の首に巻き付けて生まれないように、死のうとしていたんだ。」
そう言えば昔、ママから聞いたことがあった。生まれる少し前にへその緒が首に絡まってしまって私の命が危ない時期があったということを…。
「不注意ではなく故意に結椛が自分の意志で巻き付けたみたいだったから、放置することもできたんだけど、なぜか俺はきみの命を救いたくなってね…。助けちゃったんだよね。だからごめんね。無事に生まれてしまって、今、つらい思いをさせてしまってさ…。結椛の命は俺に委ねられていたから、ほんとは俺次第でどうにでもなったんだ。おなかの中にいる間は酸素と栄養を運ぶ命の要だったからね。俺のこと、少しは信じてくれたかな?」
もはや彼のことは疑いようがなかった。信じるしかなかった。もちろん胎児の頃の記憶はないけれど、でも今、自分の存在を呪っている私のことだから、そういうことを仕出かしていても不思議ではなかった。
「…命汰朗が私のへその緒の化身だってことは信じた。それで何のために今夜現れたの?」
「信じてくれてうれしいよ。俺もさ、結椛と同じく、自分の存在を消したいって思ってるんだ。同じ気持ちだから、一緒に過去を変えられるんじゃないかと考えて…。」
存在を消したいならつまりさっき言ってたキスやハグ以上のことを私に対してすれば、彼はすぐにでも消えることができるんじゃないかしら…。ということはやっぱり今夜、私は狙われてるってこと?
「その心配は無用だよ。単に自分の存在を消したいわけじゃないから。復讐したい相手がいて、その相手の人生を変えることで俺は消えたいんだ。」
「勝手に私の心の中を読まないでよ。復讐したい相手がいるの?」
「ごめんね、以心伝心できみの心は分かっちゃうんだよね。結椛だって自分を消したい=復讐したいみたいなものでしょ?」
たしかに彼の言う通りだった。私には復讐したい相手がいた。ママが精神を病んで以来、私はヤングケアラーみたいにママのことを精神的に支えるようになってつらいから、自分なんて存在しなきゃ良かった、ママとパパが出会わなきゃ良かったって考えるようになっていたから。できることなら二人が出会った頃にタイムスリップして、ママとパパの仲を引き裂きたいと…。
「まぁそういうことだから、これからよろしくね、結椛。おやすみ。」
そう言うと彼は私の唇に口づけをした。
「ごめん、ファーストキスだったよね?でも結椛は俺のこと舐めたり、口に咥えて遊ぶこともあったから、おあいこでしょ?」
私のへその緒の化身で命の使いとかいう彼に振り回される日常が始まる前夜、ファーストキスを奪われた私はドキドキしているはずなのに、ちゃんと深い眠りにつくことができた。無防備な寝顔の命汰朗と一緒に、絶望的なはずなのに希望に満ちている夢の中に落ちていった。

(※本文は3998字です。)

第3話へ続く→

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