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『瞬く命たちへ』<第3話>命汰朗の過去 それぞれの思惑

 昼休み中、職員室に呼ばれた結椛と俺は担任の息吹芽久実先生と話していた。
「お昼休み中にごめんね。二人とも分かってると思うけど、うちの学校、一応、進学校だから二人の進路を聞いておこうと思ってね。前の学校での成績を見せてもらったら二人とも悪くない成績だから、偏差値の高い大学も狙えると思うの。」
「芽久実先生…良い大学に入れたとしても、思い通りの未来を掴めるとは限りませんよね?例えば予期せぬ突発的な出来事が起きて、自分の将来像を根本から覆される場合だってないとは言えないでしょ?」
「突然どうしたの?命汰朗くん、何が言いたいの?」
「つまり進路なんて俺は特に考えてなくて、どうでもいいってことですよ。」
先生は俺の言葉に明らかに困惑している様子だった。
「たしかにあなたの言う通り、みんなが理想通りの未来を歩めるとは限らないけど、でもどうでもいいってわけにはいかないわ。進学しないとしても希望職種とか伝えてもらわないと…。結椛さんはどうなの?」
「私も…まだ特に決めてなくて…。」
「まぁ…しいて言えば、いずれ愛する人と一緒になれたらいいかなとは思いますね。希望進路はお婿さんってことにしておいてください。」
「ふざけないで、命汰朗くん、先生は真剣に聞いているのよ?」
「ふざけてなんてないですよ。真面目な気持ちです。まぁ…先生みたいにふいに何が起きてもめげずに予定通りの未来を掴んでいる人には分からないことですよ。そうそう俺の誕生日はクリスマスイブなんです。覚えておいてくださいね、芽久実センセ。」
顔色を変えた先生にそのことだけ伝えると俺と結椛は職員室を後にした。
 
 「ねぇ、命汰朗、なんか息吹先生のこと嫌ってない?何が気に入らないの?やさしそうな先生なのに。」
「別に…俺は結椛のことしか好きじゃないから、他の人に対しては誰にでもあんな感じだよ。」
「ふーん、そうなんだ…。それにしても命汰朗の誕生日ってクリスマスイブだったのね。知らなかった。」
「あーそれは前の人生の誕生日で、今の俺の誕生日は結椛が生まれた日、つまり9月12日だよ。へその緒の化身になった日がその日だから。」
「えっ、そうなの?じゃあなんで先生にはイブなんて教えたの?」
「気まぐれかな。イブの方が覚えてもらいやすい気もしてさ。それに俺の場合は、どっちの誕生日にしても、自分の生まれた日でもあり、命日でもあるんだよね。」
「えっ?それってどういう意味…?」
 
 結椛のへその緒の化身になる前、俺には60日程度の短い生涯があった。母親は予期せず俺を身ごもり、戸惑っていたが、まだ若かった彼女は俺の命よりも、自分の人生を優先するため、あっさり中絶した。つまり俺は生まれることのできない存在だった。別に何が何でも生まれたかったわけではない。生まれたところでろくな人生を歩めなかったと思うし、むしろ早々俺の命を諦めて、手放してくれたことには感謝したい気持ちさえある。自分自身の命に執着しているわけではなく、俺を手放すと引き換えに、思い通りの将来を手に入れた母が憎くて仕方なかった。何事もなかったかのように俺の存在なんて忘れて、幸せそうに暮らしている女に対して、復讐心が芽生えていた。
 
 生まれられなかった命は神さまの元へ行き、すぐに新たな命に生まれ変わる者もいれば、俺のように誰かのへその緒となり、その子が生まれたらへその緒の化身になるという命の使いを命じられる者もいた。命の使いという存在は魔法も使えるし、普通に新たな命に生まれ変わるよりも悪くないと思えた。母に復讐するなら、魔法が使えた方がいいし、懲らしめやすいだろうと命の使いになれたことを喜んだ。
 
 それからへその緒の主の結椛とも出会えたから、やっぱり新たな命に生まれ変わるより、命の使いになれて良かったと思った。俺が母を憎んでいるのが伝染したのか、それとも偶然一致したのかは分からないが、結椛もまた、成長するにつれて母親を憎むようになり、気持ちが合致した俺たちは親たちに復讐するために、この世界にやって来たのだ。
 
 放課後、これから結椛と一緒に暮らすことになる部屋に向かって二人で歩いていた。
「ねぇ、さっきの話の続きだけど、命汰朗の今の人生ってつまり二度目の人生ってことになるのよね…。前の人生では長生き…できなかったの?」
「うん、まぁそうなるね。母が俺を中絶したからね。」
「そうなんだ…だから誕生日が命日ってことになるのね。復讐したい相手ってお母さんなの?」
「うん、そうだよ。結椛には隠しても仕方ないよな。俺も結椛と同じく母親に復讐したいんだ。」
「そっか…そうなんだ。お母さんの都合で生まれられなかったなんて気の毒ね。」
「そうでもないよ。生まれられなかったことに関しては別に恨んでないんだ。自分なんて生まれなくて良かったって思ってる結椛なら分かってくれるでしょ?俺は自分の命には執着してなくて、母の人生に執着してるんだと思う。彼女は自分だけ理想通りの未来を勝ち取ったからね。その人生を壊してやりたいって思う。」
「なるほどね…私も今、この世界に来てママの人生を変えてやろうって思ってるから、命汰朗の気持ちは分かるよ。やっぱり私たちって似た者同士なのね。」
「ありがとう、俺の気持ちを分かってくれるのは結椛だけだよ。何しろ俺たちは身体がつながっていた時期があるから、心も似てしまうのかもしれないね。」
結椛はふいに俺の手を握ってくれた。
「私たち…間違ってないよね。七緒鈴さんや瞬音くんはどうやら自分たちの存在を守ろうと必死なのに、私たちは自分という存在を消そうとしたり、親の人生を変えようとしてると思うと、時々すごく怖くもなるの…。私も別に命に執着してるわけじゃないけど、悪い事をしようとしている気もして…。」
俺は結椛の手をきつく握り返しながら言った。
「俺は…存在を消そうとすることが悪とは思えないよ。だって命には必ず寿命があって、それぞれ長さが違うだけじゃない?生きていれば誰しも消える運命にあるんだ。それが早いか遅いかだけで…。人の寿命なんてさ、どんなに長くたって百年。短ければ俺のように数えられるほどの日数で終わる場合もある。でもそんなの星の寿命と比べたら、どちらにせよ、まばたき程度のほんの一瞬の出来事だよ。星のまばたきほどの僅かな時間で、自分という存在をどう扱おうとそれは自分の勝手じゃない?」
「たしかにね…命汰朗の言う通りかも。数日しか生きられなくても百年生きたとしても、それは星の寿命と比べたらまばたきみたいなものよね。」
薄暗くなり、瞬き始めた星を見上げながら結椛はつぶやいた。
「今ここから見えてる星の光は、もうとっくに存在自体は消えた星の光かもしれないのに、俺たちはその光が見えると希望だなんだって託けてなぜか惹かれてしまうんだよな。星が瞬くほどの僅かな時間に起きた出来事に囚われて、引き摺って、こじらせて、復讐心まで持ってしまうなんて、馬鹿げてるとも思うよ。」
「でも…その光がもう死んだ星が見せる遺影の光だとしても、星が瞬くほどの僅かな時間で起きた出来事に囚われて復讐心を抱いてしまったとしても、それが今だけせめて生きようとする糧になるなら、馬鹿げてるなんて考えなくていいと思う。私はその僅かな何かにしがみついて今、生きてるよ。」
自分の存在を消したいなんて思っているとは思えないほど、結椛の瞳は瞬く星の光よりも澄んで見えた。
「あはははっ、まいったな。俺たち絶望的な世界に足を踏み入れようとしてるのに、結椛はまるで希望に溢れているよ。だからきみのこと好きなんだけどさ。」
俺は結椛の頬にキスをした。
「ちょっと、人が真面目に話してるのに、隙あらばキスとかハグとかするの、やめてくれる?しかもこんな道端で…。」
 
 「結椛ちゃん…。」
七緒鈴のへその緒の主である瞬音にキスの瞬間を見られていたらしい。
「二人とも仲いいんだ。じゃあ私たちもここでしよ?」
七緒鈴も瞬音の頬にキスしていた。
「ちょ、ちょっとやめろよ。こんな公衆の面前で…。」
「じゃあ早く部屋に入って続きしよう?」
 
 「えっ、もしかしておまえらもこのアパートに住むの?」
気づけば結椛と俺が住む予定のアパートの前で、七緒鈴と瞬音も立ち止まっていた。
「そうよ、私たちもこのアパートに住むの。これから何かとよろしくね。」
七緒鈴は挑戦的な目つきで俺に向かってウィンクした。
「えっ、ちょっとナオリン、こんな壁の薄そうなアパートで結椛ちゃんたちの近くに住むなんて嫌だよ。二人がいちゃつく物音なんて聞きたくないし…。魔法で他の場所の家とか用意してよ。」
瞬音は子どものように駄々をこねていた。
「瞬音、大丈夫よ。魔法で狭い部屋も広くできるし、防音壁にすることだってできるからこのアパートで問題なし。それに…逆に私たちの物音も聞かせることもできて楽しそう。」
「ここのアパート、どの部屋も明かりついてないし、もしかして住人は俺たちだけなんじゃ…。」
「そうだよ、瞬音。結椛と俺の部屋とおまえと七緒鈴の部屋にしか、住人はいない。だから何でもやりやすいな。」
「人気ないアパートだから、すぐ借りれて助かったの。」
「じゃあ、部屋余ってるよね?狭い一部屋に二人ずつじゃなくて、それぞれ部屋を借りればいいと思うんだけど…。」
「馬鹿だなぁ、瞬音は。カップルなら狭くても同じ部屋の方がいいに決まってるだろ?」
「その意見だけは私も同感。」
俺に対して敵対心を向けていた七緒鈴が珍しく俺の肩を持った。
「それに俺がこのアパートを選んだ理由は、愛する結椛の趣味のためなんだよ。ほらすぐ側に広い野原があって、虫や花が豊富だから…。」
「命汰朗、その趣味は秘密なの。口に出さないで。」
「そうなの?ごめんね。二人だけの秘密だったね。」
こうして結椛と俺、七緒鈴と瞬音という二組のカップルのご近所生活が始まった。

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