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「YUKITO-死にたい俺と生きたい僕-」第2話(漫画原作)

 「ねぇ、ゆきとくん、夕飯食べないの?」
「死ぬつもりだったから、冷蔵庫はほぼ空っぽなんだよ。今夜はカップ麺で済ませるしかないな。」
ゆきとに言われて、俺はカップ焼きそばにお湯を注いだ。
「僕さ…ずっと何かを食べてみたかったんだよね…。飲み物だって飲んだことなかったんだから。お母さんが淹れてくれたアイスティーおいしかったな…。」
「あーそっか、生まれられてないから何も食べたことないのか。」
「うん、だから肉体を手に入れたからには、本当はお母さんの手料理を食べてみたいし、おかあさんのおっぱいも飲んでみたいんだよね…。」
「手料理は頼めば可能かもしれないけど、おっ…おっぱいなんて無理だからな。」
「無理じゃないかもしれないよ?お母さんはまだ41歳だから、妊娠して出産できれば、母乳は出るよ。」
「そーかもしれないけど、俺の身体でお母さんのおっぱい吸おうなんて考えるのはやめてくれよな。」
「うん…でも僕、お母さんのおっぱいも諦められないよ。一度でいいから吸ってみたい。だからお母さんには赤ちゃん産んでほしいよ。お母さんさ…僕を産めなかった負い目を引きずっていて、恋も妊娠もしてはいけないって自粛しちゃってるから…。お母さんに素敵な恋愛させることも僕の目標だよ。」
「いろんな目標があることは分かったけど、ほどほどにしろよ。ほら、焼きそば食うぞ。」
ゆきとの話を聞いているうちに麺が程良く戻ったので、お湯を切ってソースを絡めた焼きそばをすすった。
「うぁ、これが焼きそば?すごくおいしいね!」
焼きそばを頬張る瞬間、姿を消したゆきとは俺の中に入り込み、味覚を共有すると感激しながら言った。
「この程度で喜んでもらえて何よりだよ。」
「ずっと、お母さんが料理するのも側で見てたから、食べ物には憧れがあったんだ。お母さんは、僕に陰膳も供えてくれてるんだよ。」
「へぇ…央香さんってマメなんだな。俺もばあちゃんには時々、陰膳供えてるよ。」
ばあちゃんが死んで以来、孤食が多かったから、誰かと話しながら食べるなんて久しぶりだった。
 
 「ねぇ、ゆきとくん。」
「今度は何だよ。」
「お風呂には入らないの?」
「あー風呂?一人になってからはシャワーで済ませることが多いんだけど。お湯はるのも面倒だし。」
「僕はシャワーだけじゃなくて、お風呂に入りたい。湯船に浸かってみたい。」
「…はいはい、分かったよ。」
ゆきとにせがまれて、久しぶりに浴槽にお湯を入れた。
「うぁーお風呂ってほんとに気持ちいいんだね。極楽ってこういうことかな。僕は本当の天国も知ってるけど、お風呂の方がはるかに天国だよ。」
俺の中にいるゆきとは湯船に浸かると上機嫌になった。
「大袈裟だな。焼きそばや風呂くらいでいちいち感動してさ。」
「いちいち感動するよ。僕は魂になって以来、何も体験できていないんだから。ゆきとくんは日常の幸せに鈍感すぎだよ。食べ物を食べられること、お風呂に入れること、ぐっすり眠れること…どんなに恵まれているか全然分かってないよ。分かってたら、死のうなんて考えないよね。身体があって生きているからこそ、できることばかりなのにさ。」
身体がなくて何もできなかったゆきとの言い分はもっともだった。ゆきとのおかげで少しだけ、日常の中にささやかな幸せを見出せるようになった気がした。
 
 翌朝…。
「おはよう、ゆきとくん。良いお天気で新学期日和だよ。」
ゆきとの声で起こされた。
「ん…まだ6時じゃん。7時に起きれば十分間に合うし。」
時計を確認すると俺はまたタオルケットに包まった。
「え?だって朝ごはんの支度とか洗濯とか掃除しなくていいの?」
「朝飯は食べない主義なの。一人だから洗濯は週に何度かまとめ洗い。掃除なんてよっぽど汚れたらで十分。」
「ゆきとくんってだらしないね…。僕のお母さんも一人暮らしだけど、毎日ちゃんと洗濯も掃除もしてるよ。」
「央香さんの部屋だって散らかってたじゃん…。あれで毎日掃除してるのかよ。」
「お母さんは物が多いだけ。トイレとかお風呂場とかちゃんと掃除してるし。」
ゆきとにしつこく言われたものだから、仕方なく起きて、玄関をほうきで掃いたり、リビングは掃除機をかけてみたりした。家がきれいになるのは悪い気はしなかった。
 
 早起きしたせいか普段より早く、7時半には学校に着いた。教室には何人かすでに登校していた。
(おはようってあいさつしなくていいの?)
無言のまま教室に入ると、ゆきとがまたちょっかいを出した。
(俺は陰キャだし、影みたいな存在だから、あいさつなんてしたことないよ。)
(あいさつくらいしようよ。僕は人気者の陽キャ目指してるんだから。)
(勘弁してくれよ。ゆきとと俺は方向性が真逆じゃん…。)
俺の身体を牛耳っているゆきとは俺の意志に反して、勝手に口を動かし始めた。
「おはよ!」
ほとんど話したことのない女子にゆきとは元気にあいさつした。
「えっ?あっ…おはよう。」
その子はいつも不愛想な俺に突然あいさつされて驚いていた。
(ちょっと、勝手なことするなよ。)
(あいさつくらいして当然じゃない?別に悪いことしてるわけじゃないし。僕は友だちがほしいし、恋もしてみたいんだよね。)
(はっ?友情や恋愛なんて勘弁してくれよ。俺は一人が好きなんだから…。)
(せっかく生まれ変われたからには、僕は友だちも恋人も作るよ。いろんな人と出会って、人生充実させたいもの。)
ゆきとは俺の気持ちなんてお構いなしに人生を謳歌する気満々だった。
 
 「夏休み明け、さっそくだが、秋の校内合唱コンクールに向けて、伴奏者と指揮者を決めたいと思う。2年生の課題曲は『時の旅人』。自由曲は今度の木曜日、音楽の時間に多数決で決める予定だ。」
音楽が担当教科のクラス担任・橘(たちばな)先生は、特に合唱コンクールに力を入れていて、誰より張り切っていた。
「ピアノ伴奏は志築心咲(しづきみさき)さんが良いと思います。」
誰かが志築さんを指名すると、「賛成」と声が上がり、誰も反対する人はいなかった。彼女はクラスのマドンナ的存在で、容姿端麗な上に勉強もピアノもできて、運動もそこそこできるから特に男子から人気者だった。
(あの子…かわいいね。僕、あの子のこと好きになっちゃった。)
どうやら面食いのゆきとは彼女に一目惚れしたらしい。
(あーまぁ、美人だし人気はあるけど、俺には関係ないし、興味もないし…。)
(僕はあの子と仲良くなりたい。だから、指揮者するね。)
(うん。ん?指揮者?つまり…俺が?)
俺が理解する間もなく、ゆきとが俺の手を使って、さっさと挙手した。
「はい、僕は指揮者したいです。」
「えっ…三生くん?」
「三生が自主的に挙手するなんて初めて見たぞ。」
「ってか、あんなはっきりしゃべってるの見たのも初めてかも…。」
こういう時は決まって存在をくらましている俺が自ら挙手したものだから、クラスはざわついた。
「三生…本当に指揮をやりたいのか?」
橘先生も戸惑っていた。
「はい、本気です。」
俺と周囲の戸惑いをよそに、ゆきとだけは本気だった。
(勝手にしゃべるなよ。)
(だって心咲ちゃんと仲良くなりたいもの。)
「何もしないあの三生がやりたいっていうなら、たまにはいいんじゃない?」
「そうね、指揮者なんて伴奏者と比べたら、誰でもいいし。」
意外にも反対する人がいなかったおかげで、俺は指揮者に決まってしまった。
「雪音くん、これから一緒に練習よろしくね。」
まともに話したことなんてない、伴奏者に決まった志築さんから微笑みかけられた。
「うん、よろしくね、心咲ちゃん。」
ゆきとがまた勝手にあいさつした。
(いきなり名前で呼ぶなよ。「心咲ちゃん」なんて俺のキャラじゃないし…。)
(ゆきとくんのキャラとか関係ないし。僕は彼女と仲良くなりたいから、僕のやり方でやらせてもらうよ。)
ゆきとのせいで俺はその日の放課後から、彼女と一緒に合唱コンクールに向けて練習することになった。
 
 「雪音くん、夏休み明けたらちょっとキャラ変わった?積極的になったなと思って…。音楽とか合唱、実は好きだったの?」
「うん、まぁ、新学期デビューってところかな。いつまでも陰キャのままでいてもつまんないし。ピアノ習い始めることにしたから、心咲ちゃんのピアノを間近で見たくて。」
ゆきとはまたペラペラと俺の心にないことを話し続けた。
「そうなの。雪音くん、ピアノ始めるんだ。どこで習うの?」
「羽山音楽教室の水琴先生って人から習うんだ。」
「そっか、羽山音楽教室の先生なんだ。これから楽しみね。弾けるようになったら、私にも聴かせてね。」
「うん、良かったらピアノ教えてね。心咲ちゃんのピアノの音色、好きだから…。」
彼女のピアノなんて聴いたことないくせによく言うよ。
「ありがとう。雪音くん、私のピアノ聴いてくれてたのね。」
「心咲ちゃんなら『時の旅人』も初見で弾けるんじゃない?」
「そんなことないよ、音は取れるかもしれないけど、すぐには弾けそうにないよ。この伴奏、そこそこ難しいもの…。」
「じゃあさ、僕が右手の音拾ってみるから、心咲ちゃんは左手をお願い。ちょっと連弾してみようよ。」
「えっ?雪音くん、もうピアノ弾けるの?」
「ちょっとだけ…ならね。」
おいおい、俺、ピアノなんて触ったことないんだけど?弾けるわけない…。と思いきや、右手の指が勝手に鍵盤を押し始めた。
「すごい、雪音くん…そんなに弾けるなら伴奏をお願いしたいくらいよ。」
(なんで…俺が弾けるんだ?)
(僕を誰だと思ってるの?僕のお母さんはピアノの先生だよ。間近でずっと見てたから弾けるんだよ。指さえあれば弾けるのにってずっと手に憧れてた。)
「雪音くんあんまり上手だから、左手パート追いつけないよ。」
「出だしは左手の方が難しいよね。ゆっくり弾くから。」
ゆきとのおかげでいい感じに彼女と連弾した俺は、すでに自分が自分ではない感覚に陥っていた。

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