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Prologue (1998) - Paris, 1994


プロローグ(1998)

 1993年、春。僕は大学に入学した。
 専攻はフランス語だった。今考えると、何故フランス語を専攻したのかさえわからない。

 その夏、大学で知り合った友人と一緒にパリへ行った。
 初めて訪れたその街は、強烈に僕を魅了した。滞在中、何か特別なことをしたわけじゃない。どちらかと言えば、むしろ何もしなかったと言う方が近いかもしれない。実際、色々とあったはずなのに、具体的に何をしたかあまり思い出せない。
 でも、僕を魅了したその空気を今でもはっきりと思い出すことができる。空気、光、音、匂い。東京で暮らしている今でも、時々その断片を感じるときがある。そして、すぐに思う。ここはパリじゃないんだ、と。

 1994年、夏。僕は再びパリにいた。
 約40日間のパリ滞在を前に、僕はひとつ決めていることがあった。それは、毎日1行ずつの日記をつけることだった。

 当初軽い気持ちで思いついた「1行日記」は、結果的に思いもよらぬボリュームになっていった。それまで日記なんてつけたこともなかったのに、毎日A4のレポート・パッドにびっしりと文字を埋めていった。どんなに疲れていてもなぜかこの作業は欠かさなかった。枕元に散らばったサンチーム硬貨を眺めながら、ベッドに寝そべって書き続けた。

 これから始まる文章は、僕のひと夏の記録だ。今読み返すと、あの夏のパリがリアルに蘇ってくる。僕にとっては、ある意味写真よりも鮮明にその光景を描写している。文章のムラが、その時の僕の感情や体調を克明に思い出させる。

 1994年、夏。僕は期間限定の異邦人だった。


le 27 juillet

編集後記

なぜ日記に「プロローグ」なんてものがあるのかというと、実はこの日記をもとにして小説を書いてみようと思い立ったことがあるからです。1998とあるのでこの日記から4年後、僕が23歳の頃ですね。手書きの日記を整形しながらタイプして、プロローグを書いてみて、その後本編に取り掛かって早々に挫折したという経緯があります。

このプロローグといい、これから始まる日記といい、文章の端々に当時読み耽っていた村上春樹氏のエッセイの影響を受けています。といっても言葉尻や表面的な語り口を真似ているだけで……若気の至りってこういうことです。

48歳の今、改めて読み返すとかなり恥ずかしいところもあるんですが、当時の記録という意味合いを殺したくない思いもあって、間違いの訂正と細かな校正、一部登場人物等の実名以外は原則として1998年のデータそのままにしてあります。

※最初の数日間は本当に1行そこそこの文章しか残っていなかったため、リアルタイムに書かれた日記ではなく、例外的に1998年当時の記憶の範囲で補足された文章(小説の下書きにしようとしていたもの)を掲載しています。

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