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犬だった君と人間だった私の物語【第4話】再会


 犬になった敏子は自分の最期を思い出していた。
(博美ったら、あの時、私を元気付けるためにウソを言っていたのよね。私は勘が鋭いから分かっていたよ)
 敏子は博美の優しさが嬉しかった。そして、大きなあくびをすると体を丸め、そのまま少し休むことにした。
 
 ペットショップでの生活はルーティーンだった。決まった時間に食事や掃除があり、それ以外は自分のケージの中で気ままに過ごしていた。定期的にトリミング室で体を洗われたり、客に買われていく仔猫や仔犬を、ケージの中から見送ったりもした。それほど大きなペットショップではなかったが、駅前という立地柄、多くの人の出入りがあり、はつらつとした店長と思われる女性と、若い男女のアルバイト数名が入れ替わりで働いていた。ペットショップの奥には動物病院も併設されているため、既に買われて出て行ったペットたちが度々、飼い主に連れられ先輩風を吹かせてやって来る。
 最初は間近で人目にさらされることに抵抗があった敏子だが、慣れてしまえば自分が見られている事を忘れて、逆にじっくりと客を観察することもあった。

 ある日、敏子がいつもの様にケージの中でうとうとしていると、店長が外に出て、店の前にいる客に愛想良く話し掛ける声が聞こえた。
「おねえさん、よく見に来てくださってますよね~。ワンちゃんお好きなんですか?」
 すると客は答えた。
「あっ、はい。好きなんですけど一人暮らしなので飼えなくて。でも、見ていると癒されるから、ついつい」
 社交的な店長は、その女性客が犬好きであることが分かると、嬉しそうに雑談を始めた。その時、
「のりか―!」
 遠くから女性を呼ぶ男性の声が聞こえた。その名前に敏子は一瞬で反応した。慌てて起き上がり窓ガラス越しに外を見ると、若い男性がペットショップの前にいる女性客と店長の方に近付いて来た。
 女性は敏子の方に背中を向けているので顔が見えない。店長との話に夢中になっているので、呼ばれたことにまだ気が付いていないようだ。
「のりか、行こう。待たせてごめん」
 近づいてきた男性の声にパッと振り返る女性の横顔を見て、敏子は息をのんだ。
 白い肌に小さな鼻、そして嬉しそうに男性を見つめる大きな瞳。
(孫の紀花だ! 間違いない!)
 敏子の記憶にある幼い紀花の愛らしい表情が今、目の前の女性とぴったりリンクした。
「のんちゃん! のんちゃん! 紀花!」
 敏子はガラス越しに大声で紀花の名前を呼んだ。しかし、紀花の耳には仔犬の鳴き声にしか聞こえていない。一瞬こちらを見たようにも見えたが、店長に笑顔で会釈をすると、男性に寄り添い、楽しそうに人の波の中に消えていった。
(小さくてあどけなかった紀花が、あんなに大きくなっていたなんて…… おそらく十代後半かしら。清楚で品のある女性に育っていたわ。博美ったら、やるじゃない!)
 紀花が想像以上に美しい女性に育っていたので、敏子は思わず娘の子育てを称賛した。
 
 紀花がいなくなった後も興奮は冷めやらず、敏子は狭いケージの中をぐるぐると歩き続けた。
(紀花と話したい。抱きしめたい)
 そんな思いがどんどん湧き上がっていた。いつの間にか日が暮れ、ペットショップのシャッターが閉まり店内が暗くなっても、敏子はなかなか寝付けなかった。
(紀花は恋人に呼ばれた時、すごく幸せそうな顔をしていたわ。手をつなぎ、弾むように歩いて行った。私の言葉は届いていないようだったけど、紀花が幸せなら私の存在に気付いてもらう必要は無いのかも知れない。それでいいのよね。きっと)
 興奮する気持ちを、そうなだめることが出来た頃、敏子はようやく眠りについた。

第5話につづく


第1話 別れ
第2話 新しい姿
第3話 中庭
第4話 再会
第5話 ペットショップ
第6話 疑惑
第7話 奇跡
第8話 理由
第9話 可能性
第10話 動物病院
第11話 青年
第12話 記憶
第13話 名前
第14話 松田との暮らし
第15話 紀花
第16話 伝えたいこと
第17話 目撃
第18話 河川敷
第19話 数年後(最終話)


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