小林 弘周

違和感のない仕事を模索したいという思いから始まった『モノローグ365』製作の旅。経験0…

小林 弘周

違和感のない仕事を模索したいという思いから始まった『モノローグ365』製作の旅。経験0から始まった映像製作は、ある日突然インドへ出発するところから。その後、ミャンマー、フィリピン、台湾、韓国、タイ、香港、そして日本へと進み、さて、その続きは。。【記事内の動画は日本語字幕有】

最近の記事

第二話 インド7

バンガロールの滞在で大変だったのは、やはり宿でした。 「ホテル セレクト」と言う名の宿は、インペリアルというちょっと小洒落た食堂の2階にありました。2泊で777ルピー、日本円にしておよそ1400円のこの宿へ移ってきたのは、やはりその安さに惹かれてのことです。もちろん、モノが安いのにはいつも理由があり、アプリでその点をよく確認せず予約した僕が悪いのですが、通された部屋には窓も冷房も付いていませんでした。 標高900メートルのこの高原都市は一年を通して穏やかな気候ということも

    • 第二話 インド6

      鳥占いは初めてでした。そもそもそれまで僕は占い自体に縁が無かったのです。ですから、今回の出合いはタイミングが良かったのかもしれません。 マリーナ・ビーチの砂浜には海を眺めるために多くの人が腰を下ろしていました。陽射しを避けるために、無造作に放置された屋台の影に座っていたお婆さんもその一人、だと思ったのです。僕がウロウロしていたのをどれくらい見ていたのか。たまたま目が合うと「こちらへおいで」とでも言うように手招きするので、それに応じて側へ寄っていきます。そして開口一番、「お前

      • 第二話 インド5

        海から吹く風は確かに気持ちが良かったのです。 でも、世界で2番目に長いと言われるそのビーチは、僕の想像した楽園とはちょっと違っていました。ゴミが大量に散らばっているのはここも例外ではないらしく、海は茶褐色に濁り、また空は厚い雲に覆われていました。砂浜の方方に、そして波打ち際のいたるところにまで、雑然と屋台が放置されていたりします。唯一、新鮮に感じたのは数頭の馬が颯爽と走っていたことです。もちろん、野良ではなく、観光客を乗せたり写真を撮ったりするための、仕事をする馬でした。

        • 第二話 インド4

          僕が足を踏み入れたジョージ・タウンは、まさに仕事の街でした。 金物屋、花屋、生地屋、紙屋、建築資材や便器、名刺やパソコンを専門に扱う店、大量買いのできるスーパーなど、なんでもあります。商店がどこまでもずらりと並ぶこの一帯は、仕事をするために必要なものはおよそ揃っていると言った様相です。辺りに観光客はほとんど歩いておらず、インド人がインド人のために商っている店やオフィスばかりでした。 ですが、みんなが穏やかに営む平和な街といった雰囲気はどこにもありません。碁盤の目に走った狭

        第二話 インド7

          第二話 インド3

          かすかに潮の匂いがしました。海と砂浜が近くなのは間違いないようです。 どこまでも続く白い滑らかな砂浜に、晴れ渡る青空。それを目当てにやってくるインドの褐色の青年たち。そして深いエメラルドの海を前に、思い思いに耽る人々。僕は椰子の木陰に腰を下ろして、そよぐ風に少し眠気を誘われながら彼らを眺めています。そうしているうちに、空は傾いた夕陽で燃えるような紅に染まっていき、日はやがて刻々と闇のグラデーションを描いて水平線に沈んでいくのです。その光景が浮かぶと、弱りかけの僕の心は、再

          第二話 インド3

          第二話 インド2

          今回の滞在予定はちょうど3週間。「滞在費をできるだけ節約しながら30名程度の取材ができたら」などと目論んでいたのは、あまりにも甘かったのです。咳き込みながら、風邪の引きはじめのような、ぼんやりする頭で街をうろつきます。気温と湿度が高い中では温水の中を泳ぐようで、とても取材の申し込みをするわけにはいかなそうでした。忙しそうに仕事をしている人たちを眺めていると、とても取り合ってもらえないように感じられてしまうのです。「このまま取材のひとつもできずに帰ることもあるのだろうか」と、つ

          第二話 インド2

          第二話 インド1

          チェンナイは南インドの中心都市の一つです。インドの他の街と同じように、やはりこの街も喧騒と猥雑さに満ちています。インド4大都市にも挙げられるほど大きなこの街が、デリーやコルカタとなんとなく違う雰囲気なのは、イスラムの影響をあまり受けていないからだとか、北インドとは文化が異なるからだとか、公用語がそもそも別の言語だからといった、幾つかの大まかな理由があるそうです。 広大な街の東側は海に面していて、その一角に、僕の流れ着いた旧市街ジョージ・タウンがあります。 17世紀頃、かの東

          第二話 インド1

          第一話 東京2

          かつて僕が信仰という言葉にも近い感覚で大切にしていた信条のようなもの。 その『ある物語』の一節にはこうあります。 「天職に巡り合った君は、朝を迎えるのが待ち遠しい気持ちで寝付く」 「そして朝起きたら、感謝と喜びを持って一日の仕事に取り掛かるのだ」 『ある物語』が単に「物語」であって真実では無いことに気づいた今ですら、寝起きの僕は、すっかり潜在意識に浸透したこの言葉を、呪文のように反芻しているのかもしれません。 それは僕が長いこと自分に課してきた習慣だったのです。 そして、

          第一話 東京2

          第一話 東京1

          ある朝、目を覚ました時、自分がどの街のどの部屋で眠っていたのか、すぐにはわかりませんでした。 暗い部屋の天井にはシーリングファンが回っています。でも、これだけではまだわかりません。 昨夜寝付いた時の意識まで記憶を遡っていきます。 その日、僕は東京の自分の部屋で目を覚ましたのでした。そのことに気がつくまでわずか数秒のことだったかもしれませんが、その間、自分が世界と切り離されているような混乱を覚え、不安な気持ちになりました。 こう言うと、なにか特別な体験をしたように聞こえるかも

          第一話 東京1

          【第46話】 老人とタイプライター🇵🇭

          海を飽きるほど眺めて、そろそろ帰ろうかとタクシーを探した。しかし、どこにも見当たらない。どうやら表通りまで出る必要がありそうだ。港湾関係の施設が並ぶ道を歩いていると、歩道にテーブルを出して数人が屯している。なんだろうと思って横目で冷やかしていると、古ぼけたタイプライターを打つおじいさんがいるではないか。キーボードを叩く度にバチバチと元気の良い音が響いてくる。 老人とタイプライター。これ以上相性の良い組み合わせはないだろう。それにこんな仕事は見たことがない。絶対に声をかけなけ

          【第46話】 老人とタイプライター🇵🇭

          【第50話】 ミランダ教会のローソク売り🇵🇭

          この日、中華街での取材を済ませて夕暮れに教会を通りかかった時、懐かしいなと思った。カトリック系の高校を卒業してから一度も立ち寄ったことはなかったが、日本の神社や寺にふらっと入ったときのような親しみがあった。まさか教会内の神父をカメラで追い回すわけにはいかないと思ったが、辺りにはローソクを商うおばさんがちらほらと見えた。この人たちなら誰か一人くらい。そう思った。 教会とローソクを前にして心は妙に落ち着いていて、変な緊張もなかった。「すいません、この国で仕事の取材をして回ってい

          【第50話】 ミランダ教会のローソク売り🇵🇭

          【第63話】 陽気なゲイバー🇵🇭

          マニラの夜は気をつけないといけない。女性に声をかけられたら要警戒だ。しかも、それが美人であればなおさら。この日は夜の仕事を撮ろうとブルゴス通りをうろつき回っていた。ドラッグの売り子に声をかけられ、ここぞとばかりに取材を提案したが、かなり粘ったものの断られてしまった。いくつかショーパブも回ったが女の子が乗り気にならない。 どうしようかと横断歩道の前で車の流れを眺めながら呆けていた。「ねぇ、一人?」後ろから声をかけられた。相手はかなりの美人である。「イエス」一人ニヤついていると

          【第63話】 陽気なゲイバー🇵🇭

          【第52話】 憧れの馬車ガイド🇵🇭

          リサール公園はマニラ湾のすぐそばにある。なんとなく海を見たくなり、ジプニーに乗って出かけた。公園は無料だ。入り口にはピーナツ売りや売店が立ち並び、園内は市民がピクニック気分で遊びに来れるような憩いの場になっている。中に入ってしばらく歩くと、馬が観光用の客車を引いてあちこちを闊歩しているのが見えてくる。 その日は平日で、しかも昼時ということもあり観光客はまばらだった。おじさんたちに混じって青年が冗談を言い合いながら馬に水をやっている。その笑顔を見て、なんとなくすぐに打ち解けら

          【第52話】 憧れの馬車ガイド🇵🇭

          【第28話】 逆境の屋台兄妹🇲🇲

          夜。カメラを抱えて外へ出た。まだまだ撮らないといけない。一日に3人は撮りたいと思ったが、この日は昼に一人撮っただけだ。深夜になってもいい。いくらでも歩いて探すつもりだった。意気込んで歩き始めると、宿から300メートルも行かないところで屋台の二人組が目に留まった。随分と若い。兄妹のようだ。昼には気が付かなかったが、夜の屋台はなかなか雰囲気がある。いいなと思った。 彼らはガスではなく炭を燃やしていた。傾いた木造の屋台は緑、赤、黄色のペンキで塗られ、ところどころが剥げている。これ

          【第28話】 逆境の屋台兄妹🇲🇲

          【第41話】 路上のカフェテリア🇲🇲

          ミャンマーでどうしても撮りたい男が一人だけいた。その男は路上でカフェを営業していた。この国のある日系企業のインターンシップに参加した際、宿への帰り道に偶然立ち寄ったのだ。夕暮れ時の一服。出されたチャイをすすりながら、キビキビと立ち振る舞う彼を眺めた。かっこいいな、と思った。 同じ時刻にふらっと立ち寄ると、彼はまだ同じ場所に店を張っていた。女性に会いに行くわけでもないのになんとなく緊張する。「あなたに会いたくて来ました。ぜひ取材させてくれませんか」と事情を説明した。「わざわざ

          【第41話】 路上のカフェテリア🇲🇲

          【第39話】 鼻歌に乗る少年🇲🇲

          ヤンゴン河をフェリーで渡るとダラ地区だ。初めてだったがこちらから人を探す必要はなかった。降りてきた客をタクシーに乗せようと客引きの男たちが押し寄せてきたからだ。そのうちの一人、見た目は少年そのものだが鼻の下に薄い髭を蓄えている彼は「取材?いいけど、いくら?」と金額次第だと言う。「2時間あったらいくら稼げるの?」と聞くと1万チャットだそうだ。それが掛け値なしに感じられたので手を打つことにした。きっと彼も「取材」というのに興味が湧かなかったわけではないのだろう。 彼とは取材を中

          【第39話】 鼻歌に乗る少年🇲🇲