【第46話】 老人とタイプライター🇵🇭
海を飽きるほど眺めて、そろそろ帰ろうかとタクシーを探した。しかし、どこにも見当たらない。どうやら表通りまで出る必要がありそうだ。港湾関係の施設が並ぶ道を歩いていると、歩道にテーブルを出して数人が屯している。なんだろうと思って横目で冷やかしていると、古ぼけたタイプライターを打つおじいさんがいるではないか。キーボードを叩く度にバチバチと元気の良い音が響いてくる。
老人とタイプライター。これ以上相性の良い組み合わせはないだろう。それにこんな仕事は見たことがない。絶対に声をかけなければいけない。この人は撮りたい。そう思った。
彼は港湾施設に提出するための書類を代行して作成する仕事をしていた。なるほど、電源が取れなくてもタイプライターならプリンター要らずだし、アウトドアでやるには理にかなっている、と妙に納得してしまった。彼はかつて貿易に携わる弁護士として働いていたと言った。日本語、英語、スペイン語を話し、聞くだけならフランス語もわかると言う。その証拠に、流暢とまではいかないが、しっかりした日本語を披露してくれた。
この人はたくさん喋らせたら面白いに違いない。もっと深掘りして色々なことを聞きたかったが、用意した定型の質問リストで切り上げてしまった。取材のスタイルに型ができて、スムーズに運ぶようになったのはいいものの、一方で失っている部分が大きいのは間違いない。
しかし今はこのようなアナログ仕事をカメラに収められるだけでもありがたいことだと思うことにした。修正はいつかしっかりやろう。そして近いうち、もっと腕を上げたらまた撮らせてもらいたい。それまで続けていてくれるだろうか。別れ際、なんとなく寂しい気持ちになった。
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