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赤道に近づくほど自民族中心主義が増える【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。

 心理学者のロバート・マックレイは、世界中の36の地域を対象に、22万8千人のビッグファイブ(性格を表す5つの因子)を調べてみたところ、住んでいる地域が赤道に近い人ほど誠実性が高い一方、赤道からの遠い地域に住んでいる人ほど開放性が高いという傾向があることに気が付きました(注13)。つまり、赤道からの距離(緯度)が政治的志向を決める2つの性格因子と強い相関があったということです。このため、赤道に近づくにつれて、そこに住む住民はゼノフォビア(よそもの嫌い)になる傾向にあります。
 アメリカの生物学者コリー・フィンチャーとランディ・ソーンヒルも、伝統的宗教の信者数、言語共同体の規模、「個人主義」対「集団主義」のバランスが、いずれも緯度と相関があることを報告しています(注14)。赤道付近に住む人々は小規模で、より内向きな結束の固い集団主義の共同体(つまり右寄りの共同体)を形成するのに対して、赤道から離れるにしたがって人々は大規模で、より外向きな個人主義の共同体(つまり左寄りの共同体)を形成するというのです。
 フィンチャーとソーンヒルはその理由について次のように推理しました。現代の公衆衛生と医療が行き渡る前には、ヒトが病気にかかったり、亡くなってしまったり、不能・不妊になってしまったりする最大の原因はウィルス、バクテリア、原虫、蠕虫などの寄生生物だったはずです。よそものとなにかやりとりをすれば、新種の寄生生物に感染するリスクが高まることから、たんによそ者を避けるだけではなく、よそ者の食べもの・衣服・住居・動物などの寄生生物を伝達する恐れのあるものも避けた方が、無事に子孫を残せる可能性が高くなります。つまり、寄生生物のリスクが高い地域に暮らす人たちは、よそものを恐れたり、毛嫌いすることで彼らから距離を取り、自分たちの小規模な内集団に閉じこもっていた方が便益があるということになります。これに対して、赤道から遠い寒冷地などの寄生生物が少ない環境では、このような伝染病や寄生生物を、よそ者やその所有物からもらうリスクが低下します。一般的に、外部集団と交流すると、新たな資源・知識・発明・配偶者・友人・味方・遺伝子を得る機会ができることから、寄生生物のリスクが低い地域に暮らす人たちは、よそ者を恐れずにコスモポリタンな態度で交流する方が得をすることになるでしょう。
 同じようなことは米国国内でも言えることです。たとえば、20世紀初頭の米国では、南部で十二指腸虫が猛威を奮っており、南部の人々の大部分が貧血に陥っていました。その時代の南部はマラリアにも苦しめられており、これらの流行を抑えるには湿地の干拓などの大規模な取り組みが必要でした。このような要因もあることから、米国南部はいまだに北部よりも排他的で、家族の絆が驚くほど強く、内集団と外集団をはっきりと区別します。このような自民族中心主義の名残が、現代における南部の保守政党の支持や信心深さとして残っているのです。
 このような寄生生物と部族主義の関係を確認するために、フィンチャーとソーンヒルらの研究グループは、世界から97の地域(国と都市国家)を選んで、人間の生殖適応度を下げることがすでにわかっている9種類の寄生生物がもたらす病気の患者数に関するデータを使って分析を行いました。具体的には、リーシュマニア、住血吸虫、リパノソーマ、マラリア、フィラリア、ハンセン病、デング熱、腸チフス、結核の患者数からさまざまな地域の政治的・社会的態度やビッグファイブがどのぐらい予測できるかを調べたのです。その結果、寄生生物の多い地域ほど、人々が内向的で新しい経験を求めることが少なくなっており、開放性と外向性のスコアが低くなっていることが判明しました(注15)。具体的には、ビッグファイブのスコアを平均できる23の地域(いちばん正確な推定ができる地域)で、寄生生物の量と開放性の相関はマイナス0.6で、外向性もだいたい同じくらいの相関がありました。こうした相関は、平均寿命、一人あたりのGDP、政治的態度(個人主義か集団主義か)で統制してみても、依然として確かなものであったことが確認されています。
 また、ソーンヒルとフィンチャーは、寄生生物の多さがその国に与える影響を調べるために、民主主義指数、自由度の指数、有権投票率、市民の自由、富の分配、ジェンダーの平等などの尺度を基準にして、世界の国々を「完全な民主主義」から「独裁政治体制」まで、いくつかの段階に分類し、寄生生物の量と比較しました。その結果、寄生生物のストレスが大きい国ほど、ジェンダーの不平等があり、独裁政治になる割合が高く、富は少数のエリート階層に集中する傾向にあることがわかりました(注16)。これに対して感染症の発生が最も少ない国々では、女性が男性と平等の立場をもつ傾向が強く、富が国民に公平に分配されているだけでなく、人権も尊重され、民主主義が採用されている割合が圧倒的に高かったのです。
 寄生生物の多いホットゾーンに住んでいる集団では、一般的に性や衛生に関する決まり事や慣習に従う圧力が強まると同時に、しきたりに逆らう人に不寛容な風潮が生まれます。そして、伝統が神聖化されて強制されることで、階層化社会が生まれ、人々は規則や伝統に従って権力に屈することに慣れてしまい、反対意見を出しにくくなります。このような事情もあって、寄生生物の多い地域では抑圧的な独裁政権が樹立されやすいのです。
 一般に、温帯・寒冷地域よりも熱帯地域のほうが、病原体のような寄生生物の密度がはるかに高く、現在でも常に新しい病気を生み出し続けています。このように気温が高い環境では病原体負荷が高く、ゼノフォビア(よそ者嫌い)のメリットとゼノフィリア(よそ者好き)のデメリットが増大します。このため、赤道に近づくにつれて、内向きの小規模な集団が多くなることで地域ごとの言語や宗教の数が増え、住民はよりゼノフォビアで性道徳が厳しくなる傾向にあります。言葉や宗教を多様にすることで、外部の集団と交流する機会を減らそうとするのです。このような地域の女性は、「性に対して不寛容」で制約のある性生活を送っており、生涯で経験するパートナーが少なく、性行為は信頼し合える関係に限られるべきだと考えていることがわかっています(注15)。ちなみに、赤道付近に住む男性も女性ほどではありませんが、このような控えめな性生活を送っていることが報告されています。これに対して、病原菌が少ない地域の人々は性に関して寛容で、多くのパートナーと性交することに抵抗がありません。赤道から遠い高緯度の地域では寄生生物が少ないために、こうした病原菌などによるリスクが低くなることから、性道徳がゆるく、よそものに対する心理的抵抗が少なくなります。そのため、盛んな交易に対する需要が勝り、大規模でより外向きな共同体が形成される傾向にあるのです。
 もともと宗教は集団の性道徳を管理するだけでなく、小規模社会の結束と帰属意識を強化する方法として進化してきました。世界観を共有し、同じ宗教的経験をもち、同じ行動規範に従うことは、どうしてもグループ内の人々とグループ外の人々とのあいだに明確な境界線を引くことになります。宗教への「信心深さ」がもたらすこのような仲間意識と性道徳が、病原菌などの寄生生物の多い熱帯で生き抜くために必要とされてきたのです。そして、第1章のRWAテストで述べたように、これら3つの傾向「自民族中心主義」「信心深さ」「性に対する不寛容」がセットになって「部族主義」という概念を形成し、右派を特徴づける3つの価値観のひとつになっていました。


13. Allik J, McCrae RR, “Toward a geography of personality traits: Patterns of profiles across 36 cultures”, Journal of Cross-Cultural Psychology, 2004;35:13–28.
14. Fincher, C. L., Thornhill, R., Murray, D. R., and Schaller, M. (2008). Pathogen prevalence predicts human cross-cultural variability in individualism/collectivism. Proceedings of the Royal Society, London275B: 1279-85.
15. Schaller, Mark, & Murray, D. R. (2008). Pathogens, personality and culture: Disease prevalence predicts worldwide variability in sociosexuality, extraversion, and openness to experience. Journal of Personality and Social Psychology, 95, 212-21.
16. Randy Thornhill, Corey L. Fincher, Devaraj Aran, “Parasites, democratization, and the liberalization of values across contemporary countries”, Biological Reviews, 2009 Feb;84(1):113-15.

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