暖炉の前の老人と私 〜嘘について〜
「じゃあ、今日は私から質問してもいいですか?」
「ふむ。なんだろう。」
「おじいさんは、人はどうして嘘をつくと思いますか?」
今日も温かい暖炉の前、老人は眠っているように目を瞑りながら木肘をひと撫でした。
「ほう。これはまた、難しい質問だ。」
「私、最近友達に嘘をついてしまったんです。ある発表があって、その子がちょっとしたミスをしてしまったんですが。終わった後に彼女すごく落ち込んでいて。それでつい私、"大丈夫。全然わからなかったよ"って言ったんです。でも、そのミスは誰から見ても明白なものだったし、彼女は私の言葉を聞いてちょっと苦笑いのような顔をしたんです。
私は、慰めたい気持ちというか、よかれと思って彼女にそう言ったんですけど、あとから、でもこれって嘘をついたことになるよなって思って。彼女もきっとそう気づいただろうし、そう思ったらなんだか私が言った言葉はかえって彼女を傷つけてしまったんじゃないかと思ったんです。」
「なるほど。君は彼女のことを思ってつい口にしてしまった嘘に悩んでいるんだね。」
「はい。嘘の言葉で彼女をフォローしても、私にとっても彼女にとってもなんだか意味がなかったかもしれないなぁって...。」
「ふむ。確かに人はよく嘘をつく。そして嘘を付く理由は様々だ。自分を偽りたい時、ごまかしたい時、認められない時、あるいは本当はそうなりたいという願いのような場合もあるだろうし、君のついた嘘のように相手を思って、優しさや思いやりの手段としてつく嘘もある。」
「思いやりの嘘って、本当に思いやりになるのでしょうか。」
「それは一概にどちらとは言えないかもしれないね。それに救われる人もいれば勘違いを生むこともあるかもしれない。いい嘘もわるい嘘もその時々によって変化するし、世の中にはたくさん溢れている。
だが、私は嘘をつくこと自体は悪ではないと思う。時には嘘もついて、君のようにその嘘は本当に必要だったのかと考えながら必要な嘘だけつけばいいのではないかな。
そして人に言われた嘘には、気がついてもその言葉そのものにはとらわれずに相手がどんな気持ちでそれを言ったのかを考えれば、おのずと嘘から真意にたどり着けるんじゃないかと思うがね。」
「罪を憎んで人を憎まず、とちょっと近い感じですね。」
「そうかもしれないね。
さて。ところで君がこの間来てから、長生きするために酒を控えていたんだ。次に君が来た時に一緒に開けようと思っていたんだよ。そこの瓶を取ってくれるかな。君のグラスも一緒に。」
「おじいさん、私、結構めざといんです。あの瓶の中身がこの間来たときよりも減ってるの、知ってますよ。」
「おやおや、そうだったかな。いや年を取ると小さな違いに気づけなくてね。」
「でもその嘘、今日は信じることにします。」
私はそう言って、戸棚から瓶とグラスを取りだした。
「ふむ。どうやら君には、嘘をつかない方がよさそうだ。」
老人はそう言いながら、椅子の木肘をもう一度撫でた。
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