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夢とビールを追いかける彼、を追いかける旅。


夢を追うということ。
ある種現実を見ずにというくらい、リアルな現状を考えずに、または考えたその上で、純粋に「やりたいこと」「生きていきたい道」「自分の理想」を掲げ続け、それに向かって邁進することができる人は、大人になってから果たしてどれくらいいるだろうか。

青春時代が過ぎ、色々経験して、お酒も嗜むようになって、ある程度”大人”になった私たちは、ある意味大人になったフリが上手くなったとも言えるかもしれない。
それでいてどこかで、小さな頃に思い描いたような奇跡の出会いや、偶然が生む出来事に目を輝かせたり、それを願ったり、時には運命だと感じたりもする。

結局のところずっと私たちは、夢や奇跡を信じていたいのかもしれない。
だからこそ、純粋にそれを信じて突き進む人に、多くの人々が魅了されるのだろう。


そしてこの「HOP TRAVEL ハラタウ-1000年の土地- 」も、まさにそんな気持ちになれるとても読後感のよい作品だった。

「美味しいビールを探す旅」に出て消えてしまった恋人を探す、というなんとも不思議かつちょっと穏やかではないはじまりかと思いきや、まるで隣に座って一緒に話を聞いているように物語は静かに進んでゆく。
そしてバーカウンターに座っているようだと思っていたら、いつのまにか世界に旅立ち、ビールの歴史や各国のグルメまでも楽しめる。
そして最後にはすっきりとした後味のいい結末が待っている。


何事もやはり「後味」というのはとても大事だ。
どれだけ最初の口当たりがよくても、後味が悪ければもう一口…とはならないかもしれない。
そしてこのヱビスのホップテロワールも、口に含んだ瞬間に程よく華やかでスパイシーな香りが広がるのもさることながら、苦味とともに訪れるさわやかな後味に、ついつい次の一口を急ぎたくなるような美味しさだ。


「いかがですか?」

「あ、美味しいです。すっきりしてて、この苦味がすごい好きです。」

「よかったです。通常のヱビスビールとはだいぶ違いますよね。」


そう、私は今、YEBISU BARにいる。
どうしてもこの物語を読みながら、ハラタウのホップの味を樽生で味わいたくなって、勇気を出して足を運んでみたのだ。

YEBISU BAR。
なんだか敷居が高いような気がして普段1人では入らないようなお店だったが、訪れてみると、サーバーが目の前に広がるゆったりとしたカウンター席は、とても居心地がいいし1人でも気兼ねなく座っていられる。


「あの...ちなみに、このテロワールはこの図でいうとどのあたりになるんでしょうか。」

にこやかに話しかけてくれた店員さんに私は思い切って聞いてみた。
"わからないことは人に聞くのが一番だと信じている"という、小説の中のマスターの言葉が頭の中に残っていて、それが背中を押してくれたのかもしれない。

メニューには、YEBISU BARのレギュラーラインナップであろうと思われる5つのビール。
特徴などの説明と共に、どんな食事に合うかというおすすめ情報も書かれている。そして左端には定番のヱビスビールを中央に配置して、その他4種のビールとの味の違いが図になって記されていた。

「濃い味/薄味」の縦軸と「こってり/あっさり」の横軸で構成された座標図の中で、それぞれがどのあたりに位置しているかがわかりやすく表されている。
私はここには載っていない新しいホップテロワールは、5つのビールとの関係性でいくとどのあたりに位置しているのかが知りたかったのだ。(全部飲んで体感せよという話かもしれないが)

店員さんは、中央にあるヱビスビールのやや斜め左下辺りを指して言った。

「うーん、おそらくこのあたり、かと思います。普通のヱビスビールよりも少し薄味であっさりですが、でもこの軸にはない苦味や特徴的な香りがあるのがこちらのホップテロワールですね。」

説明を聞き、ふむふむと図を眺めながらもう一度ホップテロワールを味わう。


ちょうど片手に読み進めていた物語は、ハラタウのホップ畑のくだりにさしかかったあたりだった。
文字を読み、ビールを一口飲んで、目を瞑ってみる。
口の中に広がる心地よいホップの苦味と香り。頭の中に広がるハラタウの景色。
これぞまさに、ホップトラベル。
小説という、食べ物に負けず劣らずお酒にマリアージュする最高の相棒に出会ってしまったかもしれない。


この本は、心躍る物語に夢中になるし、ビールについて勉強になるし、そして絶品のおつまみになる。
なおかつ、今まで知らなかった美味しいビールとの新たな出会いをもたらしてくれた。

私なんかが言わずもがな皆そうするかもしれないが、是非片手にホップテロワールを持ちながら読んで欲しい、そんな物語だった。



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