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また会いたくて、ロックス・ベーグル

ベーグル。

甘美な響きである。ジャムやクリームチーズを挟んだ甘いベーグルもいいし、サラダやアボカドのようなごはん系ベーグルも捨てがたい。ベーグルそのものの生地もゴマがふんだんに使われたものや、レーズンなどが練り込まれたものなどバラエティが豊かで、飽きが来ない。もちもちの生地の中に挟まるさまざまな美味しいものたち、その断面からは形容し難い「かわいさ」のようなものを感じ、写真を撮らずにはいられない。おしゃれで有名なベーグル店のベーグルももちろん好きだが、学食で一番安い、ただバターを塗っただけの簡素なベーグルだって侮れない。とにかく、ベーグルは安くて美味しくて、手軽でニューヨークに似合う素敵なたべものなのだ。

あるとき私は猛烈にベーグルが食べたくなり、大学に向かう通学途中に買うことにした。バスを途中下車し、初めて入るベーグル店に心躍らせていた。普段ベーグルを買うときは安く済ませるためにクリームチーズだけ挟んだベーグルなどのかんたんなものしか頼まないが、その時は初めてきたベーグルのお店だし、せっかくならばとずっと食べてみたかったベーグルを注文しようと心に決めていた。

その名を「ロックス・ベーグル」という。

ロックスとはスモークサーモンのことで、サーモンとクリームチーズが挟まったベーグルのことをロックス・ベーグルと呼ぶ。わたしはろくに値段も確認せず、溢れんばかりのよろこびを抑えて注文をした。ああ、憧れ続けたスモークサーモンのベーグルが、やっと、やっと食べられる!余談だが、アメリカに来てからはあまり魚を食べる機会がなかった。というより買い方がわからないのと魚の種類もわからないのとで手が出せていなかったのだ。久しぶりの魚、大好きなサーモン、そしてそれらをベーグルとして食べられる!わたしの気持ちはほとんど有頂天で、出来立てのロックス・ベーグルを受け取った。

レジに進む。無愛想な店員と浮かれたわたしの間には温度差があり、髭面の彼は眠そうに、そして気怠げにただ$12.50と呟いた。

$12.50

耳を疑った。というか聞き直した。高くても、10ドルはしないだろうと思っていた。いや、正直なところ8ドルでも高いかもと思っていた。ベーグルに12ドルだなんて、12ドルだなんて......12ドルあればもっとたくさんのご飯を食べられるはず、と咄嗟に考えてしまうところに自分の性が出るなと思う。

有頂天だったわたしの気持ちは地の底に落ちた......とは言い過ぎかもしれないが、思っていたより倍近く高かったので普通にへこんだ。わたしはロックス・ベーグルを甘く見ていた。肉厚なサーモンと白く輝くクリームチーズがふんだんに使われた手のひらの中のロックス・ベーグルは、貧乏留学生にはただただ早かったのだ。

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(それにしても断面図が可愛いし、サーモンもジューシーでとても美味しかったことは事実。)

それから2ヶ月ほど経ち、わたしはロックス・ベーグルとは距離を置いていた。9ドルの中華ランチの方が2食分くらい入っていてコスパがいいからだ。それに最近はずっとお弁当を持参していたから、ベーグル自体を食べることもなかった。

ところで、最近わたしたちの間では「Too Good To Go」なるアプリを使うのがちょっとしたブームだ。このアプリを使うと廃棄前のパンやお菓子、さまざまな食べ物を半額以下の価格で買うことができる。自分で商品を選ぶことはできないので受け取るまで何が入っているかわからないのだが、それもサプライズボックスのようでなんだか楽しい。サステナビリティを意識した取り組みとしても素晴らしいし、何より貧乏留学生にとっては経済的に最高に助かるアプリなのである。

ある日、このアプリを教えてくれた近くに住む大学の同級生から「ベーグルいる?」と連絡が来た。彼女いわく「Too Good To Go」でベーグルもらいに行ったら15個ももらってしまい、流石にひとりじゃ食べられないからもらって欲しいとのことだった。

「もちろん!」ルームメイトと二人、喜んでもらいに行った。彼女は6個もベーグルをくれて、わたしはこれらを前にしてこう思ったのだ。「もう一度、ロックス・ベーグルに会いたい」と。アメリカでロックス・ベーグルを経験したことのないルームメイトに「絶対美味しいから!」と提案し、スーパーマーケットでクリームチーズとスモークサーモンを買い、やっと再会することができた。スーパーで購入したサーモンもなかなかいいお値段だったので、ロックス・ベーグルがあんな値段になってしまうのも仕方ないと頷きながら頬張った。

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そして数ヶ月が経ち、私はモデルとしてある撮影に呼ばれた。この経験はとても素晴らしいものだったので、別の機会に書きたい。とにかくその撮影の休憩中に、「何か食べたいものいる?」とディレクターの方がおっしゃってくれて、もう一人のモデルさんが「あ、あたしロックス・ベーグルで」と言ったのを私は聞き逃さなかった。「私もそれで!」と半ば便乗する形で、数ヶ月ぶりにまた会えたのだった。

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やはりお店のベーグルは美しく、肉厚なサーモンが輝いていた。もちろん自分たちで作って食べることは本当に楽しくて美味しいのだが、そこは貧乏留学生。いかに何回サーモンを楽しめるかという思考が働いてしまい、作るときに無意識にサーモンをけちってしまうのだ。まあこんなにたくさんサーモン入ってたらそりゃ高いよなあ、とぼんやり思いながら、この日も再会を噛み締めながら味わった。

今度はいつロックス・ベーグルに会えるのだろうか。


また会えたらいいな、と思いつつ今日もオートミールを食べるのであった。

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