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冷や汗をかくほどの贈りもの

35×2のちいさな黒い粒。
教室にみっしりと並んだそれは、初夏のデラウェアみたいに瑞々しくて、まんまるで、そして、何を考えているのかわからない。
本の表紙を抱いて、黒板を背にして立つと、いつだって、どんどん舌が乾いていくのに、脇の下はじっとりと湿っていく。しまった、またグレーのシャツを着てきてしまった。
それでもニッと笑って、今日はこの本を読みます、とはりきった声を出すと、なになに、とか、あっ、それ読んだことあるー、という声になって返ってくる。
左手を軸にして、視線の重みを支える。右手でゆっくりと表紙を開く。そうして、毎週月曜日の朝の物語がはじまる。

今年の春から、小学校で読み聞かせのボランティアをはじめた。
週に一度、十分間。ボランティア仲間たちと割り当てられたクラスを回って、本を読む。
その日、その日によって、ひっくり返るほど盛り上がるときもあれば、冷や汗が出るほどシーンとしているときもある。
ひとり、自宅の姿見の前でこそこそと練習を重ねても、どんなリアクションが返ってくるのかは、実際に子どもたちを前に読んでみるそのときまで、本当にわからない。

どんな本を選んで、どんな本を読むのか。
ボランティア仲間と交流をしていくなかで、選書には、その人の生き方が反映されていることを知った。
そのときどきのニュースや、季節に触れて感じたこと。いままで見てきた情景。面白いと感じるものや、大事に思っていること。そういったものが、そっと香り立っている。わたしはその香りに鼻を寄せることが好きだ。
わたしの選書からは、どんな香りがしているのだろう。そう思うと、緩んでいたおへそのあたりにきゅっと力が入る。
そんな、個性そのものともいえる選書にも、たったひとつの共通点がある。それは、子どもたちに豊かな時間を過ごしてほしい、という気持ちをいちばんに持って、選ばれているということ。

小学校でもお金儲けの方法を教えるべきだ、というインフルエンサーの意見に、たくさんのハートマークが贈られる社会の隅っこで、わたしたちは本を読みつづける。
この行動が、なにか大きな結果につながることはないのかもしれない。それでもいい。この行動そのものが、わたしたちからのメッセージなのだ。
わたしたち大人は、あなたたちのことを、とても愛おしく、大切に思っているよ。ときに脇汗や、冷や汗をかいてしまうほどに。

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