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教室のアリ 第27話 「5月10日」①    〈期待と不安をランドセルに詰め込んで〉

 オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。
仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
「あんたは食いしん坊だね〜」給食が終わった時、赤いチェックのスカートを履いて、髪は肩の長さで前髪はまっすぐな女の子がダイキくんに言った。
「まぁ、きのうよりは食べたけどいつもの勢いはないよね」ポンタは静かに解説した。
「じゃんけんもしなかったし」まるおはどこか寂しそうだった。
このあと、午後の授業が終わったらオレたちは『決死の大冒険&恐怖のランドセル』の旅に出る。その覚悟はこの2匹にあるのだろうか?オレは前回の体験を2人に説明した。

「大げさでしょ、教科書が降ってくるって…、でも人間の家に行ってみたい!」「そのコロッケのまわりの茶色いところ、マジ食いたい!楽しみすぎる!」人もそれぞれ…アリもそれぞれ…そう思った。
 6限が終わるころ、ヒラヤマ先生の机の下から静かに素早く移動した。窓側の壁沿いを一列で進み、教室の一番後ろまでたどり着いたら角に沿って左に曲がる。木の柱4つ目を少し登った左側にダイキくんのランドセルがある。オレは2匹に言った。
「腐ったジャムがあるかもしれないから気をつけてね。足がくっつくかもしれないし、とても臭い」
「わかった!それは食べてもいいの?」まるお、先が思いやられるぞ…。オレたちは人間から見れば小さな隙間からランドセルに入った。いろんなことを知っているオレは息を止めた。でもジャムも…パンも…ランドセルにはなかった。
「臭くないじゃん!ジャムもないし…給食をもっと食べとけばよかった」まるおはがっかりしていた。ポンタはじっくりとランドセルの中を観察していた。オレは2匹に言った。
「もうすぐダイキくんはダッシュでランドセルを取りに来て、自分の机に運び、筆箱や教科書を投げ込むから隅でじっとしているか、素早くかわすんだ」そういうとまるおは、
「まかしとけ!」頼りななると思った。
でも、オレの注意は意味がなかった。ダイキくんは静かにランドセルをロッカーから取ると、机の上で横にして丁寧に教科書、ノート、筆箱を入れ、担ぎ、さよならと小声で言って歩いて校舎を出た。揺れなくて臭くないランドセル…ダイキくんが心配だ。
 3匹でランドセルから顔を出した。2匹は空の近さに感動して、オレは風の匂いを触覚に浴びた。人間がいる、アリもいる。蝿もいるし、蜂もいる。犬も歩いていた。この街では誰が偉いのか?人間がこぼさないとオレたちのエサは無いから人間が偉いのかな?家もビルも車も人間が作った。アリは…オレたちは何も作ってない。ただ集めて食べるだけだ、ひたすらに…でも今は、今のアリ生はとっても楽しい。ダイキくんは楽しくないようだ。
「あの建物の一番上に行ってみたい」とポンタが言った。
「あの娘が食べているアイスが欲しい」とまるおが言った。
「オレは海が見たいんだ…」
ダイキくんの家はもうすぐだ。ヒューと冷たい風が吹いた。灰色の雲がやってきた。雨が降りそうな金曜日の夕方だった。

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