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活動紹介② 原体験〜どうして音楽と教育で居場所づくりしたいか

これから実現したいアート空間づくりのために、今まで出会った人、これから出会う人に向けての、僕がこれまでしてきた活動や考えてきたことをまとめ。

第二弾はバンドのことを紹介する後編に入る前に、僕が音楽を始めた高校時代の背景と、それを踏まえ音楽と同じ程大事にした大学での学びを紹介したいと思います。

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○成績を褒められることが通用しない高校への進学

僕は学歴主義かつ、狭い世界の中で個性的であることを求められるような高校に馴染めていませんでした。

それまでは勉強の成績を先生や親から褒められることが大きな物差しとなり、それが自分の取り柄だと思っていました。

しかし、勉強できることが当たり前の学校に入ってしまったことで、他に誇れるものを見失ってしまったのです。


○救いであり、救われなかった作詞作曲

そんな高校生活の中だからこそ生まれたのが、作詞作曲でした。その頃どハマりしていたBase Ball Bearの詞曲や世界観を参考にしながら、モヤモヤをノートの隅っこに歌詞にしていました。

しかしその曲たちが高校時代に花開くことはありませんでした。一応入っていたバンド部も、ライブで盛り上がるのはクラスの人気者のものばかり、冴えない僕らが組んだバンドでオリジナル曲をやってみたところで、響くはずもありませんでした。
バンド部のなかでオリジナル曲を作っている人たちは私立ということもあってか既にいろいろな機材を持っており、その辺の技術や持つものの差も出たのかもしれません。

高2の冬を最後に、僕は楽器を弾くことも、作詞作曲も一度止めてしまいました。


○冴えない高校生活を分析したく、教育に興味を持つ

高3の夏、勉強のやる気や意義を見いだせないままみんなと同じようにトップ校を目指すのか...親と喧嘩したり、成績を周りから隠すようにしたりと、悩み、ごまかしていた日々の中で、ふと思い立つ瞬間がありました。

『この学校生活や勉強に対する上手く行かなさは何なのか、知るために「教育」を学びにいこう』

やっと自分の意志で、志望大学や志望校を選択することができました。

それでも親の要望を完全に跳ね除けられるわけでもなく、苦手なくせに一般受験で国立を受けることが王道だという学校の方針から逸れきれず、受験は失敗し、浪人することになりました。

浪人した予備校もトップクラスのものを半ば選ばされることになり、その中で自分の行きたい方向をぶれながらもなんとか保ち、結果として、第三希望の私立大に進学することになりました。

他の法学部のところを親には散々勧められましたが、そんなになるつもりはなかったけれども「教師になるから」と建前をついて、自分の志望を貫きました。


○大学で学んだ、誰もが抱える学校・家庭での「生きづらさ」

大学でとった授業のなかで、まず教育社会学、青少年心理学が関心の中心になりました。
その中で学びとったのは、学校という狭い社会と規則に乗っ取った生活が抑圧性を生むこと、そんな窮屈さがいじめだけでなく、スクールカーストという心理的な階級付けをもたらすこと、その抑圧性に耐えきれなかった子どもたちが不登校となること、などです。

中高時代は不登校の同級生のことを、変わった遠い存在のように思ってしまっていたが、今では、誰しもに起こり得ることなのだと感じています。

実際、不登校になる子どもはクラスメイトから嫌がらせを受けてた子だけでなく、クラスの人気者で、空気を作らなければいけないプレッシャーにぷつんと途切れてしまった子もいるという事例を学びました。

そうして高校時代に感じてた自分の経験にも意味づけができるようになるなかで、
高2ぶりに、高校時代のモヤモヤを総括したような曲「青春グラフィティ」
https://youtu.be/rtozYCV3jXs
原曲は高校の文化祭で失敗したもので、その曲のアンサーソングとしてリアレンジし、今を肯定する曲「残光」
https://youtu.be/OAy3Yt_3tps
を作ることができました。
「青春グラフィティ」のtux guitarというフリーソフトで作ったデモが、前の記事で書いたようなバンド結成のきっかけです。


○サードプレイス×アート で居場所づくりを

親の意見だって、たった一人二人の人間の言う事にしか過ぎません。学校と家庭という大半の子どもたちの過ごす場所も、たった2つの世界に過ぎず、その外にはフリースクールや、行政・NPOが運営するような青少年センター、青少年の居場所があるのです。

これら、学校とも家庭とも異なる場所は、よく「サードプレイス」と言われます。

この「サードプレイス」は、スポーツクラブや趣味の集まりのように、ライブハウスのようなアートも含まれるのではないかと、大学生になって始めた外での音楽活動を通して感じるようになってました。

大学は自分の学びたいことを学んで充実していましたが、人間関係が豊かだったわけではありません。

専攻内の音楽イベントにも携わっていましたが、結局、盛り上がってそのあとも話が続くようなのは、専攻の中心人物ばかりなのです。

それに引き換えライブハウスでは自分の歌を突き詰め、好きなように歌えます。みんながそれぞれそうして輝いているから、必要以上に慣れ合わず、互いをリスペクトする言葉を掛け合い、あとは各々の好きなように過ごす。

この自由度、自立度こそが、サードプレイスにおいては重要であると僕は思ってます。

サードプレイスという用語はそもそも都市空間を研究する社会学用語で、海外のカフェ、パブ、公園のような場所を指します。

海外では仕事の前や後にそれらの場所に立ち寄るのが当たり前で、そこで自分の時間を自由に過ごすだけでなく、仲間や居合わせた人とのコミュニケーションを楽しむようです。

その道中にはストリートパフォーマーがおり、道行く人を楽しませます。

日本には見られない光景ですが、僕はこれを理想形に思っています。
幅広く選択できるサードプレイスの中に、ライブハウスやギャラリーの中だけに留まらない、入りやすいアート空間があり、子ども・若者を始め様々な人々の自己表現、交流の場になるように、自分もできることをしたいと考えています。

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