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【小説】『規格外カルテット』10/10の上のa

 ここまで来たならもうひとカオス
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(10回中10回目の上のa:約3800文字)


10 ルビーホワイトとビターミルク


「へー。アイツ昔そんな面白そうな事やってたんだ」
 一つを頼んで分け合えば充分なほどのカロリーを有しているのに、どうして女性は一人ずつ別々のパフェを注文するのか、蜂須賀大には理解し切れないところがある。
「ムダに身体能力高いなコイツ、とは思ってたけど」
「あの頃の兄は輝いていましたし、私達一家の誇りでした」
「誇りが聞いて呆れないか。その後の扱い方見てると」
 年に数日ほど設けられた、施設全体の休館日、という事で、社内で仕事仲間としては言いにくい近況を報告し合う良い機会だと、咲谷瑠美から呼び出された。蜂須賀に合わせて休みを取っていた白井みるも付いて来て、昼下がりの客の入りはまばらなファミレスの、一テーブルを占めている。
 二方向を囲ったソファー席の、壁側席にみる、窓側に咲谷が一人ずつ、通路側のイス席が蜂須賀になるのは良くある光景だろう。
 特に口には出さなかったものの咲谷をわりと驚かせたのは、白井みるがちょっと見ない間にスタイルを変えていた。三つ編みをやめて下ろし髪をクリップで留めていたり、ネックリボン付きのブラウスにAラインのスカートだったりと、まだ勉強中のようだが一枚脱皮した感じだ。
 今日は咲谷がワンピース、とは言っても容姿と体型に恵まれているからこそ成立する、シンプルなIライン。ジャケットを羽織ってファミレス仕様だが、とっさのデートにも切り替えられるようにしてある。
「腹と背中に一つずつ、ふさがってるけど結構えぐい傷痕あったからな。どんだけヤバい奴らから恨み買ったんだよって」
「14、5時間に及ぶ大手術でしたのよ。その間私も母も、生きた心地がしませんでした。父だけは、方々に謝らなくてはとあちらこちらを駆け回って、憔悴し切った父の世話もまた、翌日から大変で」
「契約してた弁護士さんが、良い人、ってか、当たり前の仕事きっちりやってくれる人で、変な賠償金払わされないで済んだし保険もしっかり下りてくれたんだってな。余計な事ばかりしてくれる、って弁護士は、親父さんの方にぶちギレてたみたいだけど」
 それぞれが自分の好きなように、全く別の話をしているようで、なぜか全体は進んでいるという、女性性を見事に発揮した会話も蜂須賀は苦手だ。口を出したくて仕方がないが結局出した方が邪魔になる。
「二人とも、ちょっと」
 目線は上げてくれたが二人とも、パフェ用のスプーンから手は離していない。
「当時の話は今後、あまりしない方が良いと思う。彼には強いトラウマになっているから」
 並んだ顔を見合わせてまた、蜂須賀に向けて来る。
「だから?」
「え?」
 次の発言はもうそれぞれのパフェを楽しみながらだ。
「過去の栄光これ見よがしにひけらかしてくる野郎の方がしょーもねぇ。トラウマです堂々としゃべれません、ってくらいの方が、こっちとしてはちょうど良いよ」
「私達がここで今、楽しくお話する分にはよろしいんじゃなくて?」
 それぞれに、違う意見をしかし一致している。
「いや。ここで今楽しく話していてつい家でも、なんて事になったら」
「お前私のことなめてんのか? どんだけの個人情報に、守秘義務扱ってきたと思ってる。ってかその辺の心得お前に教え込んだの私だよな?」
 仕事仲間の先輩からは、イチゴを食べながらのお説教だ。
「兄もおバカさんなんです。人が輝けるかどうかなんて、ちょうどその時スポットライトが当たる所にいられたかどうかの話でしょう?」
 妻になる予定の彼女の方は、チョコレートソースがかかった輪切りのバナナ。
「輝きが弱まろうとくすもうと、表舞台からは見えなくなってしまおうと、そのくらいで愛せなくなる私達ではありませんのに」
 ねー、とどこの流れでどう掴んだのか、タイミングもピッタリに笑い合っている。押し流されて黙ってしまっても良いのだが、
「あと」
 蜂須賀はもうひと押し頑張りたい。
「これからは彼の事を、『シロさん』と呼んでいくのはどうだろう」
「シロォ?」
 すぐに先輩からは反発があった。
「うん。名前を呼べないのはさすがに」
「犬じゃねぇか」
「いや。そういう意味じゃなくてですね」
「兄の海外での登録名ですわね」
 彼女からの声色も、蜂須賀が予想していたより少し硬い。
「私は、呼びたくありません。あの頃の兄はやはり、少しばかりうぬぼれていましたもの」
 目線を上げて遠くの思い出を見詰める表情も、少し厳しかった。
「日本に戻るなり何もかもが上手く行かなくなったのは、それまでの発言に振る舞いが、積み重なったせいでもあるんです。とは言えあの頃は、父に母も図に乗っていましたし、私も『難しい事はみんな大人の人達がきちんと決めて守ってくれる』と信じ込んで、自分では何にも考えていませんでした」
 苦い味でもするみたいにソフトクリームをかき回して、思い出を語る間は食べずにいる。
「周りの人達がお互いに、押し付け合って、誰もきちんと兄を見ていなかったし、支えていなかったんです。だから誰か一人を責めれば済む話だなんて、全く思いませんけれど」
「ってか蜂須賀、私だいぶ前からフツーに『シン』って呼んでんだけど」
「あ」
 言われて気が付いたが簡単かつ効果的だ。
「『シンー』とか『シーン』とか、ちょいとリズム付けて呼んでやったらまた違った響きに聞こえんだろ。向こうでも大して気にせず『はーい』って返して来るし」
「素晴らしい御配慮だと思いますわ。さすがはお姉さま!」
「よせって。あんたから『お姉さま』とか呼ばれると、色んな意味でシャレにならない」
 今までそこに気付けなかった事を、不甲斐なく思って落ち込み始めていた蜂須賀に、女性の二人は容赦が無い。
「ってか蜂須賀、お前しれっとファンだったくせに、目の前に本人が来ても気付かないとか、なっさけねぇ」
「うっ」
「そうしたにわかファンの存在もまた、兄の心を痛ましめたのですわ」
 ドスッと音がするような直撃弾を心に喰らって、顔色を無くしている。首を支える力も失いうなだれる蜂須賀を、これまで見た事がなかった咲谷は多少うろたえたが、
「おい私はともかく今のお前のはたち悪くなかったか?」
「ふふっ。冗談です。大さんには本当に感謝しています」
 白井みるはグラスの底でソースの染みたフレークを食べながらの事も無げだ。
「女の子はイジワルな冗談が大好きなんです。だって、何かに打ち込めてその他の事は忘れてしまえる男性と違って、女性はありとあらゆる全ての事を、覚えてしまっているんですもの」
「ビアンの私に言わせりゃそう女性女性って、ひとくくりにしないでもらいたいんだが」
「あら。女性性に男性性は、どんな方でも持っていましてよ。私は今一人の人間の中の、両翼の話をしたんです」
 両翼、という言い方が独特かつ新鮮だな、と聞いていた二人は顔を上げた。
「兄の話で例えるなら、長い間男性ばかりを大切にしすぎたんですね。だから放って置かれ続けていた、兄の中の女性が暴れ出しちゃったんです。『アタシもここにいるのに。もっとかまってかまって』って」
「かまってちゃんかよ」
「かまってちゃんに罪なんかありません。かまってちゃんを作り上げちゃった、周りの状況をちょっとくらい見渡すべきですわね。個人も社会も長い間、男性ばかりを愛しすぎて、全体がゆがんで見えちゃってるんです。生物学的性別と社会的・役割的性別は、全く別の物だという、これほど当たり前のお話を、どうして皆さんお分かりにならないのかしら」
 そろそろ食べ終えてきた二人には、蜂須賀がドリンクバーだが飲み物を用意していた。二人ともティーバッグの紅茶でみるはアールグレイ、咲谷はダージリン。蜂須賀は初めからコーヒーだ。
「あんたも私の事『汚れた魂』とか言ってたけどね」
「あの時は、貴方への疑いがまだ晴れていませんでしたもの。男も女も構わずに次々相手を取り替える、サキュバス(淫魔)にでも憑かれてしまった方かと思ったんです。それはそれで、失礼な思い込みを致しましたから、謝りますけれど」
 二人とも牛乳派なので、それぞれの紅茶にポーションのごときは絶対に使わない。使うくらいならストレートで構わないと決め込んでいる。
「それに貴方は確か、あの時『基本』と仰っていましたから。『基本女の子が好き』って、おそらく兄の事が頭にあってつい飛び出したひと言だったのでしょうけれど」
 カップに口を付けながら徐々に赤くなっていく咲谷に、気付いた蜂須賀は目を逸らしなるべく声を立てずに笑っている。
「それではあの時の、私の耳には届きません。私だってビアンという用語くらいは知っていましてよ? はっきりそう言って下されば、あの場ですぐ伝わりましたのに」
「いや。そういった言葉には縁が無さそうな、お嬢様みたいに見えたからさぁ」
「それもまた、見かけで人を判断しすぎではございません?」
 なんて言いながらにっこりと微笑んでくる様子が、咲谷にはちょっと怖い。長く話してみて分かってきた事だが、決して育ちの良さからではない、他人と壁を作って距離を置き、おそらくはとっさの本音を押し隠すための敬語を使っている。
「ちょっと、良いかな」
 女性二人はほとんど存在を忘れかけていた、蜂須賀が入って来た。
「何」

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