見出し画像

【小説】『規格外カルテット』10/10の中のa

 ここでようやくのカルテット。

(10回中10回目の中のa:約1600文字)


 その日のその時間にその往来を歩いていた、幸運な人々は、国内では決して披露される事の無かった、白井神璽の華麗なるパフォーマンスを目撃する機会に、恵まれたのだが、
 もちろん尋常の界隈は、そうした経緯を知る由もない人々ばかりなので、走ると言うより飛び跳ね続け、地下鉄や地下街の地上出入り口くらいは乗り越え飛びまたいでしまう彼は、ただ驚かれたり呆然とされたり、人によっては苦笑いされたりしています。
 しかしながら今のシンには関係が無いのです。なぜなら、いつだって抱き付き甘えてむしゃぶり付きたい、ミラクルフルーティーブリリアントバディのルミちゃんが、甘え声でささやき招いてくれたからには、一ナノ秒でも速く駆け付けたい! というはっきりした目的がありますので。
 おや。どこかで知らないどなた様かの、鼻でお笑いになる声が。なになに。「お前のごく個人的なノロケ話なんかいらないよ」ですか。
 ノンノンノン。サンブラーク、シルヴプレ(冗談言っちゃいけません)。自分の内側に愛を見つけ出せた者には、それまでの無力感なんか軽々と笑い飛ばせてしまえるような、グレートフルなコンジャンクショナルパワーが、日々生み出され満ちあふれ続けるのです!
 パルドン(ああ失礼)。今思い付くままテキトーに語っています。つまり愛は、たとえ他人様の目にはバカげて見えようとも、なめてかかると怖い、って話です。ええ日夜身に浴び感じ取り尽くしております。これを祝さずにいられましょうか。
 もちろん交通法規は守った上で。歩く人々やお車の邪魔になどならない程度に。だってケガでもしたり誰かにさせたりしましては、ルミちゃんを怒らせるか悲しませちゃうじゃないですかぁ。
 ファミレス前に足が着くなりスマホを取り、息の乱れも感じさせずにコールする。
「ルミちゃん? 着いたよ」
 今のシンにはあの頃の、周りを取り巻く喝采も称賛の声も、場を盛り上げる音楽に実況放送などもございませんが、
「おお。すげぇ思ってたより早かったな」
 ドアの外まで出迎えに来てくれる、マイスウィーティスト、ラグジュアリィガディス、ルミちゃんの、笑顔にお誉めの言葉が頂ければ、充分すぎるほどに光栄なのです。
 玄関前にある二、三段ほどの段差を、ワンピースの裾を軽く持ち上げながら下りて、シンのそばまで近寄ると、
「ありがとう」
 そのひと言と甘い香りを残してまた、ファミレスのドアに向かって行く。
 飢えていることにすら気付けないほどに飢え焦がれていた、まさにそのひと言を、ルミちゃんはもう出会えた晩からどれほど些細な気遣いにさえ気が付いて、しかも本人はほとんど気に留めず、実に当たり前のように日々聞かせて下さるのです。
 それだけ? ナチュレルモン(いえ本望でしょう)! これが常に出来る方、なかなかいませんよ。
 家の中でしたらそれはもう、まとわり付くようにすり寄りながら歩きたいところですけれど、今のシンは、人間ですので、セレブリティをエスコートするガーディアンのように、優雅に立ち振舞わせて頂きます。
 とその気になってやろうと思えば、しっかり様になっているシンが、咲谷に続いて向かった通路の先のテーブルには、他にも客があり、驚いたけれどまだ微笑ましい蜂須賀と、その隣には、
「お兄ちゃん」
 顔を見るなり息が詰まる妹がいた。
 通路に立ち止まりうつむいた顔を、片手で覆ったシンに蜂須賀は不安げだが、
「座ってよ。シン」
 前と同じ窓側のソファー席に座って咲谷は笑いかける。
「そのうちこういったもんがセッティングされる事くらい、あんただって分かってたでしょ」
 咲谷瑠美の思し召しとあらば、シンは有り難く受け取るしかない。妹の、真向かいになるイスを引き、ため息と同じ速さで座り込む。
 そして上げてきた顔は、何とも言えない。怒っているとも喜んでいるとも、判別が付かず咲谷は紅茶に口を付けたが、その間に見やった蜂須賀は、普段と変わらず落ち着いている。

前ページ | 次ページ |  中 
         10

何かしら心に残りましたらお願いします。頂いたサポートは切実に、私と配偶者の生活費の足しになります!