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【小説】『規格外カルテット』3/10

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(10回中3回目:約1600文字)


3 チープルビーとハニービター


 もちろん悪いんだけど、と前置きした上で、トレーニングウェアを着た背中を向けて、
「首筋とか背中、大丈夫?」
 そう言った場合に覗き込んで確認してくれる仕事仲間の存在は、実に有難い。
「ああ。はい。ギリオッケーです」
「ギリって何」
「普段から、そういう意識で見ていればもしかして気付くかもしれませんが、そうしたところを気にしてわざわざ言ってくる利用者さんにまで、親身になって指導してあげる必要は無いかなと、僕なら思います」
「相変わらずの鉄仮面だな蜂須賀(はちすか)は」
 蜂須賀 大(まさる)。どうしても「小六(ころく)」が浮かんでしまうだろうと、真逆に感じる名前を付けられた、先祖からの因縁が異様に深い奴。危うく大八(だいはち)と名付けられるところを、当時存命だった曾祖父から、「それじゃ荷車だ」と止められた。もう何百年も昔の、同じ世代で知っている奴もほとんどいないだろう先祖だってのに。
「今度の奴はちょっと、しつこくってな」
「他人のプライベートに干渉はしませんが、仕事に影響が出ない程度にお願いします」
 先祖の印象があるせいか、ちょっと堅苦しいしゃべり方で、感覚もズレている気がするが。
「あんたの方は大丈夫なの。バレンタインの日はレブルふかして帰ってたみたいだけど」
「ふかしては、いません」
 そして冗談が通じない。冗談以前の、軽口みたいな言葉であっても、引っ掛かるとつい訂正してしまうらしい。
「そんな格好の悪い事はやりません」
「分かってるよ。彼女来てたんだろ」
 ところが最近出来たらしい彼女について訊ねてみると、表情こそ変わらないものの雰囲気がゆるみ、口数が多くなる。察するに結構なお気に入りで、機会があれば、かつ気を許せる相手であれば彼女の事を話したくてしょうがない様子だ。
「はい。職場の近くまで来てくれて、チョコレートはもらえたんですけど」
「おお」
「外国の、香辛料が入っていたのかどうも、僕の口には合わなくて」
 聞かされるエピソードそのものは、ゾッとするようなものが多いんだが。
「それ、まさか彼女に言ってないだろうな」
「言いましたよ」
「おい最低かよ」
「はっきり言っておいた方が良いと思ったので、『努力の方向性を間違えている』と」
「彼女、泣いたんじゃないのか」
「はい」
 泣きました、と業務報告みたいな無表情で。いやそれお前が泣かせてるんじゃないか。
「だけど、相手の好みに合わないような努力は、どれだけ頑張ったところで意味が無いじゃないですか」
「……怒って別れるとかの話には?」
「いいえ」
「何でだよ! おいその子お前よりも私にくれ!」
 うつむいてしっかりと腕を組み、数秒ほど考えた後で顔を上げて、
「やめておいた方が良いと思います」
 目を見てはっきり言ってくるから、呆れる。
「冗談だよ。人の彼女に手は出さねぇって」
「いいえ。咲谷(さきたに)さんを信用していないわけではなく」
 しっかり腕は組んだまま、今度はもうちょっと長く考えて、大きく一つ頷いてから顔を上げる。
「僕はまだ、彼女を、身近な人達に紹介できるだけの、勇気がありません」
 なんて事を堂々と目を見ながら言ってきやがった。
 顔なのか性格なのか趣味なのか、理由は分からないが、言葉の流れだけを聞いていたらとんでもなく非情な野郎に思えるんだが、
「お前……、その子の事本当に、好きなの?」
 呆然と飛び出していた言葉だけで訊ねると、さも当たり前みたいに、
「はい」
 と答えてくる。
「好きです」
 言葉にエピソードはともかく、会話の最初からずっと、いたって真剣だ。
「いつか、彼女にきちんと合ったライド用のウェアを着せて、プロテクターを着けてもらって自分のレブルで二人乗りが出来たら、きっとものすごく嬉しいと思います」
「本当に思って言ってる感じだから不思議なんだよなぁ……」

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