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【小説】『規格外カルテット』5/10

 回を増すごとに文字数が伸びていって困る。

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(10回中5回目:約4400文字)


5 ホワイトルビーファッジ


 自分なんか、一回どころか二回三回、バッキバキに壊れてしまうと、オレなのかボクなのかワタシなのか、何をどう感じてどう口にしたらいいのかも、ワケが分からなくなる。日本って日本人ってもしかしたら、周りに合わせて自分を壊し合いながら生きているんじゃないのかなぁ、なんて、
「当施設の、利用者の方ですか」
 ぼんやり考えていたらいきなり、背中のすぐ後ろから声がした。大人しめだけどしっかり怒ってる声だったし「わぁっ」てビックリしてふりかえったら、すぐそばで見ていてさわっていて、大好きな赤みの強い髪の色だ。
「ルミちゃん」
 トレーニングウェアのラインをかくしちゃう、社名ロゴ入りのダボッとしたジャケット上からはおっちゃってるけど。
「……ネットで公表はしていますが、インストラクターの名前をなれなれしく呼ばないで下さい」
 お仕事モードでよそよそしい上に、けっこうな感じで怒ってて怖いぃ。
「当館のIDを、お願いします」
 手首に巻いていたコードを見せると、ルミちゃんは持っていた端末でピッて鳴らしてくる。画面に表示されただろう文字を思うと、おなかの中がよじれる感じがしたけど、おでこに手を当ててため息をついているルミちゃんもキレイだ。
「明日蜂須賀が出勤次第、事実を確認した上で、対処を決めます」
「え。何ハチスカさん、何きかれるの」
「利用者と担当インストラクターとの恋愛は、禁止ですので」
「え。そうなの? え。アタシそんなこと、何にも聞いてないんだけど」
 指の長いキレイな手がルミちゃんの、顔の上半分をかくしちゃってよく見えない。
「社内規定です。利用者の皆さんには関係ありません。全員を煩わせる話でも、ありませんから」
「やだぁそれすっごく困るぅ。だってぇ、ハチスカさんいい人だよぉ? おねがいおねがいねぇルミちゃん、悪い話にはしないであげてぇ」
「利用者さんには関係の無い話だと、先ほど申し上げましたよね」
 手を放してすぐそばから、見つめてきた目がレーザービームでも出てるんじゃない? ってくらいに、突き刺さって感じちゃう。
「駐車場、全っ体に響き渡りました。多くの利用者に、インストラクターが聞いています。関係の無い事、とは申し上げましたが今後は是非とも、自重した行動をお願いします」
 さっきから、ルミちゃんずっと怖いし心ぼそいし、アタシ、泣いちゃうんだけどぉ。
「ごめんなさぁい。言ってる言葉がむずかしくって、よく分かりませぇん」
「……あなたの名前がブラックリストに載って当施設は利用出来なく」
 やだルミちゃん声がふるえて、怒鳴りたいのを今ものすっごくガマンしてるって分かるぅ。
「なるかもしれないと、申し上げています」
「えええぇ? それホントォ?」
「本当、ですから今日のところは、荷物をまとめてどうか、お引き取り下さい」
 ムリして笑ってるぅ。ほそぉくなった目のはしが、ピクピクひきつってるよぉ。

 歩いてくる足音が、聞こえた、と思ったらいつも、こっそりエントランスに近寄って、ドアの前まで来たなぁ、カギ開けてるなぁって思いながらながめているんだけど、ドアが開いて、
「おっかえりなさー」
 と飛びかかろうとした向こうから、重そうなレザーのバッグがふり回されてきた。
「わぁ」
 バッグの動きを見てその外側まで、飛びのいた間に、部屋に入ったルミちゃんは背中を向けてカギを閉めて、ふりかえってきたもうその時から、
「よっくものこのこと私の前に、ツラぁ出せたなぁこのバカ犬がぁっ!」
 ハナの形とかクチビルのぽってりした感じとかととのった、キレイな顔して怒鳴ってくるから、怖いけど、かえってシビレてちょっとコーフンしちゃってるんだけどアタシ。
「待って。待ってご主人さまっ、話を聞いて下さいぃ」
 泣き顔で足元にはいつくばるのも、その背中ふまれちゃうのもアタシ、キライじゃないし。
「なんだてめぇ、蜂須賀狙いか! 蜂須賀情報が欲しくてうちの施設潜り込んで、私にも近付いて来たってわけかあああ?」
「ちがいますぅ。逆ですぅ。えっと初めはぁ、ハチスカさんのこと追っかけててぇ、どんな人かなぁお仕事してる様子はどんなかなぁ、ってさぐってたらぁ、ルミちゃんの、フルーツみたいなゴージャスバディが通りかかってついフラフラァ……っと、吸いよせられちゃったんですぅ」
「嬉しかねぇし何がどう逆なんだか分からねぇぞ! そもそも何で蜂須賀追っかけてた!」
「それは言いたくありません!」
 口にした時にパチン、って、スイッチが切りかわる感じがあって、
「って、あれ?」
 だけど、元に戻りそうな感じもあって、パチパチパチパチ頭の外から、点けたり消したりされてる感じでおちつかない。
「もう、言っちゃってもいいの、かな?」
 困ってたら目の前に、すべすべしたさわり心地のいい手のひらが下ろされてきた。すらりとのびた腕をなぞって見上げていくと、ルミちゃんの顔が、その中でも目の光が氷みたいに冷たい。
「返して。合カギ」
 どうしていいのか何をどう言ったらいいのか分かんなくて、ほとんど何も考え切れてないのに、首が左右にゆれている。
「そしてもう二度と家に来んな!」
 キュウ、って内側から、胸の中が引きしぼられる感じがして痛くって、声を、出そうとしただけで涙まで出てきちゃう。
「イヤですぅ……」
 チッ、と舌打ちが聞こえてとりあえず、手のひらはひっこめてもらえたから、よつんばいで足元にすり寄って、そっぽ向いた横顔を下からのぞき込んだ。
「ねぇご主人さま見捨てないで下さぁい。シロくんご主人さまに会えなくなったら、さびしくって死んじゃいますぅ」
「てめぇの名前も住所も、とっくにこっちには割れてんだよ! 何がシロくんだ白井シンジ!」
「ごめん」
 シャレにならない感じでおなかが奥から、突き破られる。
「その、名前呼ばれるの、ダメ。本当に、吐きそう」
 顔も上げ切れなくなってうずくまった頭の上から、
「ああ」
 ってこれまで自分の周りではぜんぜん聞かなかった調子の、ため息が聞こえた。
「分からなくもないよ。どこかしらゆがんだ親だよな。自分のガキに、『神璽』なんて名前付け切れる奴は」
 字面まで、しっかり思い浮かんだのにルミちゃんの声だったら、まだ吐かずに聞いていられる事がフシギに思えた。

 カラダに力が入らないから、ささえられて起こされて、ルミちゃんのベッドまではこばれて、うつぶせにねかせてもらっている。ルミちゃんの、香りにぬくもりに、肌ざわりに気持ちを持って行って、ほっぺたすりすりさせる感じで。
「……自分の名前が本当に、心の底からダイッキライって、キョーフだと思わない?」
 ベッドのそばまで寄せたテーブルの、手がとどく辺りに紅茶の入ったマグカップがおいてある。
「どこに行っても何やってみるにしても、言わされるし書かされるの」
「改名とかは?」
「それがさぁ」
 起き上がりながら指をのばして、マグカップ取り上げてひと口のんだ。
「こっちだって、毎日こんなじゃやってらんないから、頭の中ではよくある別の文字に、チェンジしながら聞いてるわけぇ。信じるに数字の二とか審判の審に司会者の司とかぁ。あとアルファベットにしとけばもっとラク。フランス読みだと『サンジ スィレ』みたくなっちゃって、ダレだよそれ、って感じが、かえって気分よかったりして」
 テーブルの横で、ベットに背を向けてすわっているルミちゃんも、紅茶のみながら聞いている。
「だったらもう、ガマンできるでしょって、大したモンダイじゃないのよねもっと変わっている人なら分かるけど、このくらいで、そこまで気にする方がおかしいよねって話に、なっちゃって」
 マグカップ、落としそうになる前において、ベッドに今度はあお向けになった。
「で、日本に戻ったら何? あのフデで書いた真っ黒いぶっとい文字、ホラー映画のモンスターレベルで、気持ち悪いんですけど!」
 すげぇその感覚ザンシン、ってルミちゃんの、笑い声が聞こえる。
「で、どうしてあっちこちにベッタベタ、人の名前はりまくってかざりまくってくれちゃうわけ? 何なの日本って、カンジが世界でいっちばん正しいとでも美しいとでも、最っ高のおもてなしだとでも思い込んじゃってんの?」
 言いながら思い出した景色にまた、力が抜けた。
「ってそりゃ思うよねぇ。ひとさまの正式な、お名前だもの」
 ルミちゃん何かパンフレットみたいなの読み始めて、ページをめくってく音がする。
「利用者さまからの、ご不満がありまぁす」
「何でしょう」
「どぉしてそちらの施設では、正式な名前カンジで書くようにって、言われちゃうんですかぁ」
「ケガするかもしれないもの。病院に連絡しなきゃいけないかも保険の話する事になるかもしれないし、悪い話ばかりじゃなくてインストラクターの免許とか、資格取るために通ってる人だっているもの」
「メンキョとか、シカクとか。セイセキジッセキキロク、だとか」
 ベッドのはしっこから、テーブルの真上には落ちないように気を付けながらずり落ちて、
「ヘタにまともかそうじゃないか、さぐられてるより」
 よつんばいで近寄ったルミちゃんの、背中の方から抱き付きにいく。
「犬あつかいされてる方がずっとマシ」
 パンフレットゆかにおいてルミちゃん、正面に向き合ってくれたから、抱き付いたままゆかに転がって、服の上からだけどおっぱいに顔つっこむ。「やっぱりか」ってルミちゃん笑ってくる。
「ねぇ犬がいいよぉルミちゃんも、犬になろうよぉ」
「やなこったい」
「中身なんか、ねぇ、なくったっていいじゃない。外側が最高なら気持ちいいならもう、それだけでいいじゃない。ねぇそっちの方がいいじゃない」
「やなこったいって、言ってるの、聞いてる?」
 起き上がられてカラダの下からすり抜けられた。さびしくってカーペットに転がったままくぅんって泣き声上げていたら、近付いてくる気配がしてテーブルに、ラッピングされた小さな箱がのってくる。
 はね起きた目の先でルミちゃんが、ピアノひくみたいに指先で、赤いラッピングをたたいている。
「当日来られたってこんなもん、用意しちゃいないのよ。売れ残り買っといただけで、手作りでもないけど」
「あぁんルミちゃん大好きぃ。食べちゃってもいい?」
「ああ良いよ」
 って笑ってくれたから「いったっだっきまーす」って、口を付けようとした顔を、アゴの下から押しのけられた。
「って私じゃねぇ食って良いのはチョコレートだ!」
「ええぇルミちゃぁん! 直前でおあずけはひどいぃ!」
「私は明日も仕事! あんたのせいで朝っぱらからややこしいめんどくさい仕事! チョコ食ったらとっとと帰って、オナッて寝ろ!」

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