岸和田仁

ニコライ・ヴァヴィロフ
(ロシア・ソ連の生物学者・農学者、1887-1943) ブラジル版百人一語 岸和田仁
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ニコライ・ヴァヴィロフ (ロシア・ソ連の生物学者・農学者、1887-1943) ブラジル版百人一語 岸和田仁

#ブラジル版百人一語 #月刊ピンドラーマ  2021年6月号 ホームページはこちら #岸和田仁 (きしわだひとし) 文  矛盾による行き詰まり状態は気違いじみた出来事を引き起こした。国全体の予算を事実上決定し、残りのすべての州の財政をも賄い、経済的行き詰まりの状況下にあるこの国のすべての行政機関が事実上存在しているサンパウロ州が、独立国家として分離する、という問題が持ち上がった。騒動が発生し、州と州の間で戦争が始まった。しかしこれは蜂起したサンパウロ州側が崩壊することで

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マルコス・ペレイラ(Sextante出版代表、J・オリンピオの孫、1963年生まれ) ブラジル版百人一語 岸和田仁

マルコス・ペレイラ(Sextante出版代表、J・オリンピオの孫、1963年生まれ) ブラジル版百人一語 岸和田仁

#ブラジル版百人一語 #月刊ピンドラーマ  2021年6月号 ホームページはこちら #岸和田仁 (きしわだひとし) 文  財力ある友人たちからの貸付金のおかげで、1931年11月29日、出版社ジョゼ・オリンピオ書店が創立された。開業の地サンパウロはブラジルの産業中心地ではあったが、当時、政治や文化活動の中心地は首都リオであった。3年後の1934年7月、事業地をリオに移し、中心街のオウヴィドール通りに書店を開設した。老舗書店ガルニエの真正面であった。この移転は大成功をもた

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[2021.05]岸和田 仁【特集 私の好きなブラジル映画】

[2021.05]岸和田 仁【特集 私の好きなブラジル映画】

選・文●岸和田 仁 本エントリーは、5/26(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。  シネマ・ノーヴォにコミットした映画人の戦列に最若年者として参加したのがカカー・ヂエゲスであったが、1999年の月刊誌記事で「僕は世界を考えている映画人だ。僕は君たちが土曜日の夜にでもヒマを潰すための映画を作るのではない」と語っていた。初来日した同監督に、筆者が直接インタビューした時(2003年)も、「今も僕の考えは変わっていない。世界のこともブラ

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[2008.09]ゼリア・ガタイ 文豪の妻として、また遅咲きの飾らない文豪として生きた91年間[連載 Relatório do Brasil ❸]

[2008.09]ゼリア・ガタイ 文豪の妻として、また遅咲きの飾らない文豪として生きた91年間[連載 Relatório do Brasil ❸]

文●岸和田仁 texto por HITOSHI KISHIWADA  5月17日、作家ゼリア・ガタイがなくなった。享年91歳。文豪ジョルジ・アマード(1912〜2001)の夫人であったが、63歳でデビューした遅咲きの作家としては回顧的エッセイや児童文学を主体に16冊の作品を残している。このブラジル文学アカデミー会員作家の遺骸は遺志に従い火葬され、その遺灰は夫と同じくサルヴァドールの自宅の庭にあるマンゴ樹の下に埋められた。 「ジョルジは天国で、文字通り諸手を挙げて彼女を

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イエダ・ペッソア・デ・カストロ Yeda Pessoa de Castro

(民族言語学者、1937年バイーア出身) ブラジル版百人一語 岸和田仁

イエダ・ペッソア・デ・カストロ Yeda Pessoa de Castro (民族言語学者、1937年バイーア出身) ブラジル版百人一語 岸和田仁

#ブラジル版百人一語 #月刊ピンドラーマ  2021年4月号 ホームページはこちら #岸和田仁 (きしわだひとし) 文 「ブラジルのポルトガル語の起源に関しては、学問的にきちんと論じられてきたとはいえないので、その4世紀にわたる歴史の概要を改めてまとめてみようと試みているところだ。ブラジルにおけるポルトガル語の創造に直接関与した当事者であったアフリカ黒人の話者たちの声を可視化するチャレンジを再度試みたい。別の表現でいえば、歴史的な理由やら認識論的理屈から隠されて見えな

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カエターノ・ヴェローゾ(ミュージシャン・作家、1942年バイーア生まれ) ブラジル百人一語 岸和田仁

カエターノ・ヴェローゾ(ミュージシャン・作家、1942年バイーア生まれ) ブラジル百人一語 岸和田仁

#ブラジル版百人一語 #月刊ピンドラーマ  2021年2月号 ホームページはこちら #岸和田仁 (きしわだひとし) 文  ブラジルに「西洋の西に位置する西洋」であることを求めていたなら、今日の僕は、僕らの現実を超西洋的に感じることを選びたい。裕福な世界と呼ばれた、ハンチントンの「西洋」に入らなかった国から来た植民者たちによって建設されたブラジルのありようは、文化的に混合しており、辺縁の、そのまた辺縁に位置している。初めてスイスに行った時、同地生まれの人が僕にこう言った。

エニオ・シルヴェイラ(出版社代表、編集主幹、1925~1996)

エニオ・シルヴェイラ(出版社代表、編集主幹、1925~1996)

#ブラジル版百人一語 #月刊ピンドラーマ 2020年12月号 #岸和田仁(きしわだひとし) 文 12月14日、13:30 昼食、黒フェイジョン(インゲン豆)、ライス、ミラノ風ビーフ、茹でジャガイモ、と、まさに肉体労働者のメシだ。食器は皿とスプーンだけ。ナイフとフォークは危険物だからと、禁じられている。食事そのものはさほどひどくはないのだが、拘置部屋があまりにも薄汚いし臭いので、食べる気力すら喪失してしまった。デザートは、缶詰のシロップ漬け桃。 15:00 夏日で猛烈な暑さ

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[2020.12]岸和田 仁【特集 私が選ぶラテンアメリカの本】

[2020.12]岸和田 仁【特集 私が選ぶラテンアメリカの本】

選・文●岸和田 仁 アンデス教養旅行 『アンデス教養旅行』(寺田和夫著、東大出版会、1962年)

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