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マルコス・ペレイラ(Sextante出版代表、J・オリンピオの孫、1963年生まれ) ブラジル版百人一語 岸和田仁 2021年6月号

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#ブラジル版百人一語
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#岸和田仁 (きしわだひとし) 文

 財力ある友人たちからの貸付金のおかげで、1931年11月29日、出版社ジョゼ・オリンピオ書店が創立された。開業の地サンパウロはブラジルの産業中心地ではあったが、当時、政治や文化活動の中心地は首都リオであった。3年後の1934年7月、事業地をリオに移し、中心街のオウヴィドール通りに書店を開設した。老舗書店ガルニエの真正面であった。この移転は大成功をもたらすことになった。当時の新進若手作家たち、ジョゼ・リンス・ド・レゴ、アマンド・フォンテス、ジョルジ・アマード、画家ではシセロ・ディアス、サンタ・ローザ、といった1930年代から50年代にかけてブラジル文芸界を牽引する知識人たちの作品の多くを出版することになったからである。社名の頭文字をとってJ.O.という愛称でも呼ばれた出版社は、作家たちとの友情を深めつつ、広範な読者たちから尊敬されることになる。(中略)
 前述の作家に加え、ジョゼ・アメリコ・デ・アルメイダ、ラケル・デ・ケイロス、グラシリアーノ・ラモスといったノルデスチ文学を代表する作家たちも同書店から次々と新作を刊行することになった。グラシリアーノ・ラモスの作品で一番最初に刊行されたのは『苦悶』であったが、同著が1936年に上梓された時、ヴァルガス政権を批判した著者は政治犯として投獄されていたのであった。

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 昨年2020年5月刊行されて話題となったのが、『ブラジル人たち』(“BRASILEIROS” Editora Nova Fronteira)という評伝的エッセイ集成といえる書籍だ。対象となった著名人は42名で、一番古いのが皇帝ペドロ1世、作家ではマシャード・デ・アシス、モンテイロ・ロバト、エウクリデス・ダ・クーニャら、政治家ではルイ・バルボーザ、ジェトゥリオ・ヴァルガス、タンクレド・ネヴェス、ウリシス・ギマランエス、ミュージシャン関係ではルイス・ゴンザーガ、カズーザ、さらにニーマイヤーは兄弟二人とも(弟が建築家オスカー、兄パウロは医学博士)と、なんともまあ多彩な人選だ。人物評的エッセイを書いている寄稿者もこれまた多士済々で、どれも読者を楽しませる内容の濃い文章の“連発”で、編集のセンスが光っている。

 タンクレド・ネヴェスの章を書いているのはF・H・カルドーゾ(社会学者、元大統領)だし、パウロ・フランシスについて書いたのは未亡人(ジャーナリスト)のソニア・ノラスコで、ルッチ・カルドーソ(人類学者、F・H・カルドーゾ元大統領夫人)の章を書いたのはペドロ・マラン(経済学者、元財務大臣)だ。詩人ヴィニシウス・デ・モラエスについては批評家ネルソン・モッタが書き、往年の喜劇俳優オスカリトの章を担当したのがお笑い芸人ヘナト・アラガゥンというように、評伝を書かれる側も書く側も、この人選をながめるだけでも面白い。

 というわけで、この著書で取り上げられている著名人の何人かを本欄でフォローしていきたい。今回は、1940年代から60年代までブラジル最大の出版社を率いたジョゼ・オリンピオ(1902-1990)に焦点を当ててみよう。彼が1931年に創立した出版社がブラジルの現代文学や歴史社会学の主要作品を刊行することになって、ブラジル的インテリジェンスが劇的に豊饒化したからだ。

 ブラジル文学の歴史において1930年代はひとつの“黄金時代”で、エポックメイキング的な作品が、続々と刊行された時期であったが、とりわけ、ノルデスチ文学と総称されることになる社会派リアリズム文学作品群が、当時の新進作家たちによって発表されていった時代であった。ジョルジ・アマード(1912-2001)の、『カカオ』(1933年)、『ジュビアバー』(1935年)、『死せる海』(1936年)、『砂の戦士たち』(1937年)、ジョゼ・リンス・デ・レゴ(1901-1957)の作品では、『サトウキビ農園の少年』(1932年)、『バンゲ』(1934年)、『少年リカルド』(1935年)、『ウジーナ』(1936年)など、ラケル・デ・ケイロス(1910-2003)といえば、『キンゼ』(1930年)、『ジョアン・ミゲル』(1932年)、『三人のマリア』(1939年)など、グラシリアーノ・ラモス(1892-1953)は、『苦悶』(1936年)、『乾いた人生』(1938年)など。詩人ジョアン・カブラル・デ・メロ・ネトの『セヴェリーノの死と生』(1955年)も、ブラジル社会論を革新したセルジオ・ブアルケの『ブラジルのルーツ(真心と冒険)』も、こうした文学や社会科学の古典的作品はいずれもジョゼ・オリンピオ出版社から刊行されている。

 9人兄弟の二番目としてサンパウロ州内陸部のバタタイスで生まれたジョゼは、15歳で州都サンパウロ市へ移り、書店の見習いとして働き始め、29歳の時、出版社を創業する。学歴は中学卒しかなかった彼がブラジル出版界を革新したのであった。


岸和田仁(きしわだひとし)​
東京外国語大学卒。
3回のブラジル駐在はのべ21年間。居住地はレシーフェ、ペトロリーナ、サンパロなど。
2014年帰国。
著書に『熱帯の多人種社会』(つげ書房新社)など。
日本ブラジル中央協会情報誌『ブラジル特報』編集人、『月刊ラテイーナ』定期寄稿者。


月刊ピンドラーマ2021年6月号
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