『暮らしの思想 佐藤真RETROSPECTIVE』5.24公開/配給:ALFAZBET

17年前に49歳で突然この世を去ったドキュメンタリー作家・佐藤真の傑作が4Kレストアで…

『暮らしの思想 佐藤真RETROSPECTIVE』5.24公開/配給:ALFAZBET

17年前に49歳で突然この世を去ったドキュメンタリー作家・佐藤真の傑作が4Kレストアで蘇る アート、パレスチナ、記憶、そして―― 突然この世を去った稀代のドキュメンタリー作家が見つめた彼方 https://alfazbetmovie.com/satomakoto/

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5/25㊏ 『阿賀に生きる』トークイベントレポート

『阿賀の岸辺にて』の宝物話の映画作ろうよ。人生の達人で名優ばっかしだ。そのまんま日常生活撮れば映画になるよ。 5/25(土)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて 『阿賀に生きる』 上映終了後にトークイベントが開催されました。 登壇者は旗野秀人さん(『阿賀に生きる』発起人)、小林茂さん(キャメラマン・映画監督、『阿賀に生きる』撮影)、秦岳志さん(映画編集)、神谷丹路さん(佐藤真 妻/韓国語翻訳家)、そして聞き手は山上徹二郎さん(シグロ代表/プロデューサー)が務めました

    • 人の声自体を「できごと」として捉える 濱口竜介(映画監督『悪は存在しない』)

      佐藤真の映画ではカメラが人物の前に回ることが多い。対立でもなく、対峙でもなく、被写体の前で立ちすくむカメラ。そんな印象を受ける。 答えのない過酷な生を、人々の声が和らげる。佐藤真はインタビューすることを恐れない。インタビューの一つ一つが説明に堕することがないのは、人の声自体を「できごと」として捉える感性ゆえだろう。 一度お会いしたかった。 濱口竜介(映画監督『悪は存在しない』)

      • 滂沱の涙を流しながら、あたまは、霧が晴れるように澄み渡っていくのを感じた。 清田麻衣子(里山社)

        すべては佐藤真さんから始まった。 と言っても過言ではないくらい、いまの私の本づくりに至る動機、指針、視点は佐藤真さんによるものだ。テーマやイデオロギーを頭に置きながら、いったんそれを捨てて、目の前のただの人、何気ない日常の細部に目を凝らす。深刻なテーマにも笑える瞬間があっていいし、相反するように見える要素に繋がりを見出すことはよろこびだ。 付き合いたい人もやりたいこともわからなくなって、混乱の只中にいた二十歳のとき、六本木のシネ・ヴィヴァンで『まひるのほし』を見た。滂沱の涙

        • もうこれ以上は踏み込めない、ぎりぎりのところで一人のひとの「生」を垣間見てしまう瞬間 小森はるか(映像作家)

          佐藤真さんが探求し続けた「日常と隣りあわせにあるもうひとつの世界」。佐藤さんの映画でしか感じられないその世界が、確かに在るのです。それが映像に残るのは怖いことだと気付かされもしますが、心の深いところで感情が揺さぶられた一瞬を、あれは何だったのだろうと引きずってしまう気持ちにも正直になっていきました。もうこれ以上は踏み込めない、ぎりぎりのところで一人のひとの「生」を垣間見てしまう瞬間。なぜ人の暮らしにカメラを向けたい欲望が湧き上がるのかを考えさせられます。 そもそも「日常」

        5/25㊏ 『阿賀に生きる』トークイベントレポート

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        • 佐藤真RETROSPECTIVEに寄せて
          13本

        記事

          画面越しではあるが、じぶんのどこかと接続し、こちらの生と関わった 小田香(映画作家)

          『まひるのほし』に登場する知的障害者と呼ばれる方々が表出するものや、その人たちがものを生み出しているシーンを見ていると、気持ちや思考を含めた、からだの中にある何かが既存のコミュニケーションの中で表現できないとき、人は身体の外の紙やペン、絵の具、言葉で世界や他者と接続しようとするのかもしれないと感じる。 知的障害者と呼ばれない人間は、コミュニケーションのために身体の外にピタッといくつものコードを身に着けている気がするが、なにかを表現する既存のコードがないとき、もしくはそれに違

          画面越しではあるが、じぶんのどこかと接続し、こちらの生と関わった 小田香(映画作家)

          生きていると佐藤真監督の映画のことを不意に思い出す。 深田晃司(映画監督)

          生きていると佐藤真監督の映画のことを不意に思い出す。阿賀の景色、花子の笑顔、パレスチナの難民たち。それら映像の記憶の断片はノスタルジーから遠く現在と生々しく接続している。

          生きていると佐藤真監督の映画のことを不意に思い出す。 深田晃司(映画監督)

          なぜそう撮ったのか。なぜそう繋いだのか。なにを撮らずにいたのか。なにを撮れなかったのか。 三宅唱(映画監督『夜明けのすべて』)

          なぜそう撮ったのか。なぜそう繋いだのか。なにを撮らずにいたのか。なにを撮れなかったのか。あるショットから次のショットへ、そのすべての変化が、新たな発見として、新たな応答として、そして新たな問いとして迫ってくるように受け止めています。 自分なりに考えてきたつもりでも、いままた見直すと、まだまだぜんぜん受け止められていないことに気づき、新たな問いばかり見つかります。 レトロスペクティヴの開催を嬉しく思っています。

          なぜそう撮ったのか。なぜそう繋いだのか。なにを撮らずにいたのか。なにを撮れなかったのか。 三宅唱(映画監督『夜明けのすべて』)

          「佐藤真監督と『阿賀の記憶』のこと」矢田部吉彦(前東京国際映画祭ディレクター/映画上映プロデューサー/映画文筆)

          会社辞めたのだったら、次の映画のプロデューサーをしませんか? 現在はポレポレ東中野と呼ばれている映画館は、かつてはBOX東中野という名前だった。そのBOX東中野で、佐藤真監督が「ドキュメンタリー考座」と題された映画レクチャー講座を開いていた。2001年くらいだっただろうか。佐藤監督がセレクトした古今のドキュメンタリー映画の名作を皆で見て、その場で佐藤監督が解説をする。全10回ほど開催される「考座」に、当時会社員をしながら映画業界への転身を検討していた僕は、飛びつくように参加

          「佐藤真監督と『阿賀の記憶』のこと」矢田部吉彦(前東京国際映画祭ディレクター/映画上映プロデューサー/映画文筆)

          佐藤さんの新しい映画を見ることはできない。でも、やかんの湯を沸かす囲炉裏の火が消えそうになったら、誰かがそこに薪をくべることならできる。 杉田協士(映画監督)

          佐藤さんの新しい映画を見ることはできない。でも、やかんの湯を沸かす囲炉裏の火が消えそうになったら、誰かがそこに薪をくべることならできる。 いつでも泊まりに来なさいと声をかけられたように錯覚してしまう。 パレスチナ難民キャンプで、阿賀野川の流れる村で、佐藤真さんのチームが声をかけられたように、佐藤さんの映画からもそのような声が届きそうな気がしてしまう。 佐藤さんの新しい映画を見ることはできない。でも、やかんの湯を沸かす囲炉裏の火が消えそうになったら、誰かがそこに薪をくべること

          佐藤さんの新しい映画を見ることはできない。でも、やかんの湯を沸かす囲炉裏の火が消えそうになったら、誰かがそこに薪をくべることならできる。 杉田協士(映画監督)

          無意識に持っている枠、既にある解りやすさに落とし込もうとするような軽率な手つき、考えの無さを見逃さなかった 飯岡幸子(撮影監督/『すべての夜を思いだす』『偶然と想像』)

          佐藤さんは、生徒たちが撮ってきた映像に対して、こうしなさいああしなさいということを全く言わない人でした。 初めてカメラを持ったような私達が撮ってきた、振れていたりピントが外れていたり、そもそも何を撮っているのかすらよくわからないような映像を、どうやら佐藤さんは本気で見ていた。そして、撮った本人も気が付いていないようなその映像の面白さや美しさを見逃さず、同じように、撮り手やドキュメンタリーという形式が無意識に持っている枠、既にある解りやすさに落とし込もうとするような軽率な手つ

          無意識に持っている枠、既にある解りやすさに落とし込もうとするような軽率な手つき、考えの無さを見逃さなかった 飯岡幸子(撮影監督/『すべての夜を思いだす』『偶然と想像』)

          絶望の中で希望を見ようとしたサイードに励まされる 川上泰徳(中東ジャーナリスト)

          エドワード・サイードの生涯と彼の言葉をたどりつつ、映画はパレスチナ人とイスラエルのユダヤ人の経験に分け入っていく。イスラエル占領下のヨルダン川西岸で、レバノンの難民キャンプで、そして、イスラエル国内のアラブ人の町で、パレスチナ人たちはサイードと同じく「居場所のない存在」を生きている。一方で、ホロコーストによって親戚のほとんどを失ってパレスチナに移住してきたキブツのユダヤ人や、イスラエル建国でシリアを追われたユダヤ人らもまた、「根っこを切られた存在」である。 サイードは「私は

          絶望の中で希望を見ようとしたサイードに励まされる 川上泰徳(中東ジャーナリスト)

          「あの旅で変わったよね!」と嬉しそうに私に言ってくれた大人 秋田祥(映画上映企画)

          スクリーンを目の前に、20歳のときにした一人旅を思い出す。自分で自分が大きく変わったことを感じて興奮していた、そんな特別な旅からもどった私に「あの旅で変わったよね!」と嬉しそうに私に言ってくれた大人は佐藤さんだけだった。 京都の大学で「ドキュメンタリー映画の地平」を噛み砕いて教えてくれていた佐藤さんとの記憶は、些細な会話が多い。私が作品と真剣に向き合い始めたのは佐藤さんがいなくなってからだったけど、特別上映などで佐藤作品を鑑賞する度に私の感想は変わる。興奮したり、物足りなく

          「あの旅で変わったよね!」と嬉しそうに私に言ってくれた大人 秋田祥(映画上映企画)

          自分がベルトコンベアに乗せられた商品みたいに思えてきたら、夜中に引っ張り出して観る 井戸沼紀美(肌蹴る光線)

          一本の木が、風に吹かれて揺れている。 何十、何百の葉がこすれ合って、枝が控えめにうなずく。 冒頭の数十秒、どこにでもありそうな空き地の光景に、しかし強烈に引き寄せられた。 『SELF AND OTHERS』。 日々の中で、自分がベルトコンベアに乗せられた商品みたいに思えてきたら、夜中に引っ張り出して観るビデオ。 53分、かつて確かに存在していた写真家の幽かな気配を追いかければ、 街に溢れるグロい広告が剥がれ落ちていく。 『阿賀に生きる』は、辞書や国家が簡単に認められない

          自分がベルトコンベアに乗せられた商品みたいに思えてきたら、夜中に引っ張り出して観る 井戸沼紀美(肌蹴る光線)