小堀鷗一郎

リヴァーフェニックス③

リヴァーフェニックス③

なぜか、関心をお寄せいただいてるようで、アクセス数はぶっちぎりで、いつも一位なんです。 まあ、「リヴァーフェニックス」って、団塊ジュニア世代には、かなりのパワーワードですよね・・・夭逝つながりでいえば、高橋良明とか、ど真ん中世代の方には懐かしいですよね(^^♪ コロナ前、コロナ後、 海外は一般人にはまた遠い場所になりつつあるので、それを織り交ぜながら、趣味で(笑)書き足していきますね。 7月から(●^o^●) 読んでくれてありがとうございます。想像の世界では、キアヌ

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「いつか来る死」を読みました

「いつか来る死」を読みました

72歳の糸井重里が、 400人以上を看取ってきた 82歳の訪問診療医と 「死」を入り口に語り尽くす 死について考える = 「生きる」 について考えるということ 先がないと思うと好きなことをやろうと 度胸が出る 本当にやりたいことをやらなければ という覚悟と勇気 死を健康に考える 誰もが老いることを理解して いつか死ぬことを受け入れる 人は生きてきたようにしか死ねない 入院によって命が永らえても、 実際は病院における孤独死 家族が死を迎えそうなとき 自分が死に近づき始

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頑張らない不真面目でいい介護

頑張らない不真面目でいい介護

Eテレで訪問医の小堀鷗一郎氏の番組を見た。以前もテレビで見たし本も読んだ。患者に対し自身の考えや感じた事をきちんと伝えようとするとこがすごいなといつも思う。率直に話す一方で語り口に優しさがある。ちょっとファンである。 今回は同居する独身の息子が親を看るケース。介護のために仕事を辞めた息子、精神疾患で仕事のない息子、定職につけないまま現在無職の息子。肺炎などで入院していた親は一様に家に戻り息子と暮らしたがる。最期は息子に手を握っていてほしいと。ずっと二人で暮らしてきたからそう

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40代で出会えてよかった。『いつか来る死』発売です。

40代で出会えてよかった。『いつか来る死』発売です。

40過ぎて、多く見積もっても、人生後半戦だと感じるようになりました。いつ何時命が途絶えても不思議ではないし、周囲でも「死」の話は決して遠い出来事ではない。 それでも、「死」がどれだけ自分に迫っているかといえば、日々の雑事に追われることも多く、うっすら気にしながらも、向き合う機会はそうそうありませんでした。このまま、心臓が止まる日まで、「死」とは自分にとってよくわからないままだった可能性もあります。 たまたま「ほぼ日」で連載されていた糸井重里さんと小堀鷗一郎さんの対談を読み

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70歳を超えた今だからー『いつか来る死』糸井重里さんの「はじめに」全文公開

70歳を超えた今だからー『いつか来る死』糸井重里さんの「はじめに」全文公開

好評発売中の『いつか来る死』(糸井重里×小堀鷗一郎)の「はじめに」を全文公開します。 「小堀先生と死にまつわる対談の本を出しませんか」と言われたとき、なんの抵抗もなく「やってみようかな」と思いました。そう思えたのは、70歳を超えた今だから。もう少し若い頃だったら、死ぬことについて話そうとは思えなかったでしょう。 ここ数年は、お守り札を持ち歩くように、「死」についての考えを頭の片隅に持ち歩いています。それは、ちっとも嫌なことじゃないんです。自分の体の衰えを感じたとき、身近な

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紀伊國屋書店『いつか来る死』刊行記念オンラインイベント開催のお知らせ

紀伊國屋書店『いつか来る死』刊行記念オンラインイベント開催のお知らせ

11月12日発売予定の『いつか来る死』(糸井重里×小堀鷗一郎)の刊行記念オンラインイベント開催のお知らせです。全国の紀伊國屋書店と紀伊國屋WEBで『いつか来る死』をご購入くださった方にお申し込みいただけます。 「65歳から死ぬ旅をしている自覚が芽生えた」という糸井重里さんと、400以上の看取りに関わってきた82歳にして現役の訪問診療医・小堀鷗一郎医師、そしてゲストとして本書の撮影を担当した写真家の幡野広志さんをお迎えして、等しくみんなに関係のある「死」をテーマにお話しします

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お守り札を持ち歩くように、「死」についての考えを頭の片隅に持ち歩く。

お守り札を持ち歩くように、「死」についての考えを頭の片隅に持ち歩く。

72歳の糸井重里さんが、400人以上を看取ってきた82歳にして現役の訪問診療医・小堀鷗一郎医師と、「死」を入り口に語り尽くす『いつか来る死』。11月12日いよいよ発売です。撮影は幡野広志さん(本の中にもお写真がふんだんに登場します!)、ブックデザインは名久井直子さん、構成は崎谷実穂さんが担当くださいました。 「先がないと思うとピリッとして、覚悟や勇気が出てきます」そう話す糸井さんと、「一人で死ぬのも、看取られて死ぬのも、人それぞれ。正解はない」と達観する小堀医師。 誰にとっ

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生と死をめぐる対話。A dialogue about life and death.

生と死をめぐる対話。A dialogue about life and death.

 以前私は『死を生きた人びと』(小堀鷗一郎著・みすず書房刊)を紹介する記事の中で、以下のように予告していました。 【小堀さんの新刊『死を受け入れること---生と死をめぐる対話----』(小堀鷗一郎著/養老孟司著・祥伝社刊)も読んでみようと思っています(養老さんとの対談ですから興味津々)。読後には、また記事を書きます。】  本日、ついさっき『死を受け入れること---生と死をめぐる対話----』を読了したので、感想を記事にしたいと思います。小堀先生(1938年生)は外科医で養老先

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私の死に場所は誰が決めるのか? Who decides where to die for me?

私の死に場所は誰が決めるのか? Who decides where to die for me?

 先日『死を生きた人びと』(小堀鷗一郎著・みすず書房刊)を読みました。副題は「訪問診療医と355人の患者」となっています。自分自身はもちろん身近で大切な人の、最後の日々(そのとき、どんなふうに生きるのか、そして死ぬのか)を考えるための一冊です。小堀さんは355人の看取りに関わった訪問診療医なので、それぞれの事例が生々しいドキュメンタリーのように読者に迫ってきます。ここに提示される死に様は、同時に生き様でもあります。  小堀さんは同書の終盤(198頁)で「私の見果てぬ夢」として

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だって私はもう居ないわけで身体だけがこの世に残ってしまったわけですから。

だって私はもう居ないわけで身体だけがこの世に残ってしまったわけですから。

『養老:僕は「気がついたら死んでいた」がいいです。よく、「死ぬならがんになるのがいい」と言う人がいます。死ぬ前に準備ができるから。だけど僕は、そういうことをしたいとは思いません。行きあたりばったりのほうがいい。小堀:僕もまったく同じです。「往診中、車を駐車場に入れたときに」と答えたこともありますが、聞かれればそう言うこともあるだけで、確固たる何かがあるわけではありません。』 私の死は自我との決別で死んだらみんなでシェアされるのだと思っています。だって私はもう居ないわけで身体

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