子どもたちとの日々

それでも踊る

再び踊ることができるようになった出来事について書きました

そしてこの出来事は結果的に、私に新しい仕事、そして新たな課題も与えてくれました

福島の子どもたちとのキャンプから戻ってきて、少し経った頃、仕事をさせて頂いていた知的障害のある子どもたちの放課後等デイサービスの職員さんからダンスプログラムをやってもらえないか、と話を頂きました

それが障害のある方や子どもたちとのダンス、表現活動のファシリ

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忘れられない子どもたち③~福島の子どもたちとたまごのダンス~

震災後、踊っているのに踊れなくなった、という話を書きました

踊り手なのに、「だからこそ踊る」も「それでも踊る」も心からはできていなくて、そのことに小さく傷つきながらも、じゃあ今、自分は何だったら本心で動けるのか・・・と考えた時に出た答えは、踊りとかそういうことは一度置いておいて、普通にボランティアに行くこと、でした

なんというか、なんだかよくわからない感覚なのですが・・・津波後の街の様子を見て

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忘れられない子どもたち②~40分の交流~

「おれ、こんなに優しくされたの初めてだ・・・」

たった40分の体験学習が終わったあと、友達にそう語っていた

と、同僚のスタッフが教えてくれた

もうずいぶん前になるが、地元の公立小学校の6年生の体験学習のスタッフをしていたことがある

市内の6年生が4~6月の間に毎日毎日2,3校ずつやってきては体験学習をするのだけれど、毎年毎年4000人くらいの6年生に接する、という機会はなかなかないもので、

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忘れられない子どもたち①~さよならのダンス~

主宰している子どもたちとのダンスの場「星のたね」のほかに、児童福祉(主に知的障害・発達障害の子どもたち)の現場でもダンスをやらせて頂いています

まだ私がそういう仕事を始めて間もないころのこと・・・

ある児童福祉の現場で出会ったMちゃんは軽度の知的障害と、とても複雑な家庭事情のある子だった

Mちゃんはとても聡明で、とても優しい子だった・・・と、今ならわかるのだけれど・・・なんと表現すべきかとて

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不登校ってなんだろう

いろいろな子どもたちと関わる仕事をしています

今はダンスを通じて、が多くなってきているけれど、これまでには踊りの場だけでなく、子どもに関わるいろいろな場でも仕事をしてきていて・・・キャンプ引率、体験学習のスタッフ、放課後クラブ、児童発達支援、放課後等デイサービスなどなど・・・そこにはいろいろな背景をもつ、いろいろな年齢の子どもたちがいて・・・その子たちやとりまく環境から、本当にいろいろと気付かせ

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ある先生が教えてくれたこと

子どもたちと大人たちのことを考えていると必ず思い出す人がいる

小学校5,6年の時の担任の先生のこと

(他の場所でも一度かいたのだけれど、消してしまったのでまたここでもかいておきたいな、と思う)

その当時からとても好きな先生だったのだけれど、子どもたちとの関わりが多くなってから、その存在の大きさがどんどん増している

私が通っていたのは、東京郊外の普通の地域の公立小学校だったのだけれど、その先

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子どもたちと大人たちのこと

様々な子どもたちと関わる仕事をしている

好きだし、縁があるから

踊ることに迷いはないけれど、一度だけ高校卒業後の進路を考える時に保育士を考えたことがあった。結局保育士は選ばなかったけれど、巡り巡って、今、踊りと子どもたちと関わる仕事をしている

自分が惹かれていく方向で、できることを1つ1つやっていたら、なんだかいつの間にか両方ができていた

縁だなあ・・・

そんなわけで、子どもはもとから好

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踊りと子どもたちのこと

私の大切な踊り仲間・・・いや、先輩・・・いや、やっぱり仲間・・・が、私の主宰している場についてかいてくれていました!(彼女にはいつも助けられております。さりげなく、ちょうどよく・・・それがとても有難い)

この場について、私自身うまく言葉になかなかできなくて、でもこんな風に見ててくれているのだなあ、見守ってくれているのだな、子どもたちに対してもこんな眼差しを向けてくれているのだな、と思うととても嬉

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