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持続可能な社会って何だろう?

先日、中学生がクラブの顧問がなかなか辞めさせてくれないから、復讐をすることにしたというような話をしていて、驚いた。その手段も、眉をひそめるような手段だったので、悲しくなった。

「他の先生に相談したの?」

と、聞いてみたら、していないという。それどころか、そんなこと思いもよらず、嫌だったから友だちとともに「復讐」を考えたようだった。

1か月も2か月も引き留めて、生徒の方があきらめるのを待つような先生の行動はおかしいと思うけれど、とりあえず、担任、学年主任、教頭、校長など、他の先生に相談して、助けを求めたらどうかと伝えた。

その少し前、高校1年生のとき中学から通っていた6年制の私立学校を辞めて、定時制高校に転校し、その後専門学校に進学していた生徒が、この春就職するという報告をしにお顔を見せてくれた。彼に、学校を辞めたあともしばらく寺子屋には通ってくれていたけれど、当時聞けなかったことを聞いてみた。

「学校を辞めた理由は何だったのか」

理由は、中学2年生ごろから続いていた「いじめ」だいう。そして、そのいじめの原因として、彼が思いつくのは、クラブでレギュラーのポジションを彼が取ってしまったからだという。

中学2年生から始まった一部の友だちから無視される状態が、高校1年生になったころには、学年で話す相手がほとんどいない状態にまでなっていたという。

そして、私は「持続可能な社会」って何だろうと考える。

地球環境を守り、次の世代に地球を託すための意識を高めようと必死になって語りかけ、取り組みを広げる一方で、その地球を担う子どもたちを健全に育てられない社会にやるせなさを感じるからだ。

自分の目標を達成するために、いろいろ手を尽くす方法を考える前に、「復讐」という手段を取ろうとする中学生の考え方も、少し気に入らないことがあるからと、自分だけではなく関係のない人まで巻き込んで、誰かを無視し続けることも、それに関係がないのに巻き込まれていく若者の存在も、何か問題に直面した時に、頼るべき大人の存在を子どもたちに私たちが示せていないのが原因だと思うのだ。

子どもたちが何か問題に直面したとき、必ず解決ができるわけではないけれど、少なくとも、話してみようと思ってもらえる大人でありたい。そう思って日々、子どもたちと寄り添うことが、私が持続可能な社会に向けてできることだと思っている。

いただいたサポートは、子どもたちの学ぶ環境づくりに使わせていただきます。よろしくお願いいたします<m(__)m>