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独裁と複裁


<=民主主義=>


 民主主義を導く政治とは何なのか、バーナード・クリックは「政治と愛とは、自由人のあいだで可能となる束縛の唯一の形式である。」と述べている。
 一方カール・シュミットは「政治的な行動や動機の基因と考えられる、特殊政治的な区別は、友と敵という区別である。」と述べている。
 この2つは一見全く異なる政治観に思えるが、とある共通点がある。

 それは人間が集団化されるということである。クリックが唱える束縛は個々がまとまるということを意味しており、シュミットの友敵理論は敵という他者・異質者を除いた人間の集団化を図ることである。

 民主主義は人間が集団化されていることが前提であり、当然だが個人の話ではない。つまり政治とは人間を集団化させる過程を指しており、我々はその過程を実行する意思決定機関の構成員を選挙という形で選定している。
 我々は複数の構成員を選定しているのみで、実際の政策決定は構成員のみで行われている。これを以下から複裁と呼ぶことにする。

 ヒトラーや習近平も選挙という形で選ばれた独裁者である。では複裁独裁の違いは何か、意思決定が複数人で行われるか単独で行われるかの違いである。
 今の日本は選挙によって我々の意思が政治に反映されているという幻想に浸り、これが民主主義であると述べている。実際に決定を行っているのはごくごく少数の人間であるにも関わらず。
 政治の究極の理想を述べれば、『人道的・道徳的に必ず踏み外さず、国益を最大化させる』ことができればいい。私はそれを実現させることができるならば独裁でも複裁でも構わないと考える。ただ歴史的に見ても独裁政権及びヒトラーやスターリンが行ってきた蛮行は決して許されることではない。それに独裁という言葉を聞くだけで、非常に大きなアレルギー反応を起こしてしまう。
 

<=ハイブリッド政治=>


 
 以下から、私は民主主義と独裁のハイブリッド政治を提示したい。それは三権分立の原理をベースとして飛躍させた国民・独裁者・AIという三つである。
 独裁者の選定は国民によるオンライン選挙で決め任期も定めない。よって一日で独裁者が交代することもいとわない。そしてこういった根底の変更を独裁者がすることは不可能とする。AIには独裁者の道徳観・倫理観を監視させる。
AIの道徳観・倫理観は国民が監視し、我々が監視しているAIが独裁者を監視することにより、人道的に踏み外す可能性を抹消する

 なぜわざわざAIに独裁者の倫理観・道徳観を監視させるのか?

 例えば独裁者がA・B・Cという3つの政策を提示し実行する際に、その中のBが“左利きは犯罪である”といった場合、それが人道的に反しているかを国民が全て確認していると、独裁の最大の利点であるスピードある政治が失われる。また道徳観・倫理観は人によって、そして時代によって大きく異なる。大切なのはその時代ごとに国民の最大多数が望んでいる道徳観・倫理観を公平に政策決定に反映させることである。そのために人間の個人的な感情を極限まで排除することができるAIに独裁者の道徳観・倫理観のみを監視させる。

 根底となる倫理観・道徳観は我々がAIを監視することにより成立させ、独裁者の政策が人道的に反しているかの判定はAIにさせることにより、前段階でそういった危険な政策を排除しかつAIの判定も全て国民に開示することにより、安定的な独裁のスピード感を確保する。

 我々はそのAIの判定結果と独裁者が実行している政策に注視し、その政策が日本の国益に反すると判断されるのであれば、我々は即座に独裁者を交代すれば良い。もちろんオンライン投票によって。
 これにより独裁のスピードある政治、そして国民の意思反映を両立させることができる。
それならばいっそのことAIに全ての政策決定を任せれば良いのではないか? と考える人もいるだろう。

 しかし私は、AIはあくまでも器であるべきで中身にしてはいけないと考える。人間が人間を選定するというプロセスに大きな意義があり、政策にもわずかながらの人間の情は必要不可欠であると考えている。私が提示したハイブリッド政治でのAIの役割はあくまでも倫理的・道徳的に踏み外す可能性を抹消するためだけの器であり、中身は人間であるべきだ。
 
 このハイブリッド政治を聞いたものは嘲笑うものが大半であると思う。人によっては、私が危険思想の持ち主だと捉えられかねないのも十分理解している。
 また有事の際などの限定的な局面もしっかり検討していく必要がある。

 ただ、今の民主主義を金科玉条のごとく崇め奉るのではなく。『人道的・道徳的に必ず踏み外さず、国益を最大化させる』これを実現させるために、民主主義・独裁といったように区分化させて行い、現状に胡坐(あぐら)をかいて満足しているのではなく、我々は試行錯誤して前進していく必要があると考える。
 
 
参考文献:
『現代民主主義:指導者論から熟議、ポピュリズムまで』山本圭・中公新書


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