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創作物集

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記事一覧

触れ合わないグラスの音

「「かんぱーい」」

二人してグラスを掲げる。
それぞれ好きなお酒を買ってきて、それぞれの家で飲んでいた。
画面越しに相手の美味しそうな顔が見える。

「ほんと幸せそうに飲むね」

「そう? だっておいしいから」

世界的に遠出が敬遠されるようになってから、地元が同じでも都会に出た人と飲むときはオンラインで家飲みが当たり前になってきた。

でも、私はそこまで重く受け止めていなかった。

「この状況

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トイレはきれいに使いましょう

 疲れて帰った日、私はトイレの二段蓋を間違えてどちらも開けて座ってしまった。
 ひんやりした感覚と共に、魂が抜けて水の底に落ちる。

 床(のようなもの)に尻餅をつく。周りは暗闇。起き上がってみると、一点だけ光が指している場所があった。
 近寄ると、そこには黒い泥の塊があった。光は目玉のように二つあった。自分に気づいたのか、こちらに光が向く。
 ズズズと向かってくるのが怖くて逃げた。

「……んぅ

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猫との生活

 ぼく、けんじ。九才。
 うちには黒ねこがいっぴきいる。なまえはクロ。四才。
 クロはよくぼくとお話してくれる。

「ねぇクロ、今日は何がしたい?」
「ぼーっとまどの横で日向ぼっこ」

 クロはいっつもそれだ。ねこじゃらしをふっても何もしないから、クロのとなりで本を読む。

「ねぇクロ、遊ぼ」
「いいぞ」

 クロは『おやつ入ってるのどーっちだ』げーむが好きだ。五回やったら四回はずすけど。

「ね

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どこまでも、すれ違い

「どんなやつでも、俺は受け入れるよ。そんくらい俺の懐は深いからな!」
「ばっかみたい」
「んだよ!」

 そんないがみ合いをしていた二人だった。
 俺はあいつがすきだった。
 私はあいつがすきだった。
 でも、あいつがすきじゃなかったら。
 そう思うと、話題を変える一言と、運命を変える一言が、口から喉の奥へ、どんどん下がっていった。

 時は過ぎて十余年。
 世の中ではVRが普及し、俺もようやく手

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アリスと殺し屋

「こんにちは、アリス。私、あなたを殺しに来たの」

 何処からともなく現れた同年代の少女に、そんなことを言われたことのある人がいるでしょうか?

「あの……どちら様?」
「あなたを殺しに来た、てことは、殺し屋でしょ」

 両手に携えた拳銃が、太陽の光を浴びて黒く光っています。

「なんで私は殺されるのです? 私は元の世界に戻るために冒険を」
「嘘ね」
「……え?」

 落ち着いた声で、私の言葉にメ

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山姥とお坊さんの恋愛譚

 ある寺のお坊さんが、住職から「向こうの山の山姥を封印してこい」とおおせつかった。

 しかし向こうの山の山姥に悪い噂はなく、それどころか彼女に助けられた童もいたという。

 住職からは「その親を含め、皆が気味悪がって近づかぬ。あそこには山菜もたくさんあるし、山姥がいなくなれば皆が喜ぶ」と言われた。

 確かに年齢の若い自分にはあまり納得できない話だが、我々の親世代は山姥の残酷な話を聞いて育ったこ

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夕源郷

ここは、いつでも夕焼け
いつも同じような夕焼けで
でも何時も違う夕焼けで
人々はその時間に流れる哀愁に心を浸し
遠き日の思い出を甦らせる
時が経つうちにその場所に流れ着くのは
人々から忘れ去られた悲しいものたち
ここは哀しみを分かち合う場所
哀しみを哀しみのままにしない場所
その名は、夕源郷