アリスと殺し屋

「こんにちは、アリス。私、あなたを殺しに来たの」


 何処からともなく現れた同年代の少女に、そんなことを言われたことのある人がいるでしょうか?

「あの……どちら様?」
「あなたを殺しに来た、てことは、殺し屋でしょ」

 両手に携えた拳銃が、太陽の光を浴びて黒く光っています。

「なんで私は殺されるのです? 私は元の世界に戻るために冒険を」
「嘘ね」
「……え?」

 落ち着いた声で、私の言葉にメスを入れるように、静かに彼女は言いました。

「あなたは元の世界に戻る気なんて更々ない。むしろ、この冒険を楽しんでいる」
「そ、そんなわけないです!」
「なら、その笑顔は何?」
「……えがお?」
「あなた、今さっきまで満面の笑みだったのよ」

 笑顔……。言われてみれば冒険の間、笑顔な時が多かったかも……。で、でも!

「笑顔だからって、何が悪いんですか! 辛いときこそ、笑顔で」
「だから、それを楽しんでるって言うのよ!」

 いきなりの怒号。思わず怯んでしまった私に、彼女は嫌悪感を隠さずに、歪んだ顔で吐き捨てました。

「あんたのせいで、現実がどうなってると思ってんのよ」
「現実?」
「あなたが元いた世界、今や崩壊寸前の世界」
「……え?」

 崩壊寸前? なぜ? 何が起きてしまったのでしょう?

「天変地異でも起こったのですか?」
「天変地異? そんなもの、今でも起こってるわよ!」

 彼女の話によると、現実では地震、異常気象、火山の噴火、隕石落下など、ありとあらゆる異常気象が起こり続けているそうです

「なんで、そんなことに、……まさか」
「そう、あなたのせいよ」
「あ、あたしが何をしたって言うの!?」
「……バランスを崩したんだよ」
「バランス?」
「生命のバランス。この裏世界と、現実の世界を皿とした天秤のバランス」
「天秤」
「天秤といっても、それは擬似的なものだし、一つの魂が移動したからと言って傾きすぎたりしない。そもそも誰もあなたがいなくなったことなんて気づいていなかった。時間が失われているから。
 だけど、あなたはこちらの世界に影響を与えすぎた。あなたのせいで魂の重さが上がったものが日に日に増えていった。そのせいで、天秤は決壊寸前にまで至った。時間は逆走し、あなたがいないif世界が正史となり世界は動き始め、バランスの悪さに起因する異常が出た。
 女王はその事にいち早く気づき、現実に介入した。その結果として意識を取り戻し、異例としてこちらに来ることが許されたのが、この私」
「……」

 ……まるでついていけません。この方は、一体何を言ってるんでしょう?

「私も長くはいられない。これ以上天秤を傾かせるわけには行かない。だから、これで終わらせる」

 彼女の持つ凶器が、私に口を突きつけてきます。

「あなたが殺されれば、世界の異変はリセットされる。時間は両世界で再度逆走を始め、あなたのいる現実、いないこちらに戻る。木の穴は既にトランプの女王が塞いだから、もうあなたがこちらに来ることはない」

 ………………嫌だ。嫌だ。

「泣いたって無駄よ。私に情はない」

 死にたくない、死にたくない。

「じゃあね、元の世界なら、また会えるかもね」

 死にたくない。死にたくない。

「……………………」


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

「死にたくない!」


 辺り一面が、一瞬光に包まれて見えなくなりました。思わず目を閉じてしまいましたが、光は瞼さえも突き抜けて目に入ってきました。

 眩しさは次第に収まり、いつも以上に暗く感じる瞼の裏が怖くなって、ゆっくりと目を開けました。けど、やはり少女が銃を私に突きつけています。

「……なーんてね。嘘よ、嘘」
「……へ?」
「女王からあんたの遊び相手になるよう言われたのよ。暇してるだろうからって」
「な、なーんだ。そうだったんですか」
「えへへ、演技が過ぎたわね。ごめんごめん」
「いいえ、そういうことならいいんです。さあ、何をして遊びましょうか?」
「あんたは何がしたいの?」
「私ですか? えーっとですねー」
「何でもいいわよ。いつまでも付き合ってあげるから」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
「敬語なんていいよ。普通に話そうよ、アリス」
「そうですね……じゃなくて、そうね。そうするわ!」
 よかった。やっぱり私を殺しに来たなんて嘘だったわ。たぶんアレは水鉄砲ね、よくできてて騙されちゃった。
 でも、新しい遊び相手が増えてうれしい。早くこの世界から出なくてはならないけれど、少しくらい息抜きをしないと、人間やってられなくなるっていうものね。
 少しだけ、ほんの少しだけ、遊びましょうか。


 彼女が死にたくないと言った瞬間、世界は救われていた。
 少女が言ったように二つの世界は時間を戻し、正しい歴史を紡ぎ出しました。
 彼女と少女を、彼女たちだけの新しい世界に置き去りにして。

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